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 地響きのような咆哮が辺り一面に響き、凄まじい衝撃とともに目の前の外壁が破壊される。とっさに左腕の盾で体を守る体制を取り、後方へと飛び退く。


 外壁の破片とともに飛び出してきたのは、頭が牛のミノタウロスだ。その後方から、ぞろぞろとスケルトン兵が連なって現れる。スケルトン兵達がカタカタとが自身の歯や骨を打ち鳴らし、ミノタウロスもまたそれに答えるように咆哮する。現れたスケルトン兵五体のうち、槍兵が三体、弓兵が二体。ミノタウロスとグループを組んで相手を襲う、初手の奇襲に失敗していても慌てることなく戦闘態勢を立て直している、手練れた集団であろう。


 一戦交えるしかなさそうだ。右手に持っていた荷袋を床に下ろし、左脇の剣帯に装着している【バトルウォンド】を抜き、正面において斧を構えるミノタウロスと対峙する。ミノタウロスの後方に陣取るスケルトン兵達は、カタカタとまるで笑うように歯を打ち鳴らした後、こちらを取り囲むように動き出す。スケルトン兵達の骨の体を使った演奏は、早く戦えと言わんばかりに鳴り響いている。そして、それに合わせるようにミノタウロスの鼻息も荒い。


 先に動きをみせたのはミノタウロスだ。全身に気合を入れるかの如く咆哮を上げた後、斧を振り上げてこちらに向かってくる。【ちからの盾】を構え、盾の上から相手の動きをよく観察する。振り回す斧の軌道をみながら、体を大きく沈み込ませて大ぶりの一撃を回避する。ミノタウロスの斧は虚空をつかみ、振り抜いた腕の隙間からミノタウロスの顎がみえる。その顎めがけて右手の【バトルウォンド】を叩き込むために、沈んだ体を飛び上がるように捻り、右腕を振り上げる。


 ――ズガン!

 

 鈍い音とともに鮮血が飛び散り、少しの静寂の後、ミノタウロスの両腕が力なく床に向かってだらしなく垂れ、斧はその手から離れて床に音を立てて落下し、その巨体もまた力なく後ろに倒れる。頭は顎から完全に吹き飛んでおり、その様は【バトルウォンド】の攻撃力を示すには十二分であった。程なくして床に倒れた巨体はゴールドへと変化していく。


 先ほどまで騒いでいたスケルトン兵達全員が、骨を鳴らすのをやめる。彼らにとってはまさかの展開であろう。自分達のリーダーかつアタッカーが、一撃のもとに倒されたのだ。それも、たった一人にである。


 正面の槍兵二体が、焦ったように手に持った槍をこちらに向け、カタカタと音を鳴らしながら突撃してくる。槍の一本を左の盾ではじき、相手の行動をキャンセルさせる【シールドバッシュ】を発動させ、突き出されたもう一本の槍を回避する。回避すると同時に、右腕を横薙ぎに振り抜いて、二体のスケルトン兵の胴体を粉々にする。その威力に抗う術などなく、スケルトン兵二体の粉砕された体はゴールドへと変わる。後方に陣取った弓兵二体が矢をつがえこちらに放つ。矢は交互に放たれ、こちらに攻撃の隙を与えないように矢継ぎ早に放たれる。回避行動と盾で矢を防ぎながら、接近するタイミングを伺う。槍を持ったもう一体も同様に、こちらに仕掛けるタイミングを狙っているようだ。


 弓兵の一人の矢をつがえるタイミングが、一瞬遅れる。

 ――今だ。盾を前面に押し出しながら、距離を詰める為に飛び出す。と同時に、槍兵もこちらに攻撃をすべく突撃してくる。タイミングは同じだったか。突き出された槍を盾で凌ぎながら、すれ違い様に【バトルウォンド】を顔へと叩き込む。たった一発、押し込むような一撃だが、相手は体勢すら維持できずに無残にも吹き飛ぶ。


 弓兵がもたついていた攻撃を再開し始めたが、この距離まで詰めていれば問題ない。大きく跳躍し、一気に接近する。弓兵の矢が何本か飛んできたが、【マジックメイル】を傷つけることすらできず、カンという音とともに弾かれて落ちる。一体目を横薙ぎに払い仕留め、流れるように二体目を【バトルウォンド】を叩き下ろすようにぶつけて倒す。どちらも一撃だ。正確には、スケルトン兵に至っては軽く当てるようにしただけで無残にも吹き飛ぶ、だろうか。


 片づけたミノタウロスとスケルトン兵達のゴールドを集めて、床に置いておいた荷袋に詰めて持ち上げたところで、辺りを見回す。


 スレモッジ砦

 サブラーナ大草原に聳える砦であり、山岳都市クライスからは数日ほど東へ向かった場所にある。主にサブラーナ大草原の監視を目的に建てられた砦であり、この周辺に街や砦はない。外壁は外からの襲撃に備えるための砦である為に頑丈で、近くに街や砦もない為、このスレモッジ砦の中で生活ができるように多少の田畑や常駐する兵達の住居が点在している。砦というには少々大きな街のような環境が出来上がっている。とはいえ、ここはゲームの都合上魔族に支配されており、人々が住んでいたであろう痕跡はあるものの、モンスターの巣窟となっているダンジョンである。


 そしてこのスレモッジ砦、非常に面倒臭いダンジョンとして有名で、トラップやバックアタック、いわゆる奇襲攻撃を仕掛けてくるモンスターも多くおり、もっと面倒臭いことに敵がグループ単位で行動してくるという、稀にみる嫌われダンジョンであるのだ。


 そもそもこんな周りに何もないところの砦を占拠して、魔族とモンスターの皆さんはどうしようというのだろうか。田畑は手入れしている様子もないので荒れているし、食量の確保とかはしているのでしょうか。砦内は自分達で仕掛けたであろうトラップまみれなんですけども。時々モンスターがトラップに挟まっているのを見かけましたけども、なんでこんなの設置してんの……生活しにくくない?


 とはいえこのスレモッジ砦、ところどころの外壁は壊れており、既に発動されていたトラップがいくつも見受けられた。何時かは分からないが、開けられていた宝箱まである。魔族の侵攻から数年経っているのは聞いているのだが、宝箱まで開けられているのは不思議ではある。ゲームの時よりもモンスターが出てくる数も少ないように感じるし、そこかしこの外壁や床が崩れており、誰かが戦っていたような痕跡が数多くあるのだ。


 どうやら、この砦まで乗り込んでくるパーティがあったということだ。つい先ほどなのか、数か月前なのか、数年前なのかは分からないのだが、この面倒臭い砦に挑み、そこそこ生き残っているパーティがあったということである。どれほどの実力かは定かではないが、ここまでの道のりで朽ち果てた人間の死体や血痕などは見当たらなかった。逆に取り忘れたであろうモンスタードロップのゴールドや、解除されたトラップなどが多く散見されており、少なくとも修羅場は幾度も潜り抜けたパーティであることには間違いないだろう。モンスターの巣くうダンジョンを攻略できるパーティがいるということ、なんとも喜ばしいことである。願わくば、この先においても無事であってほしいところだ……





 ボスモンスター前の安息所である女神の泉まで、特に苦も無く進むことができた。……いや、時々宝箱前のトラップには引っかかっていたかもしれないが、ほぼ無傷で来れたことは事実である。


 このスレモッジ砦のモンスターでは、現状装備の実力を計り知ることはほとんどできなかったといってもよい。エンカウントモンスターは、ほぼ一撃である。ダンジョン内の都合上、レベルが少々低く設定されているとはいえ、性能や特殊能力を細かく調べる事ができなかった。【ちからの盾】の回復効果も相まって、微々たるダメージも時間経過で回復してしまう為、ダメージ計算もあまり参考にならない。魔法攻撃も【マジックメイル】のおかげか微々たるダメージの為すぐに回復してしまう。装備における予想以上のシナジー効果があり、喜ばしいことではあるのだが、魔神マガラツォに対して有効かどうか、まったく実感が沸かないのである。恐らくこの異世界、ゲームの時のように死んで教会などで復活……はできない世界であろう。話を伝え聞く限り、死者復活の呪文すら伝説のように語られているようで、この世界の冒険者には広まっていないのである。つまり、死んだらおしまい。現実と同じなのだ。


 女神の泉で体力を回復し、装備や道具の手入れをしておく。【マジックメイル】はとても動きやすく造られており、体に馴染むようにしっかりと直してくれていたようだ。これだけ動いても邪魔にならないのはなかなかにありがたく、エルフの素早さを犠牲にせずに戦える事に感謝している。



 ボスモンスターの大扉の前である。

 この砦の魔族はグジフォン。物理攻撃力、魔法攻撃、火炎攻撃など、多種多様な攻撃をしてくる魔族である。



 魔族『グジフォン』

 人間に近い風貌であったラマトラーや悪魔の容姿に似ていたアムデとは違い、グジフォンの姿形は猿によく似ている。長い尻尾を持ち、それでいて背中にはアムデ同様に蝙蝠のような羽根を持つ。性格は飄々としている部分があり、両手両足は人よりも長く細い。筋肉隆々としたアムデとは違い、細長い体格であるが、猿のように体を丸めている事が多い為、攻撃範囲や次の動きが読みにくい部分があるモンスターである。物理攻撃、魔法攻撃、口から放たれる火炎ブレスなど、攻撃バリエーションも数多くあり、また魔神マガラツォとよく似たパターンの攻撃方法もある為、予習も兼ねた対策を立てる為には是非とも戦っておきたいモンスターである。



 装備の性能を試すにはもってこいの魔族である。さすがに負けることはないと思うわけだが、装備の性能テストを行いたい。魔神マガラツォに挑む前の調整戦闘とでもいうかな。などと考えながら大扉に手をかけようとしたところ、中から激しい戦闘音が聞こえてくるではないか。


 

 なんと!

 すでに先客が戦っているのだ!

 まさか!

 魔族と戦うところまで来ているパーティがいるとは!


 

 モンスターの横取りはご法度。パーティに許可も出していないのに勝手に乱入してくるプレイヤーが、経験値やゴールド、アイテムなどを素知らぬ顔で貰っていくのはご法度である。MMOゲームの基本であり、これをやりまくると後ろ指を指されて、悪評を広められる行為である。



 少しウキウキしながらも、仕方がないのでしばらく大扉を開けた隙間から、この戦いの様子を覗き見ることとする――




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