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 防具屋の親父から【マジックメイル】の仕立て直しは明後日になる、という事らしいので、明後日まではクライスの街で時間を潰すことにした。さすがにグレイトロール狩りを行っていたキャンプポイントに今から戻るつもりもないので、この街で日用品やアイテム等をのんびり買い物でもしながら過ごすか。本当にしばらくぶりの休暇といったところだ。


 とはいえ今日はもう夕暮れ時、勝手に着させられたメイド服のままクライスの街中をうろつきまわるわけにもいかないので、早々と宿屋にチェックインをして、豪華な食事や銭湯等で今までの疲れを癒すことにする。


 健康で文化的な生活は豊かなゴールドから。豊かなゴールドは大量のグレイトロールを狩るという労働から。ゴールドとは、モンスター退治という社会貢献の対価である。ゴールドのありがたみを噛みしめる今日この頃である。


 白いベッドの上で眠るのは何日ぶりだろうか。ベッドの中でうとうとしながら、明日はのんびり街歩きでもしてみようか。屋台などが出ていれば、食べ歩きなどもできるだろうか等と考えていたら、いつの間にか深い微睡みの中にいた。



~~

~~~

~~~~

~~~~~



 窓から差し込む光で薄ぼんやりした意識がはっきりとしてくる。どうやら朝のようだ。もう少し眠っていたいと思いながらも、できれば山岳都市クライスを流れる、早朝の山の空気を、静かに味わってみるのも面白いかもしれないと思いながら、ゆっくりと体に力を入れてベッドから上体を起こした。何より、今日はお休みなのだから。



 目を開ければ、窓の外には既に赤く染まった太陽が建物の陰に隠れようとしており、窓の外の屋台は既に店じまいの準備をしているようだ。窓から見える範囲のお店では、外のランプに火を灯して、これから夜の闇に備えているように見受けられる人もおり、まるで一日の終わりを見ているような状態である。




 ……は?

 ……あれ?

 街歩きは?

 食べ歩きは?

 爽やかな朝の空気は?




~~

~~~



 さすがに次の日まで寝坊することはなかったが、昨日買いそびれたアイテムや日用品などを仕入れていた為、既に昼頃になっていた。若干遅れてしまったかもという思いから、足早に人々が行き交う通りを抜けて、中心部にある防具屋へと向かう。


「おっ。来たわね!」

 防具屋の扉を開ければ、店の左奥のカウンターに座っていた栗色の女性が声を上げて立ち上がった。右奥カウンターの防具屋の親父は腕組みをしたまま、顎をしゃくり、鎧はそっちにあるぞと示している。


「ほら。こっちこっち」

 女性店員の隣のカウンター上には、鎧、腕手甲、ブーツが並べられており、反射した鎧の鏡面には薄く蒼い色が輝く。言われるままに更衣室に入り、【マジックメイル】を装備し始める。


【マジックメイル】

 形状としては西洋甲冑のプレートメイルに似ているが、全体が光の当たり方によっては少し蒼色に輝いており、腕手甲、ブーツと一式で鎧として設定されている。鎧の区分としては軽装に分類されるが、【ぎんのむねあて】と比べれば高い防御力を持ち、特にそのエンチャントされた能力が重宝する。【マジックメイル】にエンチャントされた能力は、魔法攻撃を受けた場合のダメージを5%軽減するというもの。【魔導士】や【僧侶】が装備できる汎用性、そしてこの魔法攻撃軽減できる特性により、この時点での装備としては破格の性能である。


「ここをこうして……はい。このベルト持っててね。……よし!」

 鎧をつける際の手解きを受ける。以前の【ぎんのむねあて】よりも複雑な構造の為、身に着ける手順や鎧の構造を教えてもらいながら、胸部部分の取り付けや腕手甲を取り付けていく。


「鞄はどうするの? とりあえず言われた通りの構造にしておいたけれど」

 この【マジックメイル】には扱いやすいようにいくつか構造に変更願いを出しておいた。その一つが、アイテムを収納できる鞄を鎧の背面に取り付け可能であること。重要なのは、戦闘中にアイテムの取り出しや回避行動の際、アイテムをしまっておく鞄が邪魔になることだ。激しい戦闘になれば、確実に動きが制限されてしまう。鎧そのものにベルトで固定して、鞄が動き回るのを止める構造にしてもらっている。左肩から右脇腹にかけて固定するように取り付け、ちょうど肩掛けのショルダーバッグに近い。


「それじゃ、あとはこれね。よっと」

 彼女が掛け声を上げて持ち上げた、片手で取り上げたそれは円形状の平ぺったい金属板であり、いくつかの装飾された宝石が散らばっている。これはいわゆる【盾】だ。


【ちからの盾】

 中央に輝く青色の宝玉が埋め込まれ、そこを中心として金色十字の装飾が施されており、盾のベース色となる紺を引き立たせている。大きさは普通の盾より一回り小さく、どちらかといえばバックラーによく似た形状の小型の盾である。装備することによる防御力の上昇は当然として、この【ちからの盾】にもエンチャント能力が付与されており、一定時間経過毎に3%程度のHP自然回復が付く。【ウォンド】系武器の装備においてはこのような【盾】も装備可能であるので、今回の鎧を仕立て直す時に、左腕手甲にしっかりと取り付けられるように、鞄と同様、構造の変更をお願いしておいた。左腕を自由に使えるようにして、背面の鞄からアイテムを取り出しやすくしている。【盾】によって防御力も上がり、左手を塞がれずに動ける為、あらゆる状況に対応できるだろうと思う。極力利便性を妨げない装備構成である。


「これでよし。後は雨風除けのマントもね。これはこっちのサービスで新しいものに変えておいたわ。うん。見方によっては、なかなかに凛々しい騎士様にみえなくもないわね!」

「馬子にも衣装……とはこのことかもな」

 ぼそっと店主の親父が呟いたのを逃さなかった。聞こえているぞおい。


 さすがに無理矢理仕立て直してもらった部分がある為、全身を鎧でがっちりガード……とはならなかったが、出来については申し分ない。腕や足を動かしても動きづらさは感じないほどで、不自由な気はしない。いささか腰回りのスカート形状が気になるが……この世界はもしかしてあれなのかな。ゲームの時ですらなかったミニスカートでも流行ってるんですかね?


「いやーははは……。腰回りはその……仕立て直す際の弊害が諸々そこに出てしまったいうか……でもほら。動きやすくていいじゃない?」

「本当にすまねえとは思ってるぜ。これも経験だと思って娘に任せてみたんだが、やれ動きづらそうだの、可愛くないだのと、ひとしきり騒いで構造を変えてしまってな……ダメだってんならすぐに作り直すぜ?」

「いやいや駄目じゃないでしょ? 全然いけるでしょう? ねえ!?」

 人の肩をガシッと捕まえて前後に揺さぶってくる。め、面倒臭いのでこれでいいですっ!


「あと頼まれていたもうひとつ。【マジックヘルム】なんだけどさぁ……」

 

【マジックヘルム】

【マジックメイル】と同様にこちらも防御力を上げる他に、魔法攻撃のダメージを3%軽減できる優れた防具だ。【マジックメイル】と一緒に着用すれば8%もの魔法攻撃ダメージを軽減できる為、戦うボスやモンスターによっては、防御力を犠牲にしてでも装備するプレイヤーも少なくないほどで、鎧とセットで装備する事が広く一般的となっている。形状としては円筒状の鋼鉄製、額部分にいくつかの宝石のようなものが埋め込まれている。俗にいうバケツヘルムである。


「さすがにこれは私達でも仕立て直すのは無理だったわ……そもそもの頭のサイズが違いすぎるのよね……というかその……非常に言いにくいんだけど……あなたのその……エルフの長耳だとね……かぶれないと思うのよね?」

 ……現実は非情である。いや、この世界が現実なのか夢なのかすらはっきりしていないが、実際にこの兜をかぶろうとしてもかぶれない状況に追い込まれてみて度々分かる。エルフという種族の長耳が邪魔という事に。


「ま、まあそのリボンも素敵だと思うし……そうだ。この【ぎんの髪飾り】もおまけしちゃうから。……ほら。とっても似合ってるわ! だからその……真顔になるのはやめてね?」


【ぎんの髪飾り】

 特になんてことはない銀製の髪飾りであり、女性専用の頭部防具の一つ。髪飾り系の中では高い防御力があるのだが、特殊な魔法効果等は一切無い為、兜等を装備できない職業の者がとりあえず身に着けていることが多い。ストーリー的にもこの後に色々なエンチャント付加された装備が多く出回る為、防御力を上げる装備としては一時的に身に着けることが多い装備である。





「そっか。もう今日中にこの街を出ちゃうのね……もう少しゆっくりしていけばいいのに……」

 栗色の女性店員が少し悲しそうに呟く。防具屋の店の外にまで見送りに来てくれるのはありがたいのだが、返したはずのメイド服を、人の生活用品や寝具を入れる、鞄とは別の手持ちの麻袋に押し込もうとするのはいかがなものか。


「いらないってどうして!? 絶対必要になるわよ!?」

 ならんわ! 首を横に振りながら麻袋から取り出しておく。これ以上、余計な荷物は増やしたくない。


「エルフだからって我慢せず、もっとお肉を食べなきゃダメだからね? お肉がダメなら大豆を食べなさいね。あなた、少し体が細すぎるのが心配なのよね。栄養取らないと。あ、でも、いくら栄養不足だからってその辺に落ちているものを拾って食べたりしないようにね!」

 こっちの目を見て真剣に話をする栗色の女性店員。お前はお母さんか! 


「元気でねー! 風邪引かないようにしなさいよ! 夜は暖かくして寝なさいね!」

 大きく手を振り続ける女性店員に応えるように、手を振り返した後、街の入口へと歩きだす。



 【バトルウォンド】、【ちからの盾】、【マジックメイル】、【拳闘士の腕輪】

 この四つの装備は、今現在の段階において、俺が考えうる限り、対魔族、対魔神用の最適解に近いと思っている装備だ。これらを揃えておけば、苦戦はしても負けることはない、と踏んでいるのだが、実際の実力は未知数だ。現状この周辺のフィールドのモンスター程度ではその真価を図れない。



 次の目的地は、この装備の真価を試せるであろう場所、魔族がおり、モンスターも多く生息している、スレモッジ砦である。

  

 

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