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大扉の隙間から、激しい衝撃音が響き渡る室内を覗き見する。
石造りの広い室内の中央付近において、猿によく似ている魔族グジフォンと、対峙している人物達、どうやら戦っているのは三人だと確認することができた。ここからでは、三人の顔まではっきりとは見えないのだが、蒼いプレートアーマーを着込み、剣と大盾を構えた大柄な【ナイト】の男性、その後ろには、大きな帽子を被り、数十本の矢を大きな矢筒に入れて背負いながら、機敏に動いて弓から矢を放っている【アーチャー】の背の高い男性、さらにその男からかなり後方に、杖を両手で握りしめながら二人の動きを見守っている【僧侶】の女性が、魔族グジフォンと一定の距離を取って相対している。
【アイアンディフェンス】――!!
【五月雨撃ち】――!!
グジフォンと三人の、激しいスキルや魔法の打ち合いが行われており、この戦いは時間が経つ程に激しさを増している。放たれる二人の攻撃スキルは、グジフォンにもかなり通用しているようでダメージを与えており、剣や弓矢での攻撃を受けてグジフォンがよろめいて態勢を崩していることもあるようだ。
【アーチャー】の男性から放たれた矢の何本かは、吸い込まれるようにグジフォンの肉体に突き刺さる。しかし、ダメージによって相手の攻撃の勢いを完全に削ぐことはできず、反撃の魔法攻撃や火炎ブレスといった攻撃を返されてはいる。だが、その攻撃を見越したように、反撃の攻撃が飛んでくるタイミングに合わせて【ナイト】の男性が大盾を構えながら、攻撃魔法や火炎ブレスを防ぎ、間髪を入れずに後方にいた【僧侶】の女性が【ナイト】が受けたダメージを治癒魔法で回復している。見事といえるチームワークであり、パーティー自体のレベルと練度も非常に高い。スレモッジ砦のボスモンスターである魔族グジフォンを相手にしているにもかかわらず、決して引けを取らないと感じるほどだ。
――数分程、大扉の隙間からこの戦いを覗き見ていて気づいたことがある。
というよりも、今室内で戦っているこの三人組なのだが、明らかに見覚えがあるのだ。それぞれの身に着けている装備や、扱っている武器は少しばかり様変わりしているが、戦い方、全体の動き、パーティー構成などが、あの時少しだけ世話になった三人にそっくりなのである。
コドリの街で出会い、その近くの洞窟にて【黒曜石】集めを手伝った、そして、本来出会ってはいけない魔族四幹部の一人ラマトラーを、共に相手にしなければならなかったあの三人。
ガドラー、フッド、ナナリの三人である。
確かに、魔族ラマトラーとの戦いにおいても、三人とも実力やチームワークは決して悪くはなかった。あの時問題であったのは、戦う相手との酷すぎるレベル差であったと思えるし、あの洞窟のレベル帯では、ガドラー達がいる事も不自然なくらい三人とも強かったのだ。ここにいるスレモッジ砦の魔族グジフォンは、ラマトラーよりは確実に弱いボスで、彼らのレベルも上がっているとはいえ、強敵である魔族と正面切って戦える状態にまで仕上げて来ていることは事実であり、三人ともかなりの実力を身につけているのだといってもよい。
「ナナリ! 【クイックリィ】と【グロースアップ】をフッドに頼む!」
「はい!」
敵の猛攻に素早く対処する判断力を持つ前衛、指示通りによどみなく魔法を唱え次の攻撃や行動に備える後衛、パーティーの形としては最適であり、仲間内で信頼しあっている証拠でもある。惜しむらくは、三人パーティーという構成、前衛二人と後衛一人という形で、全体攻撃の多い魔族というボスモンスターに挑んでいるということであろうか。この構成では、誰か一人でも大ダメージを受けて戦線から抜けてしまうと、それをカバーできる人間がいなくなり一瞬でパーティーが瓦解してしまうことだ。特に魔族のようなボスモンスターにおいては、ゲームバランス的には六人での討伐を基準に設定してある場合が多い為、適正レベル帯での三人パーティーでの攻略はある種の縛りプレイに近い状態となり、攻略に至難を極める。
正直にいえば、この大扉を開け放ってお世話になった三人の加勢をしたいところではあるのだが、グジフォンとの現状の戦い方をみている限り、ガドラー達三人のほうが優勢のようにみえる。魔族を自分達の実力で押しているのにも関わらず、後から飛び出してきた変な奴に横取りされたなどと言われたくはない為、ここはもう少し様子をみることが適切かもしれない。三人で魔族を倒せるのであれば、それに越したことはあるまい。
「イヒヒヒヒ……人間種にしては、なかなかにやるじゃあないか」
グジフォンがその長い左腕を抑えながら薄ら笑いを浮かべている。確実にダメージは与えているようなのだが、グジフォンのその発言からは、まだかなりの余裕があるようにも見えた。
「そこそこ楽しませてもらったが、いい頃合だろう。つまらないお遊びも終わらせようじゃあないか。お前達がもがき苦しんで死ぬように、本気でやらせてもらおう!」
「負け惜しみを!」ガドラーが叫ぶ。
「イヒヒヒヒ……そういうセリフは生き残ってから言うべきだなぁ」
そういうとグジフォンは小さく閉じていた背中の羽根を広げ、丸められていた背を上へと高く伸ばす。両腕を大きく開き、今までよりも倍近く大きく巨大に、そして威圧的に見えた。そのポーズと同時に、グジフォンの口から白い煙のようなものが勢いよく噴き出し始め、ほんの数秒という短い時間で、室内が視界を奪うほどの濃霧に覆われてしまう。こちらからでは、ガドラー達三人の背中がうっすらみえる程度の視界の悪さである。
「くそっ。まさか逃げる気か!?」
「逃げる? 馬鹿なことを……」
霧が立ち込める室内では、グジフォンの声が響くのみでこちらからは何処にいるかはみえない。おそらく、ガドラー達にも何処にいるかみえてはいないのであろう。
「イヒヒヒヒ……これを狙っていたんですよォ!」
「キャアア!」
少しの静寂の後、グジフォンの声が響いた後に悲鳴が上がる。
「ナナリ!?」
少し薄くなった霧の隙間から、突然現れたグジフォンが、ナナリを横薙ぎに吹き飛ばす瞬間がはっきりと見えた。不意打ちに近い形で攻撃されたナナリは、衝撃で大きく吹き飛ばされ、石壁に叩きつけられたような鈍い音が響く。
「先ほどからちまちまと邪魔ばかりするお前が一番目障りだったのでなぁ!」
「ナナリ! 逃げろォ!」
後方にいたナナリが狙われた事で、ガドラーとフッドに動揺が走っているようだ。ナナリは【僧侶】であり後衛である。突然の不意打ち攻撃に対しては、【僧侶】という職業柄含めて脆いといってもよい。【僧侶】という回復役の喪失は、その後の戦いにおいて大きく不利となる状況だ。
「フッド! 奴を!」
「分かってる! くそっ! ここからじゃあ間に合わない!」
ここから見える範囲では、ナナリは石壁に叩きつけられた衝撃でぐったりとしており、意識があるようにはみえない。壁にもたれかかるように気を失っているようだ。まるで動きがない。
「ナナリ! 逃げろ! 駄目だ!」
「まずは一人、消してやるよォ!」
倒れているナナリに向かって、グジフォンがさらに襲い掛かろうとしている。
ガドラーとフッドはナナリの倒れている方向へ走り出しているようだが、とてもグジフォンに追い付ける距離ではなく、絶対に間に合わないであろう。
――どうする?
――飛び出すか?
ここからでは倒れているナナリの状態がはっきりとはわからない。
いや、しかし――迷っている場合ではない!
意を決し、大きく深呼吸をしてから、目の前の大扉を蹴り飛ばしてこじ開け、その勢いのままに室内へと走り出した。




