第12話「昏き血の戦乙女」
【第12話 昏き血の戦乙女】
「うわぁ、地味!」
「ほんとに地味だなあ」
戦列歩兵の女の子たちが、新しい軍服の試作品を着て好き勝手言っている。
「これって黒? 赤?」
「黒じゃない?」
「あ、でもよく見るとちょっと赤紫っぽいかな」
第六特務旅団の戦列歩兵の制服は黒っぽい赤茶色になった。
ズボンも同じ色だが、これは帝国やその周辺国では珍しい。戦列歩兵のズボンはだいたい白だ。たぶん数が必要なのでいちいち染めたりしないんだろう。
実は以前から我が旅団は「女に男と同じ制服を着せるな」という圧力を受けていたそうで、だったら変えてやるよバーカバーカと思って変更を具申したのだ。
こういう陰湿な嫌がらせは栄えある我が帝国の伝統だ。軍に限らず、職人組合や国教団も似たようなもんらしい。
俺がどう切り出そうか迷っているとハンナが叫ぶ。
「こらーっ! 地味とか言わない! これで経血が目立たなくなるでしょ!」
今それを言うな。ここに男がいるんだぞ。
新しい制服は目立たない黒を基調としている。ただし完全な黒は戦場では逆に目立つので濃いめの赤茶色に寄せた。マルーンっていうんだったかな、ああいう色。
たまたまあの色の染色液が調達しやすかったせいだが、俺にとっては前世の通勤電車の色に近い。うーん、あの色を見ると気が滅入るな……。
あれ? でも路線名が出てこない。そういや自宅の最寄り駅はどこだった?
いつの間にか前世の記憶がだんだん薄れていることに気づく。科学知識のように理論で強固に支えられた知識は薄れていないが、日常の記憶はどんどんあやふやになっているようだ。
俺が背筋に冷たいものを感じていると、腰に手を当ててハンナが女の子たちに言う。
「白ズボンだと汚れが気になるってみんな言ってたでしょう? だから参謀……」
「ハイデン下士長、それはもういいから」
このままだと俺が経血マニアにされてしまいそうだ。
「俺は貴官の意見を採用しただけだぞ。それに最大の狙いは視認性の低下だ」
俺は中隊の女性兵士たちに説明する。
「黒っぽい色は『後退色』と言い、実際よりも小さく見せる効果がある。戦場で小さく見える兵士は、遠くにいると勘違いされる。敵は弾が届かないと思って撃たない」
もともと彼女たちは男性兵士よりも小柄なので、黒い制服によってさらに小さく見える。
「小さく見せるため、無駄に高い制帽も廃止した。あれは大きく見せるための装備だからな」
前世でシャコー帽と呼ばれていたヤツだ。見た目はいいけど意外と重い。
より近代的な制帽に変更したことで装備が軽くなり、首への負担を減らせる。なるべく疲れにくい装備で彼女たちの体力を温存する作戦だ。
「我が中隊は敵に距離を誤認させ、有利な距離で戦うことを意図している」
小さく見せるよう徹底したので、こちらが五十メートルまで近づいても敵にはまだ六十メートルぐらいに見えているはずだ。六十メートルだと「まだちょっと遠いかな……」と思う。ちょっと離れるとマスケット銃は全然当たらない。
こうしてできあがったのが、どっかの鉄道カラーの女子戦列歩兵中隊だった。
「地味だな」
アルツァー大佐までそんなことを言うので、俺は参謀として申し上げる。
「戦場で派手にしたところで、威嚇にしかなりません。そしてその手の威嚇はもうお互いに慣れっこです」
「確かにそうだ。だがこれで勝てる軍隊になったか?」
俺は正直に答える。
「制服を新調したぐらいで戦争に勝てたら苦労はしません。訓練もまだ途中です」
だが装備の改革案は他にもある。
「新しい銃の調達がある程度完了すれば、先制攻撃によって敵中隊に半個小隊程度の損害を与えられます」
「ほう」
ヤバすぎるので大佐にしか伝えていないが、ライフリングを入れてドングリ弾を撃つと射程と命中精度が三倍ぐらいになる。
敵が「まだ撃ち合う距離じゃないな」と思って前進しているとき、こちらは彼らを好きなように撃てるのだ。戦争にならない。
マスケット銃みたいに五十メートルぐらいの距離で撃てば、ほぼ全弾命中する。二~三回も斉射すれば敵の大半が死んでいるだろう。それぐらいヤバい銃だ。
何十年も続いてきた従来の戦争を一変させてしまうだけの力を持っている。
この銃の存在が露見すれば、あっという間に世界中に広まるだろう。目立つ軍服で整列して行進する戦列歩兵なんかいい的だ。ものの数十秒で死体の山ができる。
だがそれはまだ時代的に早すぎる。文明が成熟する前に兵器だけ急速に進化したら何が起きるか想像もつかない。まだ産業革命も起きてないんだぞ。
いろいろ考えていたらゾッとしてきたので、殺し方には気をつけることにした。
接敵前に敵を減らしたり、敵の指揮官やラッパ手を狙撃したり、あくまでも補助的な運用に留めることにする。
「三個小隊と二個半小隊が撃ち合えば、万が一敵が全滅するまで抵抗してもこちらは半数以上が無傷で残る計算です」
「本当か?」
「理論上はそうです」
前世に『ランチェスターの法則』というのがあり、銃で撃ち合いをするような戦闘だとわずかな兵力差が決定的な優位をもたらす。戦略ゲーム好きには割と知られている法則だ。
で、それで計算したらそうなった。
実際には敵は全滅する前に逃げ出すはずなので、そこまでの損害は出ないだろう。
「もし敵を二個小隊まで減らせていれば、こちらの損害は一個小隊未満です。撃ち合いになる前にどれだけ敵を減らせるかが重要になります」
「なるほど」
アルツァー大佐は考え込む。
「だとしても騎兵の相手は厳しいだろうな。砲兵にも気をつけねばならない」
「小官もそう思います」
「理論上は正面からの撃ち合いもできるとはいえ、できれば待ち伏せや救援任務でうまく戦いたいな。射程の長さを最大限に利用しよう。被害は友軍に押しつけたい」
「良いお考えです」
友軍の被害を軽視するつもりはないが、俺にどうにかできることではない。それに俺だって自分の方に飛んでくる銃弾は少ない方がいい。
ただし、これも付け加えておく。
「どのみち中隊程度で戦況を一変させられるはずがありませんから、戦力が拮抗している局面で投入されるのがよろしいかと」
「皆まで言うな。使い方を考え、正しく運用するのは私の職責だ」
アルツァー大佐は制帽を脱ぎ、大きく溜息をつく。
「考えるべきことが増えたな。だがこれで戦える。クロムベルツ少尉、よくやってくれた」
「これが小官の仕事ですので」
俺の言葉に大佐は満足そうにうなずく。
それからふと思い出したように質問してきた。
「で、銃の調達はどうなっている?」
やっぱり気になる?
「素体となる騎兵銃をかき集めるのに手間取っています。歩兵銃ほど数が出回っていないため、交渉先がそもそも少なくて」
最初の一挺が届くまで、まだだいぶかかりそうだ……。




