42 リューン故郷へ帰る1
エフィンの里
奥深い森の中を半日、ゴトゴトと馬車に揺られて、少しばかりの整備がなされた街道を進んでいくと、鬱蒼と生い茂る緑の世界が広がってくる。その中心にそびえ立つ、巨大樹、世界樹ユグドラシル。
その壮観たる緑は、五十年ほど前にこの地を旅立った私に、あの時と何一つ変わらない姿をみせる。私の故郷であるエフィンの里は世界樹の麓にある、幾重にも絡みついた木々、というよりは巨大樹の隙間に、多くの建物が立ち、道路が張り巡らされて、そこに多くのエルフ達が住まう場所である。石造りの家々が多い人間種の街とはいささか趣の違う、木製の家々が並ぶ。
人間種との交流が始まってから数千年は経つが、この里に人間種の冒険者ギルドや酒場などの施設が建設されたのはここ百年ほどでしかない。街道や商業目的の交流ルートが確立されて百年あまり、交通の便利さは昔に比べれば幾分か楽になったとは云われるものの、この里まで来るにはかなりの時間を要してしまう。
「着きましたよ。ここがエフィンの里、私の故郷です」
里の入り口へと馬車が停止し、各々が降りる準備をする。
「やっと着いたか。馬で三日、馬車に半日以上乗せられて、完全に体が鈍っちまったよ」
頭にバンダナを巻いた、目つきの悪い男、トルキンが呟きながら馬車から降りる。
「この程度で体が鈍るとは。常日頃の訓練が足りんのではないか?」
髭面の大柄なドワーフの男、オグニルが馬車から降りながら、トルキンに問いかける。
「何でもかんでも鍛えれば解決すると思ってるようなドワーフ種と一緒にしないでくれよ。俺達人間種は結構繊細なんだ。なっ? アッシュ!」
「? 俺は別に鈍ってはいないが?」
黒髪の軽装鎧を着た青年、アッシュが真顔で答えている。
「おいおい違うだろアッシュ! 俺を裏切るなって!」
「なるほど。トルキン殿はアッシュ殿と一緒に訓練をしたいみたいですな」
「ばっ! オグニルやめろ!」
「それは本当かトルキン! すぐに二人でできる訓練プランを考えよう! なに、しっかり鍛えれば体がきちんと答えてくれる! 今やらないと一生後悔するかもしれないぞ!」
「ほらみろ! 面倒くさくなった! 説得するのが大変なんだぞ!」
トルキンはブツブツと独り言を呟きながら里の入り口へ入っていき、それに遅れるように私達三人も里へと入っていく。
「さて、まずは冒険者ギルドで依頼の内容を確認してみるか」
「そうですね。でも、私達を直接呼びつけるような依頼なんて、一体どんな内容なんでしょうか?」
「俺は何となく読めたぞ。つまりこれは、いつまでも戻ってこない姉を心配した健気な妹がだなぁ」
「私の妹がですか? まさか。そんな事で冒険者ギルドに緊急の依頼を出すような子じゃありませんよ。それに、手紙でのやりとりはずっとしていますし」
「本当か? なら、前回手紙を出したのはいつ頃なんだ?」
「五年ほど前ですから、つい最近ですね」
三人の呆れたような溜め息が周りに響く。
「それじゃあ、依頼があっても不思議じゃないな……」
「なんというか、予想通り、ではあるな」
「大事な家族とは、こまめに連絡を取り合っていたほうがいいと思うよ……」
アッシュさんまで。そんなにおかしい事でしょうか?
里の入り口の広場を抜け、冒険者ギルドへの道を歩いていく。その時。
「お姉ちゃん!」
聞き覚えのある声に振り返ると、五十年前と変わらぬように見える、いや、少し背が伸び、大人びた印象になった、銀色の髪を後ろで纏めた妹の姿がそこにはあった。
「セフィ! 大きくなって!」
「それはそうでしょう! もう五十年だもの! 私達エルフは時間の感覚がゆっくりなのは分かるけれど、戻ってこない時間が長すぎるよ! まさか今日、里の入口にお姉ちゃんがいるなんて! とても驚いてるわ!」
あわあわと表情が変わり、手を目まぐるしく動かしている。慌てると出る細かな癖は本当に変わっていない。
「あら? じゃあ私達を呼びつけたのはセフィではないのね?」
「なんの事? あっ! そちらの皆さんは?」
「私の旅の仲間よ。左から、パーティーリーダーのアッシュさん、ドワーフ族のオグニルさん、そしてトルキンさん」
「姉がいつもお世話になっております。あっ。さっきのやりとり聞かれてたってこと? やだ。恥ずかしい……」
「昔から変わってないわね。元気そうでよかった!」
「妹さん、普通……だよな?」
「うむ。普通である」
「モンスターをブン殴って回りそうにない妹さんでよかったぜ……」
「アレに似ているということで身構えていたが、そんな事は普通ありえない、ということだな。杞憂しすぎたようだ」
「しかし、依頼主が妹さんっていう俺の予想は外れたか。じゃあ、誰が俺達を呼びつけたんだ?」
「お姉ちゃん、私達に会いに戻ってきたってわけではないんですね」
セフィは少し悲しそうに呟く。
「そうね。ゆっくりするために戻ってきたわけではないのよ。冒険者ギルドからの緊急の召集依頼があったから戻ってきたの。セフィはこの件、何か知らないかしら?」
「ギルドからの依頼? 遠くからお姉ちゃん達を呼び戻すような重要な依頼なんてあったかしら?」
「あら? ギルドの依頼には詳しいの?」
「だって、冒険者ギルドで働いているから。大体の依頼内容は、私達事務方にも聞こえてくるもの。でも、今はそんな重要そうな依頼は出てなかったと思うんだけど……」
「なんだ? 空振りか? 緊急だって話だから急いで飛んできたんだが」
トルキンは口を尖らせながら悪態をつく。
「ギルド間を通して出された依頼、というわけではなさそうですね。依頼主からの直接の依頼でしょうか?」
「とにかく、この里の冒険者ギルドへ行ってみよう。依頼を受けたのは事実だ。依頼書にはこの里のギルド長の印もあった。詳しいことはギルドに聞けば分かるんだろう」
「それなら私が御案内しますよ。冒険者ギルドはこの先です。ついて来て下さい」
セフィを案内役にして、冒険者ギルドまでの道を歩く。妹と肩を並べて他愛のない話をするのも五十年ぶりだ。なんだかんだで思い出話に花が咲いた。
冒険者ギルド前まできたところで、その入り口に二人の女性が、こちらを向いて立っているのがみえる。一人は背が高いが、もう一人は腰の曲がり、杖をついたお婆さんのようだ。いや、あのお婆さんは―――
「リューン」
「さ、里長様!?」
そうだ。このエフィンの里の長、コルー様だ。エルフの巡礼式にも、魔法学校卒業の時にも、この里を旅立つ時にも散々見た顔だった。五十年前と何も変わってはいない。隣の女性は新しい侍女だろうか。
「里の中を探す手間が省けたな」
「だから、ギルドを通した方が早いと言ったんですよ長様。依頼を出しておけば、こうやってギルドに集まってくれるんですから」
「ふん。人間種の作ったものは好かん」
ぷいと顔を背けた後、ぶっきらぼうにこちらに用件を伝えてくる。
「リューン、この後すぐに、ユグドラシルの麓、ユグノジア聖堂院へ来るのじゃ」
「ユグノジア聖堂院? 何故ですか?」
「お前に合わせたい御方がおる。それと、そこの人間種、アッシュ殿であったか? そなたも呼ばれておる。リューンと共にユグノジア聖堂院へ来るのじゃ」
「どうして俺の名前を?」
「細かい説明は後でする。ユグノジア聖堂院で待っておる、お前達に緊急依頼を出して呼び寄せたのはその御方じゃ」
「なるほど。その御方ってのが依頼主ってことか。二人ってことは、俺達はユグノジア聖堂院には呼ばれてないのかい?」
トルキンがオグニルと己を指しながら、コルー様に質問を投げかけた。
「すまんが多くの人と会わせるわけにはいかん御方でな。二人だけじゃ」
「ほう」
オグニルは髭を触りながら、何かを理解したように呟いた。
「アッシュ殿、リューン。ではまた後で」
そう言って侍女を連れ、里の中央、ユグノジア聖堂院へ向けてコルー様はズンズンと歩いていってしまった。
「一体、誰が私達に会いたいというのでしょう?」
「どう見ても、普通じゃないな。アッシュの事も、完全に分かってるって感じだったぜ?」
「アッシュ殿、リューン殿。くれぐれも粗相のないようにお願いしますぞ」
いつもより神妙な面持ちで話すオグニル。少しばかり肩に力が入っているように見える。
「オグニルさんは何か知っているのですか?」
「分かりませんが、たぶん……いや、迂闊な事は言えませんな。なに! 会えばわかる事です! 頼みましたぞ!」
今年は色々ありすぎました
年末までにはもう何本か投稿したいところですね(ヽ´ω`)




