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「ぎぎゃう!!」


 【シールドバッシュ】を顔面に受けたグジフォンは、予想だにしない方向からの攻撃に驚きながら、体を回転させて吹き飛ぶ。吹き飛んだその隙に、壁にもたれるように気絶しているナナリと吹き飛ばしたグジフォンの間に入るように位置取りをする。


「……イヒヒヒ……まさか伏兵がいたとは……これは少し予定が狂いましたね」


 殴られた顔面を抑えながら、グジフォンが体を起こしながら薄ら笑う。その眼ははっきりとこちらを睨みながら、恨みを込めたような瞳が光る。


「エルフの小娘。今頃出てきて私の楽しい楽しい遊びの邪魔をする、その覚悟はできているのでしょうね?」


 背中の羽根をもう一度大きく広げて、殴られた顔を未だに抑えながら、口元や表情からは明確な怒りが見受けられる。


「セルビィ!」


 薄っすらと広がっていた霧が消え始めてから、こちらの状況が分かった様子のガドラーが声を上げる。ガドラーとフッドがこちらに向かって走ってこようとするのを、盾を持った左手で制す。ガドラーに向かって小さく頷いて、横目で倒れているナナリをちらっと見、頼むとばかりに目配せをする。


「あいつ! あの時と同じように、また一人で戦うつもりかよ……!」

「諦めろガドラー。あの娘はそういうやつだ。魔族はあいつにまかせておいて、今はナナリを!」

「ああ! 分かってるよ!」


 二人にはこちらの意図はきちんと伝わったようで、ナナリの救助に走っていく。目の前に対峙しているグジフォンは、こちらを睨んだままに会話を続ける。


「イヒヒヒヒ! 一人で私を? これは面白い冗談だ。非力なエルフの小娘一人で何ができるというのですか? いいでしょういいでしょう! 新しい玩具の相手をしてあげましょう!」


 グジフォンはオーバーリアクション気味に両腕を動かし広げる。その口元は、裂けそうなほどに大きく開き、面白くて仕方がないように笑う。しかし、その眼の奥からは強烈な殺意を感じるほどだ。


 左腰につけた【バトルウォンド】を剣帯から外して右手に持ち、剣を相手に向けるように構える。左手の【ちからの盾】を斜め左前に出しながら、相手の出方次第ではすぐに防御できるような状態で、グジフォンとの距離をじりじりと詰めていく。


 魔族グジフォン。こいつと一対一で戦う為に、このダンジョン、スレモッジ砦に寄ったのである。まさかこんな場所で会うとは思っていない三人に再会したが、苦もなく望み通りに一対一で戦える状況は、ツキが回ってきたといってもよい。


 グジフォンと戦う目的の一つは、身に着けている装備の能力調査である。【バトルウォンド】も【ちからの盾】も【マジックメイル】も、フィールドモンスター、いわゆる雑魚モンスター程度には申し分ない性能だ。しかし、重要なのはボスモンスターに通用するかどうかである。高HPや高い属性値を持っているボスモンスターにこれらの装備が通用しないのでは、装備する意味がないのである。最終目的は魔神マガラツォだ。ここで足踏みするような装備では駄目なのだ。かといって、そこかしこにボスモンスターが生息しているわけでもない。言い方はおかしいかもしれないが、リポップしないボスモンスターには限りがあるのである。貴重な一体、大事に調査したいところだ。


 ボスモンスターは、フィールドモンスターと違って一発二発殴ったところでは、簡単には死なない。グジフォンはマガラツォと同様に、魔法や物理攻撃などの攻撃パターンが複雑であり、今後を見据えた戦いの感覚を得るには最適であるのだ。


「かああああ!!」


 グジフォンの口からは強烈な炎が吐き出される。凄まじい熱風と炎が、眼前に迫る。燃え盛るような火炎攻撃。盾を構えて炎の直撃を防ぎ、炎のダメージを抑える。【マジックメイル】と【ちからの盾】が優秀であるのか、吹き抜ける風が熱いと感じる程度で、痛みを感じるダメージはほぼない。


「キィエエエィ!!」


 吐き出した火炎により、こちらの動きが鈍ったと見たのか、奇声を上げながら突進してくる。両腕を振り回すような直接攻撃である。腕が異様に長い為、距離感を間違えれば回避することすら難しい。折りたたまれた腕が突然伸びて来るような攻撃、予期せぬ距離からいきなり殴られる可能性がある不意打ちが怖い攻撃だ。隙を見つけたと思ったのだろうか、大振りの一撃が迫る。左腕からの薙ぎ払うような剛腕を、盾で受け止める。ガンという衝撃はあるが、ダメージはない。一瞬強張った表情をグジフォンがみせたのを見逃してはいない。右腕に持った【バトルウォンド】を短い軌道で振り抜き、盾で弾き上げた相手の左腕へと叩きつける。


「ぐああああ!!」


 グシャリと、骨が砕ける音が響く。グジフォンは左腕を抑え、今までにないような悲鳴とも雄たけびともとれる声を上げる。【バトルウォンド】の威力はたしかに大きい。だが、今までのモンスターでは、粉々に砕け散るような攻撃であるのに対し、グジフォンは左腕が吹き飛んだり砕け散るのではなく、骨が砕けるだけで済んでいる。これも高いHPを持つボスモンスターならではの特徴であるといえるだろう。


「ぐっ……くそっ!」


 あまりのダメージに危険を感じたのか、グジフォンがこちらから距離を取り、魔法による攻撃を連続して行う。こちらから接近しようにも、背中の羽根を広げて低空を飛びながら魔法攻撃である。現在の装備では、否応なしにこのような遠距離戦には対処しにくくなる。幸いにして、魔法の攻撃も【マジックメイル】のおかげか、飛んでくる魔法攻撃のダメージは少ないと感じる。


 グジフォンを相手にする目的の二つめ、というよりも、これは実験といったほうがいいのか。【バトルウォンド】を大きく振り上げ、床を掬い上げるように叩きつける。グシャという音とともに、石造りの床板が大きく変形して、破壊された床片がせり上がる。


「な、なにやってるんだあいつ!」


 せりあがった床片を、さながらバットでボールを打つかのように相手に目掛けて打ち込む。いくつかの床片は砕けて粉々になるが、砕けた大きな破片の床板は、多量の石つぶてのように相手に襲い掛かる。


「なにっ!?」

 魔法の詠唱を中断し、飛んできた石つぶてを回避しながら、まさかの攻撃にグジフォンが呻く。


「壊した床板を利用して相手に攻撃を!? 嘘だろ!?」


 正直、ここまでうまくいくとは思っていなかったので俺自身も驚いてはいる。魔族アムデとの戦いの際に、奴は監視塔の壁を破壊して、塔の上から突き落とされた事がある。これは、ゲームのシステム的には絶対にありえない事で、ゲーム内の話をすれば、アムデに戦闘フィールドを破壊、もしくは変更できるような能力はない。つまり、この世界の壁破壊や床破壊は、プレイしたゲーム内の世界、戦闘中というゲームシステム外にある現象、であるといえる。ようするに、ゲームのシステムにのっとった戦闘スタイルを律儀に守る必要もなく、これらを無視し、フィールド環境や身体能力を生かした多様な戦い方も、その場の状況によっては十分にできる可能性がある、ということだ。この戦い方は、今後の戦闘には非常に重要だと思っていて、ある意味、自信の弱点を克服するに最適な戦法もできるのではないか、と考えている。もちろん、床を砕いて石つぶてのように放つ、という攻撃は、床を粉砕できるほどの高い攻撃力を持つ【バトルウォンド】があってこそできる芸当だと思っているので、いつでもこんなことができるとは思っていないが。


「ふ、ふざけた事を!」


 石つぶてを回避するために逃げ惑うグジフォンの隙を見つけ、即座に飛び掛かり、回避行動をとるグジフォンに急接近する。接近されたグジフォンは、どうにか逃げようと背中の羽根を大きく動かす。しかし、この距離まで近づいて逃がすつもりはない。右手に構えた【バトルウォンド】を、突きの要領で振り抜く。相手が回避行動をとるが、少し遅い。風を切って繰り出された突きは、グジフォンの肩に突き刺さる。


「ぐおっ!?」

 

 肩を抉り、衝撃がグジフォンの身体を歪める。しかし、追撃の手を緩めるつもりはない。さらにもう一撃を。体全身をばねのように動かし、軸を回転させて右腕を振り上げる。相手の攻撃、回避行動より前に動き、【バトルウォンド】による素早い攻撃を繰り出し、背中の左羽根をへし折る。


 ここだ。戦いの目的三つめ、実験その二。極限まで素早さを上げた場合に、ゲーム上ではどうしても相手の行動よりも先に動くことは、二回までが限界であった。しかし、先ほどのように、この世界がゲームシステムを完全に模倣しているという事でないのであれば、この体が動く限り、無限に攻撃を繰り出すことができるのではないか。今までの攻撃が、システム的に二回攻撃が限界であるならば、今このタイミング、三回目の攻撃を繰り出す事ができれば。相手より早く動くことができれば。全身を、もう一度ばねのように動かし、さらにもう一撃を!


「ぎゃああああ!」


 グジフォンの胴体を横薙ぎに【バトルウォンド】が襲い、その体を豪快に吹き飛ばす。グジフォンの仕掛けようとした最後の抵抗、カウンター気味の毒針攻撃よりも早く、こちらの三撃目が早く決まる。ゲームシステム的に決められている二回攻撃後のグジフォンの攻撃よりも、先に仕掛けることができたことになる。つまりこちらの攻撃は、回数制限などなく、体が動く限り攻撃できる、という事を意味する。

 

 ヒィヒィと息を漏らしながら、胴体の骨を砕かれたグジフォンが、息も絶え絶えに声を上げる。体の自由がうまく取れないのであろう。うつ伏せの状態で顔だけをこちらに向けて話を続けている。


「……イヒヒヒヒ。忌々しい……忌々しい人間種共め……! マガラツォ様があの城に縛られていなければ、この世界の人間種など皆殺しにしているだろうに! ああ……! 貴様らが、肢体を砕かれ、贓物を引き抜かれ、無残に殺されている姿が目に浮かぶ……! そう……この世界に蘇ったあの時……! あの城に住んでいた連中のように……! イヒヒヒヒ……! しかし本当に忌々しい! マガラツォ様の復活を、最後の最後まで邪魔をした貴様ら人間種の、あの城のあの男が……! だが、マガラツォ様が今一度力を取り戻せば、必ず貴様らを……我らが魔族の恨みを晴らしてくれよう! その時は惨めに命乞いをして神すらも恨むがいい……! イヒヒヒヒ――」


 俺も彼ら魔族やモンスターを何体も殺してきた。ゲームの世界で生き残るためとはいえ、現実世界では到底真似できないであろう血みどろの戦いもしてきたとも思う。しかし、人として常識のある感情や慈悲も失ってはいないと思ってはいる。だが、彼ら魔族はまるで考え方が違う。魔族は人間種を本当に殺すことしか考えていないのだ。共存共栄など到底できない。心の底から湧き上がる怒りと、決して相容れぬ悲しみを受け入れるように、小さく、そして力強く呟くと同時に、渾身の力を込めて右腕を振り下ろす。


「死ね」


 振り下ろした【バトルウォンド】が、グジフォンの身体を砕く。一撃は胴体すら貫き床板をも粉々に砕く。その衝撃音が、戦いの終焉の合図であった――



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