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 モンスターのレアアイテムドロップ率0.1%。

 この言葉と数字に恐怖を抱かない者は幸せであっただろう。

 健やかにゲームを楽しんでいたであろうから。



 0.1%。レアアイテムをドロップする確率である。残りの99.9%は、レアではないモンスターの素材や薬草などの消耗品などがアイテムのドロップテーブルに割り当てられていることになる。単純な思考でいけば、モンスター千体を倒せば、一個は確実にレアアイテムを入手できるかなということである。


 しかし、そう簡単な話ではないことは、この手のゲームを慣れ親しんできたプレイヤーならばよくわかることだろう。モンスター千体程度を倒すなど、オンラインゲームでは日常茶判事である。そんな数では、『レア』アイテムなどドロップはしないのだ。


 レアアイテムのドロップ率とは別に、アイテムドロップの確率抽選が入る。モンスターのアイテムをドロップするかどうかの抽選があるのだ。この確率は、各モンスター毎に個別に何%でアイテムをドロップするかの設定がしてあり、この抽選に当たれば必ず何かしらのアイテムを落とすというもの。


 この抽選は、モンスターとのエンカウント、戦闘になった瞬間に、まずはアイテムを落とすかどうかを決める抽選が始まる。モンスターがアイテムを落とすかどうかは、この段階でプレイヤー側から確認することは不可能であり、最後まで逃げずに戦い、戦闘が終了するまで見極めることは不可能である。



欲しいレアアイテムを持つ、倒すべきモンスターのアイテムドロップ率は10%。そこからさらにレアアイテムを落とす確率は0.1%であるということ。モンスター一万体、レアアイテム入手の為の、長い戦いである。



 狙うべきモンスターの生息地は、山岳都市クライスから山を小一時間ほと北上したところにある、切り立った岩場がいくつもある山の中腹である。


 モンスター、グレイトロール。

 トロル族のモンスターであり、体は巨大な筋肉の塊のように大きく、人の身の丈の二倍ほど。手には大きな棍棒を持っており、筋肉にまかせた攻撃は重く、ダメージも大きい。動きは遅いが、頭は回るようで、時々自身の傷を癒すために回復アイテムを使ったり、状況がまずくなると逃げ出してしまうこともあるモンスターである。

 

 グレイトロール、ゲームの中盤以降のダンジョンにもよくみられるトロルの強化版であり、一人では簡単には倒せないモンスターなのだが、自身のMPの数値によって攻撃力を跳ね上げる【バトルウォンド】を用いて、頭部へのクリティカルダメージを狙っていけば、一発ないしは乱数でダメージが出なくても二、三発で仕留めきることができる。【バトルウォンド】には、強力なモンスターをも仕留るだけの大きな補正が攻撃力に掛かる。


 森を抜けた先に岩場が広がる場所、この辺りにポップするグレイトロールを効率よく倒せるように、討伐ルートの作成、休憩や睡眠をとる為のキャンプポイントの設置などを行う。この戦いはどう考えても長期戦となる。数でいけば、およそ一万体程のグレイトロールを倒さなければならないことになるはずだ。一日に倒せる数は、ゲーム時代を思い返しても、二百から三百ほど。


 入念に準備して備える必要がある。ゲームでは、一日中モンスターを狩り続けても疲れることなどほとんど……まあ多少はあるのだが、この異世界ではそうはいかない。食事、運動、休憩、睡眠。寝て起きてマウスをカチカチするだけでは生き残れない、そんな現実が、ここにはある。



――グレイトロール狩りを初めて3日目――


 

 なかなかに楽しいじゃないか!

 そうそう!

 これだよこれなんだよ!

 オンラインゲームは、こうやって、狙ったモンスターとかを延々倒してレベルやゴールド、そしてレアアイテムを集めていくものだよね!

 何より【バトルウォンド】を振り回すだけで、モンスターの頭が簡単に弾け飛んでいくのが、いいようもなく無性に楽しい。今まではモンスターを倒すのにも、とんでもない苦労ばかりだったけども、本来のステータスとレベルならば、これくらいできて当然なんだよな!

 

 装備を整えていけば、これからも苦労せずに魔族だろうが魔神だろうが倒せる気がしてきた。ちょっと希望が湧いてきたぞ。こんなに簡単にモンスターを倒せて、ゴールドも手に入って、この異世界も意外と悪くないんじゃないか?


 やっぱりゲームってのは、最高だ!



――グレイトロール狩りを初めて十日目――



 ……飽きた。

 最初の数日は、昔のゲーム時代の楽しさを思い出したりして、ニコニコしながらグレイトロールを狩っていたのだが、さすがに同じモンスターの頭ばかりかち割り続けていると飽きてくる。

 十日も同じことを続けていれば、出てくるモンスターのポップタイミングや討伐ルートの最適化、日没までに大体何体狩れるかなどのあたりをつけることができてくる。一日に狩る数は三百は優に超えるようになってきた。既に三千体近くは倒してきたつもりなのだが、レアアイテムは出る様子もなく、ゴールドとモンスターの素材が貯まるばかりである。


 曲がりなりにもこのBCOをレベルカンストするほどまでプレイをしてきた俺だ。この程度で欲しい物が出るなどとは思ってもいないのだが、モチベーションの低下は免れない。


 そしてさらに、レアアイテムが出ないことともう一つ、やる気が下がってきた原因がある。


 大量のゴールドである。モンスターを倒した時に出るゴールド。本来ならば、大量のゴールドは非常に喜ばしいものだし、今まで食うに困る程の貧乏だったのだから、ありがたいのだが……


 多すぎて重すぎて持ち運べないのである。

 インベントリ機能のない状況において、大量のゴールドは非常にかさばって重い。鞄に詰め込めるだけ詰め込んでも、十日分も狩り続けたゴールドはキャンプポイントに貯まり続けている。ちょくちょくクライスに戻って食料品などの買い出しには使っているが、これだけの量、街まで一度に運ぶのは不可能である。かといって放置しておくのもおかしいし、キャンプポイントに延々と増えていく。ゴールドを拾わないでおけばよいのではといわれそうだが、それができる精神状態ならこんなに苦労はしないんだよ!



――グレイトロール狩りを初めて十九日目――



 ……出ない。

 出ない。

 出ない。

 出ない。

 出ない。

 出ない。

 出ない。


 なぜ出ない。もうそろそろ出てもいい頃合なんじゃないのか。貯まるゴールド。出ないレアアイテム。もしかしたら倒すモンスターが間違っているのではないか?


 いやそんなことはない。何度も狩ったことのあるモンスターだ。


 ……いや、もし俺がゲームを休止している間にアイテムテーブルが変更になったりしていたら?

 ……そ……そんなはずはない……確かめる為にはもっと……もっと倒さないと……



――グレイトロール狩りを初めて二十五日目――


  

 ……モンスターの頭をかち割ってドロップを確認……


 ……出ない。


 ……モンスターの頭をかち割ってドロップを確認……


 ……出ない。


 ……モンスターの頭をかち割ってドロップを確認……


 ……でない。


 ……モンスターの……



――グレイトロール狩りを初めて二十八日目――



 ……うん!?

 ……これは!?

 

 いやったああああ!!

 ついに出たぁぁぁ!!


 写真撮らなきゃ! スクリーンショット! スクショ!

 

 ああしまった!

 ここは異世界であってゲームの世界じゃない!

 長い苦しみを乗り越えたこの瞬間の感動を、スクショにとって記録できないなんて!

 

 ……くそっ!

 やっぱり異世界って最悪だ!



【拳闘士の腕輪】

 伝説の拳闘士が装備していたとされる腕輪。この腕輪の基本的な能力は、装備をすることで若干防御力を上がる程度だ。しかし、この腕輪にはキャラクターのステータスに関する特殊能力が付与されている。この腕輪を装備している場合、武器種【素手】時のパッシブスキルによって与えられる能力アップを、他の武器種にも与えることができるのだ。武器種【素手】のスキルポイントを攻撃力アップや素早さアップに割り振っていた場合、腕輪を装備していれば、割り振ったスキルポイント分に比例するポイントを、装備者のステータスにプラスできる。


 これが、この腕輪がレアアイテムとして設定され、ドロップ率が低い理由である。これは、本来の種族ステータス値の限界値や職業による限界値を超えて反映される為、レベル上限に達し、ステータスに伸びしろがないプレイヤーが、限界値を超えたさらなる能力アップを目指す場合に、装備の腕輪枠を犠牲にして攻撃力と素早さを上げるという装備である。もちろん、ステータスの限界値を超えるアイテムや道具は他にもあるのだが、それらを入手するには、死に覚え前提の高難度ダンジョンや、裏ボス的なモンスターを何度も倒す必要が出てくる為、能力値が限界まで達している伸びしろの無い『セルビィ』にとっては、現状この腕輪くらいしかステータス上昇が望めるアイテムがないのである。


【拳闘士の腕輪】を入手するのに約一ヶ月。魔神マガラツォという強敵に挑む為、できるだけ万全の態勢で望みたいという思いから、少し時間を掛けてしまった。

 しかし、頭打ちのステータスは少しでも上げておきたい。【バトルウォンド】は確かに素晴らしい攻撃力、ダメージを出してくれるが、それは単純な攻撃力のみの話である。武器種【ウォンド】のスキル枠には、魔力の強化やMPの増強などがほとんどで、打撃による攻撃系のスキルはない。スキルを使用した攻撃ができないということであり、通常攻撃のみでの攻撃しかできないということだ。


 高い攻撃力を得る為には、攻撃系のスキルが犠牲になってしまう。スキルを取るか、攻撃力を取るか。しかし、もうひとつ【ウォンド】の利点として、左手に【小盾】を装備できる利点がある。【小盾】には、攻撃を防ぐスキルや若干の防御力アップを上げるスキルもあり、これらを駆使すれば、戦いにおける生存率も上がる事だろう。


 右手に【ウォンド】、左手に【小盾】、能力の限界値を【剣闘士の腕輪】で底上げする。この装備構成こそ、対魔神マガラツォにむけた、現状の最適装備ではないだろうか。




~~

~~~


 腕輪を手に入れた俺は、自分が持ち歩けるだけのゴールドを持ち、山岳都市クライスへと戻ってきた。武器に関しては、所持しているもので申し分のないのだが、防具に至っては、対マガラツォ戦を考えた場合には、まるで要件を満たしていない。特に今着ている【ぎんのむねあて】では、今後出てくるモンスターの跳ね上がった攻撃力に耐えることはできないので、新しい防具を購入しておきたいし、防御面を補える【小盾】も入手しておきたい。


 クライスの街の中心部にある、以前【バトルウォンド】を購入した武器屋の隣にある防具屋へとやってきた。隣の武器屋よりは大きい造りで、入口扉には『開店』とBCO文字で書かれた看板が垂れ下がっている。


「いらっしゃい」

 扉を開けて中に入れば、不愛想な店主の親父がこちらを伺いながら声を上げた。

 防具屋の中は二つの区分に分かれているようで、右側が盾や鎧、兜など重装防具が並んでいる。対して左側には、ローブや軽装の服、靴やアクセサリーなどが並んでいる。雰囲気的には古式溢れる昔懐かしい感じの防具屋は右で、最近のアパレルショップに近いのが左だろうか。どちらとも奥にカウンターがあり、右側のカウンターには先ほど声を上げた店主であろう、ところどころ白髪の生えた茶色髪の男が、左側のカウンターには、栗色のボサボサ髪を後ろで束ねた女性が座っていた。


 欲しい防具は【マジックメイル】。職業を選ばずに装備できる鎧であり、ローブや神官服などといった布系装備の多い【魔導士】や【僧侶】が着ることのできる鎧装備だ。【魔導士】なのだからローブや軽装のほうが良いのではないかという疑問もあるだろうが、はっきりいってしまえば、最前線で戦う必要があるのに豪華な装飾のついたローブなんか着ていられない。重要なのは身を守るための鎧の安心感であって、ローブにどれだけ高い防御力が設定してあったとしても、ガチガチに守られている感じのする、鎧装備を身に着けるほうがよいのだ。

 今までの戦い、すべて物理攻撃を喰らって死にかけているので、鎧で全身を守りたいというのは、まったくもって自然的な発想であろう!


 俺が【マジックメイル】を探そうと、鎧の陳列されている場所に行こうとすると、はぁという溜息が聞こえた。

「おいおい嬢ちゃんよ。あんたはこっち側じゃなくてあっちの店だろう?」

 店主の親父が、俺を一瞥すると、親指であっちへいけとばかりに、ローブや軽装服の置いてある、中央から分かたれた華やかな場所を指し示す。


「ああん!?」

 カウンターで座っていた女性が声を上げる。


「クソ親父! お客さんに向かってなんだよその態度! はぁ嫌だねぇ態度だけデカくなった老害ジジイはこれだから! ごめんねお客さん。礼儀のなっていない奴が店主で……」

「おい! 親に向かってなんだその態度は!?」

 どうやらこの二人は親子のようだ。意見の相違から店を分けることにしたのだろうか。それにしても、同店内でここまで雰囲気を分ける内装にするかね普通。


「で、お客さん。何が欲しいんだい?」

 まだ騒いでいる店主の親父を無視するように、栗色の髪の女性が声を掛けてくれる。鞄からペンとインク、羊皮紙を取り出し、【マジックメイル】といそいそと書いてみせる。


「え? ローブや神官服とかじゃなくて? マジックメイル?」

 栗色の女性が少し驚いたような表情を見せる。


「お客さん【魔導士】か【僧侶】だろ? どう見ても【ファイター】や【ナイト】って柄じゃないし、そんな鎧を着込むより、こっちの動きやすいローブとかのほうがよさそうだと思うんだけど……」

「あぁ。それに悪いが、うちにあるマジックメイルは男物でな。嬢ちゃんに合うようなサイズがないと思うぜ」


 どいつもこいつもサイズサイズサイズ!

 ゲームでは誰だって着回しできただろうに!

 サイズが合わなくても上半身を鎧で守れれば、もうそれでよい!

 それでもほしいと紙に書いて突き出して見せる。


「鎧はそんなんじゃ駄目だよ! ちゃんと採寸してあわせないと! で、どう? 親父できそうなの?」

「マジックメイルはエンチャント防具だ。合わせるにしても金は掛かるし、すぐに加工することはできねぇ。少し時間をくれるならできるが、どうだ?」

 やってくれという意味を込めて、持ってきたゴールドの袋をカウンターに乗せると同時に、首を縦に振る。


「おいおいこいつは! ……分かった。じゃあちょっと着てるもんを脱ぎな」

「お、おいクソ親父! ついに色ボケたか!?」

「バカタレ! 採寸しなきゃマジックメイルを嬢ちゃんのサイズに合わせられないだろうが! 手っ取り早く採寸するのは、今着ている装備に合わせて作る方法が一番なんだよ!」

「びっくりさせないでよまったく。それなら、女性用の更衣室がこっちにあるから、ほら、お客さん。こっちで着替えな。採寸してる間の服は、こっちで用意するから。お客さんくらいのサイズの服が、いくつかあったはずだから」

 そうか。【ぎんのむねあて】もここで引き取ってもらうのがよさそうだな。……サイズが特殊なものをものを買い取ってくれるのかが謎だけども……



 採寸含めて時間がかかるということだったので、栗色の髪の女性に、着せ替え人形のごとく遊ばれていたところ、静かに【ぎんのむねあて】を調べていた店主の親父が、ついに口を開いた。


「……おい。この【ぎんのむねあて】だがよ。本当にお嬢ちゃん……あんたが身に着けていたものかい? 誰かから譲り受けた装備とかではなく?」

「何言ってんのよ。今着ていたものなんだから、そうでしょうに」

 

「……いや、綺麗に使っているようだけども、鎧の傷跡や細部に染み付いているモンスターの返り血の数……歴戦の猛者でもこうはならないぜ……むねあてにこれだけの傷があるってことは、それだけ攻撃を受けてきたってことだ。特にこの打痕部分、体にはとんでもない衝撃だったと思うんだが……」

「……何ぶつぶつ言ってるのよ。さあ。こっちの採寸はとっくに終わってるわよ。それで、鎧の方の加工はできるの? できないの?」

「鎧の加工が終わるのは一日……いや二日待ってくれ。エンチャント防具だからな。ほとんど修理に近いんで時間がかかるんだ。だが、必ずいいものをつくらせてもらう」

「親父がそんなにやる気を出すなんて珍しい事だわ。やっぱり、エルフの女性に鎧を仕立てるのは少し特別なのかしら?」

「珍しいっちゃ珍しいが、それだけじゃねえのさ。こっちにも色々とあるんだよ」

「ごめんなさいね。そういうことだから、完成まであと二日待っててもらえる?」

 

 装備の新調には、以前も待たされた。それほどまでに、この異世界では鎧を着込んで戦うような女性は少ないということだろうか。


「おい。お前も手伝え。少し手間がかかるんだ!」

「はいはい」

 渋々と返事をしながら、俺の腰の後ろにあるリボンをキュッと締め、出来上がりとばかりに両肩をポンと叩いた。その後に、横顔を近づけて、店主の親父に聞こえないようなひそひそ声で話を続ける。


「明後日には出来上がると思うわ。親父があんなにやる気を出したのは久しぶり。私も頑張らなくちゃ!」

 その声は、少し弾んでいた。



「それじゃ、また明後日ね!」

 背を押され、店の前まで出される。防具屋の扉の前に吊るされている『開店』と書かれた看板が、ひっくり返されて『閉店』へと変わる。扉は締められて、カチッと鍵がかけられたような音が聞こえた。


 気合を入れて取り組んでくれるのはいいことだ。今後の戦いにおいて、それぐらい丹精込めて加工して貰った鎧のほうが安心できるというもの。

 まあそれはいいんだが、さっき着させられたメイド服のまま外に放り出すのは、やめてほしかったなぁ……




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