表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/50

41



 すでに陽は落ち、スレモッジ砦やその周辺もまた、明かりの無い闇の世界が訪れた。遠くから狼のような遠吠えも聞こえてきている。スレモッジ砦の周辺はサブラーナ大草原とよばれており、人の住む街まで戻るにはかなりの距離を歩く必要がある。人気のない砦には当然明かりがないうえに、夜はモンスターが凶暴になっており、夜のうちに移動することは得策ではない為、大事を取ってこの夜を砦内で過ごすことにした。多くのモンスターが徘徊するスレモッジ砦内で一夜を過ごすということは大変危険な行為ではあるのだが、ボス手前の休憩ポイント、女神の泉周辺には、システム的にモンスターが寄り付かない場所であるという習性を利用することで、安全に一夜を過ごすことができる。飲み水も確保でき、キャンプ地点としては実はボス前が一番安全である、とまで言われることがゲームの時でもあった。さすがに本当にモンスターがゲームの時と同じように行動するかは分からないので、見張りは交代で建てる必要があるが、夜通し移動するよりは遥かに安全だろうという判断だ。


 女神の泉の前で、簡易キャンプキットから起こした焚き火を囲むように、ガドラー、ナナリが座り、泉の縁にフッドが腰を据えている。焚き火には四人分の食料を投げ込んだ鍋がぐつぐつと煮えてきており、食べるにはちょうどよい頃合いだろう。だがしかし、ガドラー達は鍋に手を掛ける様子はない。三人の注目は今、こちらに向けられている。当たり前だろう。


「何度も聞いて悪いが、あれからどうしていたんだ? そう。あの戦いの後……ラムドラの病院から目覚めてからだ。その身なりを見れば、あれからもそれなりにうまく冒険を続けていたことはみて分かるんだが……いや、なかなかに変わりようが凄くてな……あの時のお前さんと今のお前さんとは、同じ人物には思えない変わりようだ」


「ちょっと! 失礼ですよガドラーさん! 女性の服装を見て判断するとか! そういうデリカシーの無さは、絶対に直した方がいいと思います!」

 ナナリが身を乗り出して吠える。女性には何かと思うところがあるのだろう。


「いや、ナナリ。そういう話をしているのではなくてだな……セルビィ。今回お前はこのスレモッジ砦に一人で乗り込んできた。はっきり言って、俺達からみればどう考えても異常な行動だ。多くのモンスターが跋扈し、魔族が住処としているこの砦を、たった一人で攻略するつもりだったのか? 俺達三人でも、入念に準備したうえで、何度も危険な状態になりながらも、どうにかここまでたどり着いた。それを一人で、だ。正気じゃないと考えている。お前は本当に強い。それは認める。だが、どうして一人で戦う? なぜ冒険者ギルドを使わない? それだけの強さがあれば、必ず共に戦ってくれる仲間ができる。……お前がこの砦に来た理由、明らかに魔族を狙って来たんじゃないのか? 何か特別な理由でもあるんじゃないのか?」


 揃えた装備の性能確認をしに魔族と戦いに来たのだとは、中々に説明しにくい。何とかうまくごまかそう……というより、ここまで魔族と戦って生き残っているこの三人にならば、ある程度こちらの状況を説明してもいいのかもしれない。魔神マガラツォを倒す為の協力を仰ぐのも一つの手だ。この世界が現実世界のゲームと瓜二つであることまでは知らせる必要はないだろうが、勇者として召喚されてしまったことは伝えたほうがいいのだろう。



 事の顛末を羊皮紙を用いて、必要ない部分を省きながら、要点をかいつまんで彼らに説明をしていく。



~~



「……つまり、魔神マガラツォを倒す為に、この世界に召還されたのがお前さんだと? ……いやすまん……疑っているわけじゃないんだが、はっきりいって俺の理解が追い付かなくてな」

 ガドラーは目頭を押さえて考え込み始めた。正直理解するには時間がかかるだろう。俺だって召還されてからしばらくは、この現状を理解するのに混乱していたものだ。


「その、セルビィちゃんはこの世界の人間じゃないって事?」

 ナナリはとても驚いた顔をしており、動揺を隠せないでいた。フッドに関しては、腕を組んだ状態で、まあそうだろうなというように目を伏せている。はた目からはそこまで驚きはないようにみえた。


「子供の頃、昔話や、エルフの童話なんかで、勇者を召還して魔王や悪魔を倒して平和を取り戻したなんて話はいくつか読んだ事はあるが……本当に本当か? そんなおとぎ話……よりにもよって……いやその実力は申し分ないのか……嘘じゃないんだよな? ああそうだ、この状況でこんな嘘を付く理由もないな」


「……このセルビィが世界を救う勇者……プフッ、それはそれで面白い」

 フッドは……なんだこいつ。


「セルビィちゃんが別の世界の人間で、それでいて勇者様ってこと? でもエルフの里の出身じゃなかった? あれ?」

 ナナリは頭にはてなマークが続いているようだ。無理もないな。


「お前さんの置かれている状況はなんとなくわかった。なんとなくだが。だが、話を聞くに召還されたのは、お前さん一人だ。一人で魔神と戦うつもりだったのか? お前の実力は知っているが、魔神はとてつもなく強いと聞いている。伝え聞く魔神封印の記録でも、人間エルフドワーフ獣人、それぞれの種族の英雄達が集まって、凄まじい犠牲の上にどうにか封印出来た相手だと。勝算があるのか?」


 ……はっきりいえば、一人でも勝てる算段は、ある。だがそれは、装備やアイテム、あらゆる準備をしてから挑むもので、時間もお金も掛かる。そしてそれは、一度限りの博打だろう。俺の調べた限りでは、この世界において、死者は生き返らない。そんな記録や、ゲームの時に存在したはずの死者蘇生の魔法すら皆知らないという。ゲームと同じ世界であるならば、死亡した仲間を甦らせたりする魔法や、モンスターに負けた場合に、所持金が減ったり経験値が減らされたりするデスペナルティを受けた後、最後に立ち寄った街などの復活地点で蘇ることができるはずなのだが、そんな話はこの世界で出会った只の一人も知らないようだった。つまり、この世界では死んだら蘇ることはできないのだ。死は死である。死者が蘇る事などない。この部分は、ゲームとは明らかに違う。一度死ねば、それまでである。


「……セルビィちゃん?」


 三人の実力は、申し分ないだろう。ナナリが不意を突かれたとはいえ、魔族グジフォンとあそこまで戦えるパーティーは、おそらく今のこの世界にはいないと思っている。【ナイト】【アーチャー】【僧侶】、魔神を倒すパーティー構成としてはベストではないがベターといっていい。是非とも魔神マガラツォを倒す為、一緒にパーティーを組みたいと考えてはいる。だがそれは、すなわち、かつての英雄達でさえ無しえなかった大業、魔人討伐という、勝てるかもわからない一度限りの大博打に彼らを巻き込むということだ。戦って、負ければ、皆死ぬ。どんなに勝算があるといったところで、それは、かつてのゲームの中での勝ち筋である。もしも、今のこの世界が、慣れ親しんだゲームの世界と理が違う場合、どうなるのか? 魔神が俺の想定と違う行動をとった場合、誰も死者を出さずに、彼らを生き残らせたまま勝つことができるのか。そんな不確定な場面や状況に、つれていけるのか? その時に、俺は――


「セルビィちゃん!」

 

 突然名前を叫ばれて、ハッとナナリの顔を見る。彼女は真っすぐとこちらを見つめ、しっかりとした口調で話し始めた。


「凄い顔してたよ……うん。私達は大丈夫だよ。安心して。……今度は、あの時みたいに、置いていったりしないから」


 ナナリはキッパリとそう言った。こちらの不安や恐怖を読み取ったのだろうか。本当に、短い付き合いなのだが、こちらの胸の内を見透かされているような、不思議な子だ。だけど、その言葉はとても落ち着くようで、暖かく感じた。心の中の不安や葛藤が少しばかりほどけた気がした。


 覚悟は決まった。彼らに、共に魔神マガラツォ討伐のパーティーになってくれないかという節の文章を見せる。


~~


「俺達で魔神を!? おいおい正気じゃないよな!?」


「な、なかなか面白い事を言ってくれるぜ。そりゃあどっかの誰かが、魔人討伐なんてのは考えるだろうとは思っていたが……」


「……うん。セルビィちゃん。ちゃんと言ってくれてありがとう」

 ナナリだけは、強く、頷くように返事をした。


「まてまて。魔神を一緒に倒すってことだろ? お前と俺とフッドとナナリの四人で……話が飛び過ぎだ! 太古に世界を混沌に陥れようとした魔神なんだぞ?」


「やりましょう! ガドラーさん! どのみち、今回の魔族退治はヴァルデジャン国王様からの依頼だったんですから! 最終的には親玉の魔神を倒す必要があるのは絶対なんです! 大丈夫! こっちにはセルビィちゃんがいるんです! なんとかなりますよ!」


「簡単にいうなナナリ! 何よりお前が危険になったら、こっちがだな……!」



 ガドラーは腕を組んで数分間悩んだ後、覚悟を決めたようにこう切り出した。


「いや。セルビィ。すまないが、俺の意見としては、やはりその提案は受けることができない」


「ガドラーさん!」

 ナナリはすごい剣幕で、ガドラーに向かって突っかかろうとしている。


「ナナリ落ち着け! フッド。お前の意見も聞いておきたい」


「このパーティーのリーダーはガドラー、お前だ。お前が決めたことなら、それに従うだけだ。それがたとえ、どんな決断だろうとな」

 フッドは腕を組んだまま淡々と答える。


「そうか。わかった」


「ガドラーさん! どうしてですか! なんで!」


「ナナリ。話を良く聞け。セルビィの提案、今すぐに受けることができないといってるんだ」


「だから! どうし……え? 今すぐに?」


「そうだ。はっきり言って、ナナリと同じように、その提案には今すぐにでものってやりたい。俺の親父と俺に戦い方を教えてくれた師匠は、魔族やモンスターとの戦いで街の住人を逃がす為に戦って殺された。連中の親玉を仕留めて、仇を取りたいとはずっと考えている。忘れたことはない。だが、さっきの戦いを見ていただろう? 俺達には、まだまだ奴らと戦い抜く決定的な力が足りないんだ。魔族を相手にしても、決して劣らないだけの力が。だからひとつ、お前さんのいう、魔神討伐のパーティーに参加する前に、ある装備を手に入れておきたいと思いついた。そいつを手に入れてから、セルビィ。君のその提案を受けたいと、考えている」


「ガドラーさん。その装備って一体?」


「ヴァルデジャン王国の王族が持つ、王都を守る使命を持つ者だけに貸し与えられるという、【聖盾ヴァーテリア】。悪名高い魔神と戦うのなら、これぐらいの装備を持ってこないと。だろ?」



【聖盾ヴァーミリア】

 ヴァルデジャン王国に古くから伝えられるという大盾だ。盾自身に魔法が付与されており、邪悪を払うとされている。【ナイト】が装備できる装備の一つでは、高防御力、魔族の攻撃を一部ダメージ軽減までできる装備である。ヴァルデジャン王国の特定クエストをクリアしていくと入手できるもので、これを持っていない【ナイト】はモグリとまで言われる盾装備である。いくつかの特定クエストさえクリアすれば確実に入手できるが、キャラクター一人につき必ず一つしか入手できない、特別なものだ。ゲームのストーリークエスト前に入手できる為、マガラツォ戦前までに入手しておくことで【ナイト】が大いに活躍できることとなる。



「だから、ヴァルデジャン王国に戻って【聖盾ヴァーミリア】を取りに戻りたい。ナナリ。わかってくれ」


「その盾があれば、魔神と戦える……そういうことですよね?」


「少なくとも、セルビィの足は引っ張らずにすむ。そういうことだ」


「一度ヴァルデジャン王国へ戻るってことだよな? しかし、ヴァルデジャン王が王国に代々伝わる装備を、簡単に貸してくれるとも思えないが……」


「そこはなんとかするさ。なあに。世界の危機なんだ。ヴァルデジャン王には納得してもらうしかないだろう。最悪の場合には、ぶん殴ってでも――」


「暴力はダメです! どうしてもというなら私が――」


「わーわーわー! とにかくそういうこと! そういうことだ!」


「理解しました。ということはこんなところでのんびりしている場合ではないですね! すぐに取りに戻りましょう! 善は急げですよ!」


「落ち着けって! 今日はもう遅い! 外は真っ暗だろ? 明日の朝、陽が昇ってからの出発だ! 今日はもう休めナナリ」


「火元とモンスターの警戒は、俺とガドラーで交代で行う。二人は夕食を食べて早く寝ろ……起きてると話がややこしくなるからな……」



~~

~~~~



 床に薄い毛布を引き、もう一つの毛布を上から被る。少し離れた場所でガドラーとフッドが焚き火を見ながら何やら話し合っているが、声までははっきりと聞き取れない。もう静かに眠ろうと思っているのだが、何故か同様に毛布に包まってこちらに話しかけてくる少女が真横にいるのだ。「一緒に寝よう」と小さな声で話しかけてきたのに、未だに眠る気配はない様子。ガドラー達には聞こえない声で、つらつらと色々な話をしてくれる。時々こちらの顔を確認しては「もう寝ちゃった?」と話しかけてくるため、その度に首を振る機械と化している。


「【聖盾ヴァーミリア】ってどんな盾なんだろうね? ずっと昔から王国にあるっていうんだから貴重な文化財だよね?」


「さっきのお鍋美味しかったね。セルビィちゃんの持ってきてた具材のおかげかな? 昨日食べたのはそんなでもなかったし。あっ、セルビィちゃんは料理できる? 私は全然。もう少しお母さんから習っておけばよかったかなぁ……」


「あの二人、男所帯で生活してきただろうから、女の子の心の機微に鈍感なんだよ。さっきもセルビィちゃんがとっても困ってるのに気づかないんだから。おじさん二人だけってのは、本当に色々面倒臭いの。この前も大変だったんだから!」


 へ、へぇ……そうなんだぁ……女の子の心の機微がねぇ……顔に出てるってこと? そんなことありえなくない?



~~

~~~~

~~~~~~



 周りが明るくなると同時に、女神の泉を出発して、早い時間にスレモッジ砦の外に出た。まだ日も登り切ってはおらず、澄み切った空気感が外では広がっていた。サブラーナ大草原には、モンスターがうろついているとは思えないほどに、地面の緑と空の雲掛かった水色が鮮やかだ。


「なあ。本当に俺達と一緒に着いてくる気はないのか?」

 ガドラーが俺に話しかけてくる。その答えにNOという意味で首を振る。残念だが彼らに着いていくことは得策ではない。魔人討伐に向けての準備、まだまだやることが山ほどあるのだ。


「そうか……それじゃあ予定通り、次に落ち合う場所はガンドリビの街って事だな。ヴァルデジャン王国まで行って、ガンドリビの街まで戻ってくるのには、早くても二十日程度はかかるだろう。それまで待っていてくれ。必ず【聖盾】は持ってくる。ああ。そうだ。他に何か必要なものがあるか? ヴァルデジャン王国になら、他の街よりも武具やアイテムは揃いやすいだろうからな」


 ほう。なるほど。ではこれを是非とも持ってきてほしいということを説明するために、羊皮紙にさらさらとこちらが必要としているものを書く。


「はっ!? なっ!? なんで【聖槍レイスピア】の存在まで知ってるんだ!? あ、あれこそ、ヴァルデジャンの王族と近衛騎士団の数名しか知らない、門外不出の武具なんだぞ!?」


【聖槍レイスピア】

【聖盾ヴァーミリア】と同様に、ヴァルデジャン王国に伝わる伝説級の槍である。高い攻撃力を持ち、魔族に追加ダメージを与えることのできる武器だ。こちらも同様にヴァルデジャン王国関係のクエストを進めることで入手できるのだが、盾とは違って入手クエストが複雑だった。もし手に入れることができるなら、対マガラツォ戦において【ナイト】の装備は悩まなくても済むほどであり、こちらも職業によっては時間をかけて入手する価値のあるものだと言われている。それが、ガドラーの頑張りひとつで手に入れることができるのならば、骨を折ってもらうのも悪くない。何より、面倒臭いクエスト管理をやらずに入手できるのは、とても助かる。

 

「くそっ! なんでこう面倒な事ばかり……このままじゃ魔神より先に俺の胃がやられちまう……ああ。分かってるよ。そいつも持ってくる。こりゃあヴァルデジャンでの出世は期待できそうもないぜ……」



~~



「セルビィちゃん! またね! 必ず! 必ず会いに行くから! 絶対だから! 待っててね!」


 ナナリが大きく手を振り遠ざかっていく。一緒にはいけないと話した直後は渋っていたが、その後は騒がなくなった。もう一度、ガンドリビの街で必ず落ち合うということで、彼女も納得したのだと思う。この前とは違う。話しもせずに別れてしまったあの時とは。もう一度、会えると信じているのだ。



 そう。彼らを生死を分ける戦いに巻き込んだことを後悔しないように。

 今できることをやるだけだ。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ