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スレモッジ砦でナナリ達と分かれてから、既に十日ほどが過ぎた。未だガンドリビの街へは向かっておらず、今後必要になるかもしれないレアアイテムを探すため、ガンドリビの街から少し離れた、周辺のダンジョンやモンスターの出現場所を渡り歩いていた。野営にも慣れてきたところだが、さすがにこの辺りで切り上げないと収拾がつかないなと考え、明日、ガンドリビの街へと向かうことにした。早朝にこの野営地点を出発すれば、半日程度でガンドリビの街へ辿り着けるだろう。
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歩き続けて数時間。太陽もちょうど真南に上がるかという時刻に、平原に突如としてみえてくる、人工的に積み上げられたであろう石の塊。近づけば近づくほどその塊は大きくなっていき、いつしか目に見える範囲からでもその石が街を守る為の巨大な石壁であったと理解する。これだけ堅牢かつ大きな石壁をもってしても、ガンドリビは城ではなくあくまで街なのだそうだ。王政もなく貴族もいない。冒険者ギルド発祥の地でもあり、あくまで街の住人の、そして荒事を行う冒険者の為の街だという。
ガンドリビの街
南西の大国ヴァルデジャン王国や、聖職者が多く住む大聖堂周辺とは明らかに違う雰囲気を持っている商人気質の溢れる街である。ここは腕に覚えのある冒険者達が多く居を構えており、その性質上荒くれ者も沢山受け入れている。お高くとまった貴族達が寄り付かないのも当然といえば当然だろう。街を取り仕切っているのは冒険者ギルドを設立当初から援助しているこの地方の豪族達だ。冒険やモンスターとの戦いにおいて、サポートができる施設が住人以外にも広く開かれており、壁の外から来た冒険者達が大きな制約もなく利用できる。石壁の中には田畑や川も流れており、壁の中での自給自足の生活が出来上がっている。この街には、開かれた気質に合わせるような商人も沢山住んでいて、そのため食材市場や商業施設が数多く存在し、大劇場や大きな酒場などの他の街にない施設も多い。その石壁の巨大さ、堅牢さは何度もモンスターの襲撃を退けたという逸話があるのだが、ある識者からは必要以上に頑丈すぎる石壁をもってして、グランドリオと戦争を起こす為に作られたのではないかという噂が流れていた、石壁に囲まれた大きな街である。
――というのが表の説明ではあるのだが、メタ的な視点でいってしまえば、メインストーリークエスト攻略前に訪れることができる最後の街なのである。ここから先、王都グランドリオで魔神を倒すまでのルートには、女神の泉はあっても、宿屋もなければ武器屋も道具屋もない。最後の物資補給地点である。いままで登場した施設のほとんどがこの街の中にも作られており、ゲームプレイヤーが動きやすいように街並みも中央に重要施設を集めてあるし、ラスボス攻略前にレベルや経験値を調整できる冒険者ギルドを中心とした比較的簡単なクエストも多い。武器屋や防具屋もメインストーリークエスト攻略用に過不足ないほどの品揃えがあって、道具屋にもこんなものお店で買えていいんかいというようなものまでも並べてあったりする。街全体を囲うように建てられた石壁も、巨大さや堅牢さを強調しているのだが、ようはゲーム内に展望台的なものをこしらえたかった開発の意向のようで、石壁の上へ上った人達が遠くの景色がよく見えるように伸ばし続けたら今のようになった、という開発者のインタビュー記事も見た記憶がある。案の定、ナニと煙は高い所に上ると揶揄されるようなプレイヤー達が石壁の上へガンガン上っていたし、遠くに見える風景をバックに【映え】しそうな場所を探し回って記念撮影を行うプレイヤーも沢山出るような状況で、この石壁全体がちょっとしたビュースポットであった。
もちろんこれはゲーム内の話で、今のこの世界に当てはまるというわけでもないだろうが。
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ガンドリビの街には北と南に二つの大扉の入り口があり、その大扉からしか街の中へは入ることができない。南の大扉は開け放たれてはいるが、その下では関所のような検閲が行われているようだ。みれば入り口付近には長蛇の列ができており、馬車や大荷物を持った商人達や、冒険者とみられるパーティーが数人、荷物を運ぶ小作人のような人々などが並んでいた。列の最後尾に並び順番を待つ。列が進んだり止まったりを繰り返しながら小一時間、ふと後ろをみれば何人かが続けて並んでおり、後ろにも列ができてきた。やはり、この入口の検閲を越えなければ、石壁の中には入れないのだろう。自分の番が近づいてきたが、先に並んでいた商人や冒険者達は通行証のようなものを検閲している兵士に見せているようだった。そんなものは持っていない。かといって並んでいるこの列から一人出てしまうとかえって怪しがられるのでは、などど考えている間に自分の番が回ってくる。うまく懐柔してくぐり抜けるしかないかと覚悟を決めたところで、検閲している髭顔の兵士が声を上げた。
「おお。おお。エルフのお嬢さん。今日は観光? 冒険者ギルドの仕事? 何にせよ、ようこそ石壁の街ガンドリビへ!」
そういって大扉の向こうへ行くように促された。なんとか街中へ潜り込もうとしていた俺も俺だが、そんなことでいいのか兵士達よ。
ガンドリビの街の中は南門と北門を繋ぐように中央に大通りがあり、その大通りから伸びた碁盤の目状の小さな通りに家々が立ち並ぶ。中央には冒険者ギルドを含めた各施設が寄り集まっている大広場があり、街の中心地はとても賑やかだ。周囲を取り囲む石壁の近くには、各々の家が持つであろう田畑や果樹園などが見受けられ、石壁の麓付近にはのどかな田園風景を醸し出していた。
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まずは、中央の大広場にある宿屋で、宿泊の手続きを行う。今回は少しばかり滞在が長くなるかもしれないことを考え、空いている大部屋を七日分、料金を前もって支払って借りておく。しばらくの活動拠点として利用するためだ。荷物を部屋に入れて、アイテムや武器、防具の手入れを行っておく。動きやすい格好に着替えて、必要なものの整理がひと通り終わった頃には、腹の虫がぐうとなった。そういえば昼食を取っていなかったなと思い、食事を食べに行くかと出掛ける準備をして、ローブを羽織り部屋を出る。宿屋の女将さんの話だと、北門近くに美味しいチキンスープのお店があるらしく、ひとまずそのお店を目指しながらガンドリビの街を散策するかな。
宿屋の外に出れば、もう既に陽が傾き始めていた。こりゃあ昼食どころか夕食も一緒になりそうだと考えながら、広場の大通りを北に向かって歩き出す。
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どこをどう歩いたかは覚えていないが、北門近くの石壁近くまで歩いてきた。途中の露店で美味しそうな果物や焼き菓子などを買い食いした。さすがに元の世界に比べれば味は落ちるようだが、なかなか甘くて美味しかった。露店でこのレベルなら、美味しいと評判のチキンスープのお店も期待ができるだろう。通りを歩いていくが、途中で、そびえ立つ石壁の近くに立てられたひとつの看板に目がいく。
『絶景! ビィルガリア大陸を一望できるのはここだけかも!? 石壁からみる展望エリアへはこちらから! →』
看板の脇には、石壁に沿って折り返して上っていく階段が設置されている。なるほど。ビィルガリア大陸が一望できるのなら上ってみるのも良さそうだ。一日の終わりに綺麗な夕日も拝めるかもしれない。
――などと考えてしまったのが間違いだった。この階段、無駄に長い。もう半分くらいは上ったはずなのだが、まだ石壁の頂上すらみえない。あの時に看板を無視しておけば……焼き菓子だけではなかった……甘かったのは……! というか壁が高すぎるだろこれ。あの開発者絶対現地を見にきてないな。現地見てたらこんな調整しないでしょ。現場を知らずに適当な仕事してるからこんなことになるんだぞ。ふざけやがって。元の世界に戻ったらサポート窓口に石壁の調整間違ってますよっていうクレーム入れてやる。
どうにか階段を上りきり、開放された展望エリアに到達した。石壁の上には、等間隔で配置されている兵士達が街の外を見張っている。石壁すべてを歩けるわけではないようで、この展望エリアだけ柵で囲われた区画となっており、街の住人や冒険者達にも開放されているようだ。これ見よがしにいちゃつくカップルや、子連れの夫婦も見える。こいつらもあの階段を上ってきたって本当かよ。
絶景と銘打つだけのことはあり、夕日に照らされたビィルガリア大陸の北部方面が、雄大な景観をみせる。今まで見てきた景色の中で一番といってもいい景色だ。しかし、この美しい世界の一部分に、似つかわしくない部分を見つけてしまう。
――王都グランドリオ
正確には、ガンドリビの真北、王都グランドリオの周辺方面だ。そこには、どす黒い暗雲や濃霧が辺り一帯に発生しており、城や城下町が見えないほどに覆われている。稲光が頻繁に発生しており、ゴロゴロと鳴り響いている。魔神マガラツォに占拠されたビィルガリア大陸最大の都市である。魔神襲撃という不幸がなければ、今も夕日に照らされてその素晴らしい街並みを拝むことができていただろう。
あの黒い濃霧の中に魔神マガラツォがいる。魔神を倒すために呼ばれたのが俺ならば、必ず相手をすべきだろう。俺にあの暗闇を晴らすことができるのか。魔神を倒すことができる者が俺以外にいるのだろうか。はっきりいって分からない。何より、ナナリ達を巻き込んでまで本当に大丈夫なのか。彼女達の力を借りずに、たった一人で戦う道もあるのではないか。策はある。勝つための準備だってしてきた。だけど、確証がない。攻略サイトやネットの口コミすら探せない世界で、命を懸けて戦えるのか。俺は、それが怖いのだ。一人だけならまだいい。馬鹿なやつが負けて死んだだけで済む。だけど、ナナリ達を死地へ連れて行くことが正解だとは思えない。もしかしたら彼女達なら、俺が負けて死んだとしても、魔神と戦ってうち倒すことができるかもしれない。彼女達に入手を任せた聖槍と聖盾があれば、魔神相手にもきっと善戦できるだろう。無意識のうちに両の拳に力が入っているのに気づき、手の力を緩める。
彼女達が予定の日に間に合わなかったのなら、きっとそれでいいんだ。そうだ。一人でも魔神を倒すために出発しよう。どんなに怖くても、恐ろしくても、戦いの意志だけは無くしたくないなという思いを胸に、石壁の展望エリアを後にした。
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