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「お嬢ちゃん。それ以上その袋には入らないよ。というか、昨日も大量にアイテムを買っていったけれども、品切れした商品は昨日今日ですぐには入荷しないんだ。ましてや、お嬢ちゃん一人に買い占められたら、他のお客に売るものが無くなっちまう。大体、そんなに買って何に使う気なんだ? もしかして、他所の道具屋の回し者か!? と、とにかく、しばらくは店に来ないでくれ!」
バタンと扉を閉められた。やってしまった。
手持ちのゴールドにモノをいわせて、グランドリオ攻略に必要となりそうなアイテムを大量に購入しようと選んでいたら、店主の顔色が見る見るうちに変わっていき、ついには店を追い出されてしまった。ゲームの時のノリが未だ抜けておらず、百個二百個くらいはすぐに買えるものだと思っていたのがよくなかった。どうやら商品数に限りがあるようだ。欲しい商品の次の入荷は未定という。いやでもHP回復MP回復毒麻痺呪い解除のアイテムは一人三十個ずつくらいは欲しいところなんだが……
ガンドリビの街に来て三日目。魔神マガラツォ討伐の為に、この街でアイテムの補給を行っているのだが、早々に購入計画を断念しなければならないのかもしれない。そういえば昨日の武器屋や防具屋も、ここ数日は物資の入りが悪くなったという話をしていた。その為、依頼した装備の仕立てに何日か掛かるというのだ。
道具屋から宿屋への帰り道を歩きながら、今後の予定をもう一度思考する。ガドラー達の合流まではもう少し待つ必要があり、彼らの事を考えるならば、ガンドリビの街から離れるわけにはいかないだろう。街の外へ出掛けるとしても、日帰りで済ませる事のできる近場のダンジョンくらいだろうか。それほど大きな稼ぎは期待できないが、少しでもアイテムやゴールドを入手しておくならば攻略しておくのも手か。
今後の事を色々と考えていたところ、今日はまだ昼食がまだだったことを思い出した。腹の空き具合もいい感じだ。今日は昼食を取り、明日の下準備をすることにして、街の外に出るのはまた明日にしよう。なぜならば――
――ここ!
【ガンドリビ・ビッグボムミート】!
街の中心である大広場には、宿屋の他にも屋台や食事処が軒を連ねており、野外用のテーブルやイスなどが並べられているスペースがある。いわゆる屋外フードコートのような場所なのだが、その一角にあるこの店は、この街一番の肉料理を出すことで有名な肉屋である。何故この店が有名なのかといえば、この肉屋、【ドラゴンの肉】を調理してお出しする店なのだ。
この街の近くには出現しないドラゴンだが、混迷極まるこの世界の人々が、いったいどうやって多くのドラゴンを狩猟してこの肉を下ろしているのかはよくわかっていない。だが、毎日ドラゴンの肉が運ばれてきているのはどうやら本当のようで、少数ではあるが注文して食している冒険者達もこの三日間で確認できた。
そしてこの店の人気メニュー【ドラゴンミートオンボーン】はその金額なんと八千ゴールド。この高額の骨付きドラゴン肉。見た目は俗に言うマンガ肉である。ゲームプレイ時には、暇なときにはこの店にこの肉を食べにきていた。高額のドラゴン肉を今日まさに実食することができる、これが興奮せずにいられるだろうか。
店のカウンターには、頭にはバンダナを巻いた、筋肉隆々とした髭面の店主が腕組みをして立っている。無骨。これぞ肉屋。
「お嬢ちゃん。ご注文は?」
愚問。この店で食べるモノは決まっているだろう。ドンッと、ゴールドの入った皮袋を机に置く。店主は中身を確認した後、
「ちょっと待ってな」
といって店の奥へと消えていった。少しの後、湯気を昇らせたドラゴン肉を大きな皿に載せ、店主がヌッと店の奥から出てきた。
「お待ちどう」
そういって眼前に出された大皿には、まさしくマンガ肉。香ばしい匂い。表面に散りばめられた少量の塩と胡椒。こんがりキツネ色に焼き上げられ、ドラゴンの骨付き肉は、見ているだけで口の中に唾液が広がってしまう。
中央広場にある空席を見つけ、肉の乗った大皿をテーブルに置いて座る。いただきます。この世界でこれだけ大きな肉料理を食べるのは初めてかもしれない。骨の両端を手で持ち、肉を正面に構えて一口目を齧りつく。
!!
う、うまい! たった一口齧っただけで、口の中に広がる肉の食感の美味なることよ。食レポなどしたこともないが、固いわけでもなく、柔らかすぎるわけでもなし。しかし、絶妙な焼き加減から分かる、ドラゴンの肉という素材の味をとことんまで引き出していると感じる。これだけの肉塊にかぶりつける体験はもう二度とないかもしれない。この感動、もっと味わっていたい。やっぱりお肉って最こ――
「セルビィ様!!」
――――お肉柔らかいお肉最高! 今日という日は何も考えず、のんびりお肉だけ食べていたい、ね!
「よかった……! 見つかって……アッシュさん! ここです! ここですよ!」
「――リューン! 見つかったのか!」
聞き覚えのある声。そして名前。いや、気のせいだ。振り向くな。振り向いたら、負ける。
「セルビィ様、私達はあるお方から貴方様の使命を教えて頂き、その旅の協力をせよと私達に託されました。願わくば、その使命遂行の為のお手伝いをさせて頂きたく、我々の同行を許可して頂きたいのです。どうか!」
振り向かなくても何となくわかる。二人とも片膝をついて頭を下げているのだろう。後ろにも目を付けるんだといったのは誰だったか、その感覚が今ならなんとなくわかる。が、しかし、振り向くわけにはいかない。何故なら今まさにとても高くてうまい肉に齧り付いているからである。振り向けない。そう、ここは心を鬼にして、別人の振り一択である。セルビィ? 誰ですかそれ? ここにいるのはお肉大好きのエルフの女の子でセルビィとはまったくの別人という線でいこう!
「セルビィ様!!」
二人の声量が上がる。おいおいそんなに大きな声を出すもんじゃないよ。ほらみろ広場に人が集まってきてしまった。別人の振りを続けて逃げきれるのか、分からなくなってきたぞ。
名誉か肉か。選択の時。
「ええっ! あのエルフの子! 昨日うちのパンを大量に購入していった子じゃないか! 食いしん坊なんだなぁ!」
――は?
広場に集まってきた群衆の中の一人が声をあげる。昨日朝食時に利用した、パン屋の屋台の店主である。こ、このボケェ! 今その情報をここで広める必要がどこにあるんだ! 広場に集まった人々がヒソヒソと話し始める。まずい。別人の振りをし続けてこの場を切り抜けても、肉を美味しそうに食べてる食いしん坊エルフガールというそしりは免れない。この状況を打破し、広場の群衆の噂話を上書きする情報、というより、そつなくこの場から去るにはどうすればいいか、である。決断の時。
両手で持ち上げていたドラゴンの骨付き肉を大きな皿の上に置き、目を瞑り、天を仰ぐ。
一呼吸おいた後、ゆっくりと座っていた席を立ち、アッシュとリューンに向き直す。
俺にはまだ、やらなければならないことがある。この果てしない悲しみを越えて――




