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マスケットガールズ! ~転生参謀と戦列乙女たち~  作者: 漂月


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第11話「反逆者の銃」

【第11話 反逆者の銃】


 俺は第六特務旅団唯一の戦力である女子中隊を鍛えつつ、上司に報告もする。

「訓練の成果は上々です。彼女たちは規律正しく、理解力があり、真面目です」

 そう報告すると、アルツァー大佐は報告書を受け取ってふむふむとうなずく。



「それを聞いて一安心と言いたいところだが……何か言いたげだな、少尉?」

 見抜かれている。彼女は軍事的な能力はそれほどでもないが、人を使う能力は高そうだな。

 俺は正直に疑問をぶつける。



「いささか優秀すぎて不自然です」

「男性兵士よりもか?」



 前の小隊で指揮していた兵士たちも十分に優秀だった。統制はしっかりとれていたし、ひとつの戦闘集団としてきちんと機能していた。

 だがここの女子中隊にはそれ以上の素質を感じる。妙に教えやすい。



 この感じ、前世の塾バイトで特別進学クラスを教えていたときに似ている。難関校志望者だけを集めたクラスだ。

 だから俺はこう答える。



「今までに教導した兵たちの中では一番楽ですね。まるで大きな集団から上澄みだけすくい取ったように感じます」



 するとアルツァー大佐は嬉しそうに笑った。メチャクチャいい笑顔だ。なんだあれ。

「なるほど、どうやら貴官は私の想像以上に優秀かつ勤勉なようだな。よく見抜いた。彼女たちは『選抜』された歩兵だよ」



「どういう意味ですか?」

 俺の問いにアルツァー大佐はあっさり答える。

「私はメディレン領の困窮した女性たちを分け隔てなく保護したが、軍隊生活に向いていない者は去っていった。彼女たち自身の選択だ」



「なるほど、そういうことですか」

 アルツァー大佐はおそらく、かなり多くの女性を旅団に迎え入れたのだろう。

 だがもちろん兵士に向いていない者はいる。むしろそっちの方が多い。



「彼女たちは今どこに?」

「一部の者は旅団司令部の軍属として再雇用した。食堂や洗濯場、それに被服や銃の修理工房で働いている」

「なるほど」



 言われてみれば兵士以外も女性しかいない。食堂も洗濯場も工房も、お婆ちゃんやおばちゃんだらけだ。あの人たちもみんな訳ありか。

「軍隊は巨大な消費者でもあるので、周辺に多くの雇用を生み出す。その雇用すらも女性への救済に充てているということですか」

「そうだ」



 アルツァー大佐は静かにうなずく。

「貴官、なかなか物わかりがいいな」

「物わかりの悪い参謀など軍隊には不要です。そういうことでしたら」



 俺はニヤリと笑ってみせた。

「旅団の規模が大きくなれば、そういった軍属の規模も大きくなりますね?」

「そうだな。できればもう少し拡充したい。どうせ彼女たちの給料は国が払う」

 自分が払う訳ではないからアルツァー大佐は気楽な顔だ。

 俺も気楽な顔だ。



「小官も賛成です。敬愛する我が祖国は弱者の救済にまるで金を使いません。国庫がどうなろうがまるで心が痛みません」

「こらこら、私は『五王家』の一員だぞ。不謹慎な発言は慎め」

 そう言ってクスクス笑ってるアルツァー大佐。



 これなら大丈夫だろう。俺は安心しつつ、用意しておいた書類を机上に置く。

「ではそのための一歩としてこちらを。第一女子歩兵中隊の改善案です」

「仕事が早いな」

「改善点が明瞭でしたので」



 デキる参謀っぽい仕草で悦に入る俺。

 実際、改善すべき点は単純明快だった。前任の参謀たちはやる気がなかっただけだと思う。

 アルツァー大佐は改善案をあっという間に読み終え、納得したようにうなずく。



「なるほど、貴官が厄介払いされる訳だ」

 もしかして何かミスした?

 だがアルツァーはおかしそうに笑っている。



「ブーツとテントを新調してくれというのはわかる。行軍に必要な装備は最適にしておきたいからな。肌着の大量購入も承知した。傷の手当にも使えるし、何より清潔な衣類は病を遠ざける」

「御慧眼です。特にブーツは一人ずつ採寸して記録しておくべきです」



 足の大きさや形は人それぞれなので、靴職人や足医に採寸してもらう方がいい。

 貴族みたいにオーダーメイドの足型は作れないが、シュワイデル帝国の靴職人組合には規格化された木製の足型がある。それに合わせて作られた靴を購入すれば、もっと早く楽に歩けるはずだ。



 しかしこれはシュワイデル軍ではほとんど行われていない。フリーサイズの靴しか配給されないので、兵士たちは自分で手を加えてフィットさせている。

 どうせすぐダメになる安物なので、加工せずに我慢して履いている兵も多い。



「歩兵が歩けなくては仕事になりません」

「道理だ。行軍速度を重視する貴官としては譲れないところだな。いいだろう、この程度の出費なら上に掛け合う必要もない。私の財布から出そう」



 上層部というか帝室が金を出し渋るので、アルツァー大佐はポケットマネーで装備を調達することにしたようだ。確かにその方が早い。どうせ上も黙認するだろう。

 大佐はじろりと俺を見る。



「だがこの銃の小型化はどういうことだ? 銃身の長さが射程距離に影響することぐらい、貴官なら承知しているはずだろう? 射程距離の重要性も」

「もちろんです」



 俺はうなずき、上官に説明した。

「銃を短くすることにはメリットがほとんどありません。有効射程が敵より短くなると撃たれながら前進しなくてはいけませんし、着剣しての銃剣戦闘でも不利になります」

「そうだな。だとすれば、それを上回る何かがあるということだな?」



「はい、閣下」

 この上司は理解が早くて助かるなあと思いつつ、俺はここぞとばかりに力説した。

「帝国の歩兵銃は我が中隊の兵士には大きすぎ、装填時の取り回しが不便です。重量もバカになりません。実際、連射速度にはっきりとした差が出ています」



 シュワイデル軍のマスケット銃は、銃剣戦闘で有利になるよう不必要に長大に作られている。行軍時や射撃時には重すぎるし長すぎる。俺でも持て余す。

 今の銃ではどうしても装填で二十秒を切れない。ほんの数秒の差だが、正面からの撃ち合いになれば次弾を先に撃たれる。



「どうせ撃ち合いで不利なら、軽い方がマシだと思いました」

「確かに装備は軽くするのが鉄則ではあるが……」

 アルツァーは困ったような顔をしている。そりゃそうだろう。銃は歩兵の命綱だ。



「この長さだと騎兵銃と同じぐらいだぞ?」

「はい、騎兵銃を流用する計画です」

 予備も含めると二百挺ぐらいは欲しいので、あまり手間のかかる調達法はできない。そのへんで余っている騎兵銃を掻き集めてくることになるだろう。



「騎兵ほどの機動力もない歩兵が、騎兵銃でどうやって敵に勝つ?」

「反則技なので報告書には記載できませんでしたが、銃身と弾を少し工夫します」

 本当は嫌だったんだが、他に解決方法がなかった。



「マスケット銃の弾はどれも球形ですが、これをドングリ型にします」

 形状としては前世で「ミニエー弾」と呼ばれていた弾に近い。初期のライフル銃の弾だ。

「弾の後ろ側にくぼみをつけ、発射時の燃焼ガスを効率的に受け止めます。命中精度は向上し、有効射程も飛躍的に延びます」



 アルツァーは少し疑わしそうな顔をした。

「本当か? 細長い弾を筒先から撃ち出すと変な方向に飛びそうだが」

「その通りです。そこで銃身内部に螺旋状の溝を切り、弾に横方向の回転を加えて射出することで弾道を安定させます」



 俺はポケットから銃弾の実物を取り出してみせた。

「銃弾は鋳物砂で作れます。銃身の加工はかなり面倒ですが、これによって飛距離と命中精度が劇的に向上します。かなり離れた場所からでも狙撃できるので密猟に便利でした。実証済みです」



 転生後のストリートチルドレン時代、俺は兵隊上がりの老人とちょくちょく密猟をしていた。貴族の私有林に入って鳥や獣を撃っていたのだ。肉は栄養があったし羽や毛皮は闇ルートで高く売れた。



 大佐は呆れている。

「よく露見しなかったな。猟番に見つかればリンチの末に森の養分にされるぞ」

「警戒網を迂回して目標を速やかに攻略していました。今やっていることと同じです」



 猟番は少人数で広大な森を管理しているので、完全な警備などできるはずがない。

 おまけに彼らは獲物となる動物の飼育もしており、そちらに専念しているときを狙えば巡回に遭遇することはなかった。



 俺の言葉に大佐は苦笑している。

「貴官を『勤勉で有能な男』だと思っていたが、『勤勉で有能で危険な男』に訂正させてもらうぞ」

「光栄です」

 この国でストリートチルドレンが法を順守していたら確実に死ぬので、「ちょっとした違法行為」には目をつぶってもらうしかない。冷酷な社会へのささやかな反逆だ。



「銃身の改造には当時のツテがありますので頼んでみます」

「悪党め」

 アルツァーはフッと笑い、銃弾を受け取って確かめた。

「軍で使うには数が必要になる。間に合うか?」



「ひとまず小隊に数挺ずつあればそれなりの運用ができます。選抜した優秀な射手に持たせ、敵の士官や下士官、ラッパ手を狙い撃ちさせます」

 中隊分のミニエー銃を調達するにはどう考えても一年以上かかりそうなので、最初は狙撃兵専用銃として使う。



 大佐はしばらく考え込み、それからうなずいた。

「いいだろう。その費用も私が出す。それなら上に報告する義務もない」

 新兵器を独り占めするつもりだ。どっちが悪党だかわかったもんじゃない。



 彼女はさらに言う。

「優れた兵器を使えば、いずれ敵も使い始める。敵に知られないためには味方にも教えないことだ。違うか?」

「仰る通りです」



 シュワイデル軍全軍に新型銃が配備されるようになれば、鹵獲や横流しによって必ず敵の手に渡る。そうなれば新型銃同士での撃ち合いだ。双方の死者がヤバいことになる。

 だから同胞たちには悪いが、この技術はしばらく秘匿させてもらう。



 アルツァー大佐は机の上で指を組み、俺を見上げる。

「さて、これで貴官の要求は全て通したぞ。まだあるか?」

「あります」

 俺は次の書類を提出した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] コミカライズから読み始めました。 好感の持てるキャラばかりで(一部糸目除く)楽しく読ませています。 [気になる点] 今回の騎銃改造ミニエー銃ですが、ライフル化すると弾丸と銃身の密着性の向上…
[良い点] >>「彼女たちは今どこに?」 >>「一部の者は旅団司令部の軍属として再雇用した。食堂や洗濯場、それに被服や銃の修理工房で働いている」 >>「なるほど」 たった3行でもコミカライズ版では結…
[良い点] >>フリーサイズの靴しか配給されないので、兵士たちは自分で手を加えてフィットさせている。 いわゆる、靴に足を合わせろってやつですね。 現実世界でいえば、フランス外国人部隊とかも入隊して靴…
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