43 リューン故郷へ帰る2
ユグノジア聖堂院
エフィンの里の中央にあるユグドラシル、その根の隙間に建設された、この里の中心的施設だ。木造でつくられた建物は、何千年という歳月をユグドラシルと共に過ごしてきただけあって、増改築や修復によりその存在感はなかなかの貫禄を持つ。柱や棟には太陽や世界樹をあしらった模様の彫刻も多く施されており、人間種的観点からいえば、歴史的価値も高いものであるといえるだろう。季節の節目に行われるエルフの巡礼式や任命式といった各式典、年末年始の原初祭の時等に、里中のエルフ達がここに集まって、世界樹ユグドラシルへの感謝や祈りを捧げる場所であり、ユグドラシルと並んでエフィンの里の精神的な拠り所ともいえる。
里の中央にあるユグノジア聖堂院に着くと、入口の大扉の前で先ほどお会いしたコルー様と侍女が待っていた。
「きたか。では、参ろうか」
そういうと、コルー様はすぐに後ろを向き、大扉を開けてユグノジア聖堂院へと入っていく。コルー様はスタスタと歩きながら、奥へ奥へと進んでいく。侍女は若干呆れた様子で、こちらに向き直し、どうぞと促してくれた。私達は促されるまま聖堂院へ入る。
「コルー様。聖堂院の奥に、どなたが待っているのですか?」
「お前もよく知っている御方だよ」
コルー様はそう言った後は何も言わず、聖堂院の通路を歩き続ける。途中にある扉を何度も勢いよく開けていくコルー様は、立ち止まることなく進んでいき、私達も早足でついていく。何度か聖堂院に訪れたことはあるが、これほど奥の部屋まで入ったことはなかった。
「ここだ」
コルー様が一つの扉の前で立ち止まる。
「お前はここで待っておれ」
「わかりました。よろしくお伝えください」
侍女がコルー様に頭を下げ、私達にも軽く会釈をし、扉の脇へと移動する。
コルー様が扉を開けると、ふわっとした植物独特の匂いが香り、扉の中には地下へと伸びる巨大な空洞が広がっていた。コルー様がピョンと扉の中に降り、まるで飛び降りたかに見えてギョッとしたが、穴の側壁に植物でできた螺旋階段の上に乗っており、ひょいひょいと階段を下りていく。螺旋階段の周辺には光虫が暗闇を照らしていて、人が歩ける程度の明るさはあるようだ。
「凄い。こんな地下があるのか……!」
アッシュが圧巻されたような声を漏らす。この穴はかなりの深さであり、エフィンの里の地下にこんなものがあったなんて、私だって知らなかった。
コルー様は、地下へと伸びた螺旋階段を、スタスタと下りていく。地下空間には光虫がいくつも生息しており、前も見えない暗闇というわけではなく、足元がわかるほどには明るい。地下へと伸びる螺旋階段を、気を付けながら少しずつ降りていく。
ある程度降りたところで、コルー様がゆっくり、階段を下りながらだが、ぽつぽつと話を始めた。
「リューン。お前も知っておるじゃろう。一万年ほどの昔、このビィルガリア大陸に魔神や魔族、凶暴なモンスター共が現れ、この世界が混沌に飲まれそうになった話を」
「知っています。その時現れた魔神や魔族が今また蘇り、世界は同じように混沌に飲まれようとしている……」
「厳密には、同じ、ではない。当時は人間、エルフ、ドワーフ、獣人、それぞれに対立しあっておってな。争いの少なくなった今に比べれば、他種族同士で勢力争いをし続けているような時代で、まるでこの世の地獄であったといわれておる」
「は、初めて知りました……」
「種族間の争いばかりの世界。そこに魔神や魔族共の襲来。当たり前じゃが、突然現れ侵攻を開始した魔神や魔族、モンスター共の猛攻に立ち向かえるはずもない。そこで各種族の代表者達は考えた。この状態のまま、いがみ合っていてはそれぞれの種族の滅亡をくい止めることはできない。ましてや、強大な力を持つ魔神や魔族に、立ち向かうことすらできないのではないか、とな。それぞれの代表者達は、魔神と魔族を倒すために、他種族同士協力し、共闘する事を選んだ。とても大いなる決断じゃ。魔族共が来るまでは、お互いの種族間で戦争をしていたような連中じゃ。この大いなる決断は、尋常ではなかったであろう」
コルー様は、少し言葉が詰まり、足が止まった。しかし、すぐにまた、歩きだし話を続ける。
「各種族には、それぞれに長所と短所があった。人間には知恵があり種族の絶対数は多かったが、魔力や技術がない。獣人は驚異的な身体能力を持ち、種族の絶対数は多かったが、知恵や魔力がない。エルフには知恵や魔力が、ドワーフには身体能力や技術が、だが、どちらも共に種族の絶対数は驚くほど少なかった。他種族による共闘関係は互いの種族の短所を補い、長所を伸ばした。そして、次第に魔族に対抗できるようになっていった。しかし、それだけの力を持ってしても魔族の侵攻を押さえ込める程度でしかなかった。長引けば、確実にこちら側が不利だった。各種族の代表者達は考えた。魔神や魔族をどうにかして封印する方法を。奴らは異世界から来た。ならば、異世界へ送り返し、二度とこの世界へ来れないようにすればよい、とな。この方法は、エルフの魔法術式と、ドワーフの黒曜石加工技術を用いる事で実現可能だった。多くの人間達や獣人達の手を借りて、奴らを閉じ込めるための、異界への門を作った。そう。今現在は王都と呼ばれる、グランドリオの地にな」
「グラン……ドリオ……」
アッシュが呻くように呟く。コルー様はアッシュを目で追った後、また体を向きなおして階段を下り始める。
「人間達と獣人達が囮となって、魔族達をグランドリオの地におびき寄せ、エルフとドワーフの建造した門の中へと、魔法術式を持って封印する。だが、その術式を実行するには、最後の仕上げとして黒曜石に魔力を宿す必要があった。つまり、魔神や魔族と戦い、その動きを封じて、そこを逃さずに門を閉じる必要があったわけだ。その戦いは熾烈を極めた。おとぎ話としても、戦った者達の伝承は知っておろう。最後の瞬間まで魔神と戦った勇ましき者達の事を」
「――肉体と魔力そのすべてを持ってして邪を退けし六英雄が栄光を称え、ここに約束の地グランドリオを築かん。友から託されし未来と共に……」
「なんだいそれは?」
「王都建国の際、初代国王が宣言したとされる建国宣言の序文です」
「人間種め。粋なことを。うむ。六英雄。彼らは戦いには勝ったが、戦果は散々だった……六英雄のうちの三人は魔神との戦いで死に、一人は戦いの時の怪我が原因で早死にした。残ったのは二人だけだ。魔神の封印自体は完璧に行われていたが、完全ではなかった。いつまた閉じた門がこじ開けられて、魔神と魔族の侵攻が再開するかは誰にも分からなかった。それが百年先か、千年先か、万年先か、それすらわからない。残ったうちの一人は、グランドリオの地、門の封印を見張る為、その地に小さな村を作り、そして、エルフの魔法技術とそこに生活する人々の微弱な魔力を組み合わせることで、門の封印そのものを延命させる魔法術式を完成させた。いずれグランドリオの地には沢山の人々が集まってきて、大きな国が生まれた。そう。お主のご先祖様達じゃな。アッシュ殿」
「……」
アッシュはなにも言わなかったが、悔しそうに顔を歪めていた。
「そしてもう一人は、魔神復活という来たるべき災厄に向けて、魔神や魔族を完全に倒す方法を見つける必要があった。封印ではなく完膚なきまでにうち滅ぼす為、だ。かつての黒曜石を使った門の作成は、あらゆる意味で力業すぎて二度と使えなかった。魔神を倒す方法、それを探す為の時間が、己が長命のエルフであるといえども全く足りないと考えた彼女は、世界を見守る世界樹と半身を同化させることで、その生命力と知識を、魔神復活のその時まで引き伸ばすことができる、と思い至った……」
ついに階段が終わり、一面に木の根が張った広い場所に降りた。ここが最下層のようで、少し見やった所には、木の根や草木が生い茂った扉がある。
「つまりその御方は、でも、あれはおとぎ話で本当だなんて……」
コルー様は立ち止まり、こちらにゆっくりと向き直した。今まで曲げていた背筋をピシッと伸ばした。コルー様が姿勢を改めなければいけない人物ということ。
「おとぎ話でも何でもない。とはいえ、この御方を知っておるのは我々エルフの里の長達数名とその侍女達、魔神の存在と復活を知っておった各国の国王や重鎮だけであろうが。実在しているとは思わなくても仕方がないがな。そうだ。この扉の向こうにおわす御方、お前達を呼び寄せた御方が誰であるか。我らがエフィンの里の中心、世界樹ユグドラシルと共にあり、エルフの女王にして、六英雄が一人」
扉を向き、コルー様が声をかける。
「女王様。入ります」
「どうぞ」
扉の奥から少女のような声がかすかに聞こえた。
その返事の後、深呼吸をした後、少し間を空けて、コルー様が木の根が絡みついた植物が生い茂る扉を仰々しくゆっくりと開けた。




