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 食事を終えて、宿屋のベッドの縁へと座り、持ち物の整理をしながら、今後の事を考える。


 手に持った【コンポジットボウ】をふと見る。

 売るか。この弓を。



 今手元にある【コンポジットボウ】は、中距離や遠距離、空を飛ぶ相手には非常に有利な武器ではあるのだが、前衛で戦うには、まったくもって向いていない。それこそ、ロブストサイクロプスを倒した時のように、数人で役割分担のできるパーティーの場合は別だが、一人で戦う状況においては、余り利点を生かせていない。


 そう。狙われるのは常に俺なのである。そうであれば、自身へ迫り来る攻撃を少しでも抑え、素早く攻撃を与えて相手を倒したほうが良い。


 明日の予定としては【コンボジットボウ】等、余計な物を売って、手持ちのゴールドを何とか増やし、この辺りのモンスターにも簡単に対処できる防具や武器を購入しておきたいのだ。今日のロブストサイクロプスとの戦い、四人の支援で何とか切り抜けたが、受けたダメージが予想以上であった事と、単純に、動き回る際に、持っていた弓と矢筒が邪魔なのである。


 先ほどの食事代、近日中にきちんと返済する事を念押ししてゴールドを借りた。事情を説明した後、酒の入っているトルキンとオグニルには大笑いされたが、この程度の恥を忍んでいては、苦難に満ちた異世界生活は送れない。時にはゴールドがないことを素直に説明し、お金を借りられるのであれば借りておいて、その後の活動を円満に行う必要があるのだ。


 ……アッシュは顔の筋肉をピクピクと動かしながら笑いを堪えているのが分かったし、リューンに至っては一切笑いもせず、まるで憐れむような表情でこちらを見ていたのが印象的であった。


 ……今この四人に笑われても、最後に魔神マガラツォを討伐し、元の世界に戻ることができれば、特に問題はないのだ。今は耐えるしかない。



 このような状況から、明日からは、借金返済の為に大量のゴールド集めを行う必要がある。夕食分のゴールドであれば、一日程モンスターを倒しまくれば返済できる金額であろうが、その後の生活費もかかってくる。なあに。ゴールドはモンスターを大量に倒せばおのずと集まる。このクライスの周辺に生息しているモンスターは、一体一体が持っているゴールドの金額は大きい為、それほど苦ではない……はずなのだ。



 明日の為の身支度をしていると、コンコンと、部屋の扉を叩く音が響いた。


「あの……セルビィさん。少しよろしいですか?」


 どうやら、先ほど食堂で別れたエルフの女性、リューンのようだ。

 ベッドから立ち上がり、何事かと扉を開けて話を聞く。


「この宿屋には銭湯があるみたいなので、よかったらでいいんですけど、一緒に行きませんか、というお誘いなのですけれど……」


 ……ん?

 宿屋で戦闘?

 イベント戦闘的な事か?

 いまいち理解できないが……


「もちろんお金は私が出しますよ。えっとその……よかったら……でいいんですけど……」


 ……

 …………

 ………………はっ!?


『銭湯』、つまりお風呂の事か!?


 なんと! 女性からお風呂に一緒に行きませんかと誘われる事があるとは!

 これはつまり!

 実質混浴!

 相手は銀髪碧眼のエルフの女性である。

 この誘いに乗らない男がいるのであろうか。


 男はね。程々にスケベ。まあ今は女なんだけど。


 断る理由もないだろう。

 ヴァルエリムの街にあった『銭湯』以来、風呂には久々に入る事になる。この街にも『銭湯』があるのは知っていたが、宿屋代のゴールドすら無理をして工面している手前、諦めていたところだ。


 大きく首を縦に振り、一緒に行くことを伝える。


「よかった……断られたらどうしようかと。色々とお話してみたいこともありますし……それでは、外で待っていますね」

 リューンは少しほっとしたような表情をした後に扉を締めた。彼女は、でっち上げた同郷の者という話を信じているかもしれないので、もしかしたら、少し気を使わせているのかもしれない。


 『銭湯』に必要な荷物をまとめて、部屋の扉を意気揚々と開けた。





 この宿屋の『銭湯』は、ラムドラの街にあった『銭湯』よりも少し小さい造りのようだ。以前と同様に、脱衣所や入口は日本の銭湯のそれであり、異世界上にある設備にしては違和感の塊のような場所である。異世界人も特に違和感を持たず利用しているようで、そのあたりのことはどう割り切っているのかよくわからない。謎である。


 脱衣所において、着ている服をポイポイと用意された籠に入れ、タオルを取り出す。取り出したタオルを左肩に叩きつけるように掛け、準備万端と言わんばかりにノシノシと歩く。久々の風呂である。ここ数日は追われる者の心理的なものか、なかなかに心休める時がなかったように思う。風呂にでも入って気持ちをサッパリ切り替えたいところだ。


「セルビィさん。ちょっと待っててくださいね」


 おっと!

 今日は一人ではなかった。声の聞こえた後ろへと振り向くと、胸に白いタオルを窮屈そうに巻き直すような動きをしている、リューンが立っていた。風呂に入れることに浮かれて、後ろにいるリューンの事を忘れていたようだ。彼女はどうやら着やせするタイプのようで、胸の大きさは自分のキャラクターであるセルビィとは比べ物にならない。


「もう大丈夫です。さあ。一緒に入りましょうか」

 銀髪の女性は少しはにかんでこちらをみた。しかし、はにかんだ表情が一瞬で凍り付いたかのように強張る。

 

 ……ん? なんだ?


「……セルビィさん……それは……」

 彼女はとても辛そうな、悲しそうな表情をした後、目に涙を浮かべながらこちらの身体を掴むと、その胸へと俺を抱き抱えた。一瞬の事で、何が起きたのか理解できない。


「……めんね……ごめんね……」


 彼女の胸に顔をうずめるような形になってしまい、嬉しいやら恥ずかしいやらなのだが、正直、彼女がどうして突然泣き出したのかが、さっぱり分からないのだ。先ほどまではいたって普通であった彼女が、どうしてしまったのか。


「……ごめんね……暫くはこうさせて……」


 ギュッと彼女の腕に力が掛かる。こちらは少し息苦しいが、この行動の原因がさっぱり分からん。先ほどこちらを見た途端に泣き出すような状況とは……


 ……顔に何か変なものでもついてたか?

 もしくは胸?

 体格的な?

 いやいや、そりゃ彼女に比べれば見劣りするかもしれないが、要はバランスが大事なわけで……



 そこまで考えて、一番悪い想像をしてしまう。現状考えうる、まったく持って最悪の思考。

 


 なぜ彼女が泣いてしまったのか。もしかしたら、彼女の記憶の中の、何かしらのトラウマを引き起こしたのかもしれないが、『銭湯』という特殊な環境において、突然泣き出すほどのトラウマがあるだろうか。


 異世界の住人が、泣くほどの衝撃を受ける可能性がある事案。

 俺の今までの経験及び浅知識において、考えられる可能性が一つある。


 彼女は、恐らくセルビィの全身を見て気づいたのだ。

 今まで、鎧や衣服を身に着けていたので分かりづらかったのだろう。 



 ここはゲームの世界に近い。



 考えたくはないが、それは、キャラクターメイキング時と、ゲームプレイ画面において、光源や影のでき方によってキャラクターの顔や体形に違和感が発生したりするような現象。それをそのまま引き継いでいるとしたら……!

 

 もしくは、キャラクターメイキング時に時間をかけすぎて、ゲーム内で実際に動かしてみると、周りのゲームグラフィックやNPCとの間に、凄まじい違和感が生じてしまうような現象が起きているとしたら……!



 例えば身長をいじってみたら、周りと比べてびっくりするくらいに高身長または低身長になりすぎていたり、顔の調整をしている時に目が大きくなりすぎて宇宙人みたいな頭部になってしまったり、妙に腕を長くしたり体を細くしすぎたりして人体の基本的な構造をガン無視していたり等。このようなことを繰り返し、最終的に出来上がったキャラクターが、正に、ゲーム世界において、特殊な造形のキャラクターとして誕生してしまった場合である!


 もしも、もしもそんなキャラクターが、異世界に転移して、普通の生活をしている人々の目の前に現れた場合、その住人達は、そのキャラクターを見て一体何を思うのか。


 泣くほど不憫な造形の人物が、目の前に立っていたとしたら? 

 周りの皆と比べて、妙に短足だったり、手足が長かったり、顔がでかかったりなんてしたら……


 目の前が一瞬クラッとなる。


 あ……ありえない……お、俺は、確かに素晴らしいキャラクターをこの手で作り上げたはずだ。キャラクターメイキング画面において、何時間も頭をひねって『セルビィ』を作り上げたはずだ。


 そ、そんなはずはない……このゲームの世界に落とし込めていなかったっていうのか……この異世界では俺そのものが違和感の塊だったっていうのか……


 た、確かに防具屋のお姉さんやおばちゃんが、俺を見る目は何か可哀そうなものでも見る感じだったけども……いやいやそんなはずは……


「あっ!……ごめんなさい。お風呂でしたね。私が泣いてもしょうがないのに……なんだか恥ずかしい所を見せてしまいました……さあ、行きましょう!」


 リューンは胸元から俺を引き剥がすと、その目尻に浮かぶ涙をぬぐった後に、俺の手を取って『銭湯』の入口へ足早に連れて行こうとする。

 

 ……いや、もう『銭湯』とか胸の感触とかほんとどうでもいい……

 マジなの?……だって金髪のエルフ美少女を精魂込めてさ……体型とかも凝りに凝ってさ……可愛い子ができたって……も、もう一度キャラクターメイキング画面で再調整したい……一体何がおかしいっていうんだ……


「……セルビィさん? なんだか顔色があまりよくないみたいですけど……」


 ……はっ!

 キャラクターメイキングをやり直す方法があるじゃないか!

 思い出したぞ!

 ゲームのボスモンスター、魔神マガラツォを討伐した後には、とりあえずのクリア特典として解放される、キャラクターメイキングができるようになる機能があった!

 

 そうだ! マガラツォを倒せば何度でもキャラメイクし放題じゃないか!


 忘れていた! とても大事な事を! 失ってはならない情熱を!

 こんなところで風呂に入ってくすぶってる場合じゃない!

 早く奴を倒さないと!

 

 絶対に倒してやるからな魔神マガラツォ!!

 必ず倒してこの世界に平和を取り戻してみせる!! 




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