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「姉ちゃん! こっちにも酒と干し肉、人数分追加頼むわー!」

「はーい!」


 山岳都市クライスにある大きな食堂において、【盗賊】風の男、トルキンが店員の女性に声を掛ける。


 ロブストサイクロプス討伐後、奴の落としたゴールドの回収を涙を呑んで断念し、一緒に討伐した四人組から逃げるように姿をくらましたのだが、夕刻頃にクライスの街へ戻ろうとした時に、街の入口において、この四人とばったり出会ってしまった。そして、そのまま現在の状況を作り出してしまった。


 ……非常にまずい。背中からは変な汗が出ている。

 額にもうっすらと脂汗が滲んでいるのが分かる……


 目の前には大きな丸形のテーブルに、久方ぶりである豪華な料理が並んでいるのだが、今はあまり食べる気が起きない。その理由の一つが、目の前のテーブルとその上に並んでいる料理を間に挟んで、椅子に腰かけている四人組の事である。視線が辛い。


「トルキン。お前が一番彼女を警戒しておったのであろうが」

 ドワーフの男、オグニルが、料理に手を出しているトルキンに目を向ける。


「ああ? おいおい。全員無事で戻って来れたんだぜ? モンスター共に囲まれてる状況なら、どんな野郎でも警戒するってもんだが、こんな場所でその女を疑うっていうのは、酒が飲める大事な時間を無駄するってもんだ。意味がないぜ」


「やれやれ」

 オグニルは頭を振り、トルキンに向けていた目線をもう一度こちらに向ける。その眼光は、まるで警戒を解いていないように鋭く感じる。


「あの、セルビィ……さんで……いいのよね?」

 銀髪のエルフの女性、リューンが困ったようにこちらに声を掛ける。それに応えるように小さく頷く。トルキン以外の三人の目は、いずれも警戒を解いていないようにも見える。


「セルビィ殿の弓は見事であった。あのモンスターを仕留める際に放った一矢は、相手の急所を確実に貫いておった。……だがしかし、急所とはいえあのモンスターの強靭な皮膚を突き破るほどの威力、こう言っては申し訳ないが、とてもエルフの細腕でできるとは思えんのだ。セルビィ殿、そなたは一体何者なのか?」

 オグニルの鋭い目は、こちらを射抜くように向けられる。


「オグニル。まあ落ち着け」

「アッシュ殿。我ら屈強たるドワーフ族の者が、エルフに力で劣る事はあってはならんのです。彼女の力、それは本来のエルフの力ではないのではないかと。魔法を中心とするエルフの森で培ったものではないとワシは考えておる」


「……リューンはどう思うんだ?」

「……彼女が教えてくれた説明通りならば、声の出ない……つまり魔法の使えないエルフには、魔法を中心とするエルフの森での生活は厳しく、捨て子として何処かに預けられた可能性もあるかもしれません。ですが、私の故郷であるエフィンの里の者がそのようなことを容認しているとも思えませんし……」

 

 そう。下手をこいたのである。故郷は何処か? と聞かれたので、キャラクターメイキング時に設定できる出身地、記憶の片隅に残っていた設定をそのまま書いて教えてしまったのだ。そして、そのエフィンの里出身者、同郷の者が、偶然にも目の前にいるリューンであった。


「まあ、私も里のすべてのエルフと知り合いというわけでもありませんし、私が里を発ったのはもう五十年も前の話です。里の者とは時々連絡を取っていますが、この五十年の間に何かあったのだとしたら、セルビィさんのような境遇の方が出てきていてもおかしくはないのですが……」


「本人がそう説明してるんだろう? 俺達じゃ問い詰めたところで確認しようがないだろうに。まあ、俺は彼女の言う通りのただの野良エルフだと思うがね」

 干し肉を齧り、樽のジョッキに注がれた酒を飲み干したと同時に、トルキンが喋る。


「こんな間抜けなエルフは初めてみたからな。格好を見りゃ大体わかるだろ。ボロボロのローブやら無駄に傷んだ武器や道具。金を持ってなさそうな貧相なツラ。最初は魔族の手先かと思っていたけどよ。あのデカブツに気づかずに吹っ飛ばされる様や、逃げ出したかと思えば何の警戒もなく街の入口に現れる間抜けっぷりを見りゃあ違うとわかる。おそらく、モンスター討伐した時に落ちるゴールド目当てに、街の外に出たんだろうぜ。まあ、弓の威力に関しちゃ確かに疑問が残るが、そいつは博識で魔法が得意なドワーフが現存しているっていう時点で、存在自体が摩訶不思議でも何でもないわな」


「しかしのう……」

「オグニル」

「うむ……」


「いや。すまない。君の過去を詮索したいわけではないんだ。皆、あれだけのモンスターを相手にまったく怯まない君に少し興味があるだけなんだ。このパーティのリーダーとして、改めて助けてくれたお礼を言わせてもらう。どうもありがとう」

 茶褐色の鎧を着込んだ青年、リーダーであるアッシュが頭を下げた。


「さあ。料理が冷めないうちに食べよう。トルキンばかりに取られるのは癪だからな」

 アッシュが料理を食べようと他の二人に促す。トルキンはさらに酒を注文している。



 確かに。食べたい。料理は。

 だが、それ以前に、どうにかして切り抜けねばならない事がある。


「……どうかしましたか? セルビィさん。食事も取っていないようですし、顔色が余りよくないようですが……」

「むっ! いけませんな! 規則正しく食事を取れるかどうかは、健全な状態を示すパラメータの一つですぞ!」


「まさかモンスターに吹き飛ばされた箇所がまだ痛むのですか!? 大変! もう一度治療を!」

「いやいや。肉料理が苦手なだけかもしれないぜ。なんせ森の妖精エルフさんだからな。ここの具沢山野菜スープもそこそこいけるからな。おーい! 姉ちゃん! 野菜スープも人数分追加なー!」


 おいやめろ!

 俺が食事に手を付けていないのは、そんな理由ではない。

 この四人組は、料理を頼む前に、とても恐ろしい事を決めたからだ!

 グループで食事をする場合において、貧乏人にはとても信じられない決め事である。


「もしかしたら、酒が足りないか? 意外と飲める口なのかもしれんな! ガハハ!」

 少し酒が入ったのか、オグニルが大声を出して笑う。


 違う。そんな小さなことではない。




 割り勘。

 割り勘である。


 割り勘とは、費用を各自が均等に分担することとして認識している。この異世界でも、食事の料金を皆で分担しよう、という意味で使っているだろう。つまりそういうことである。



 そう。

 人を食堂に連れ込んでおいて、さらに大量の料理を注文しておいて、割り勘である。この、金を持ってなさそうな貧相なツラのエルフを捕まえて、割り勘にするというのだ! 食い詰めてモンスター討伐をしながら、ゴールド集めをしている俺に対して、割り勘でいこうと!


 当然であるが、五人で分担するとしても、これだけの料理の料金分のゴールドなど持ち合わせていないのだ。あったとしても、今日の宿屋代の為に集めたゴールドであって、こんなところで使って良いゴールドではない。というより、ロブストサイクロプスを倒した時のゴールドは俺も貰う権利があるのではないか? そこから出しておいてくれてもいいのではないか? などと考えていても、口に出して言える程傲慢でもない。ここは穏便に処理したいのだ。余計な諍いは避けたいと思うのが、人間の心情である。

 

 ふう……と少し溜息をつく。

 プライドなどは捨てなければならない。

 仕方がないことだ。異世界に来てからというもの、そんなものは最初から粉みじんに吹き飛んでいる。今、この時を乗り切るために。


 ただ一言。震える手で羊皮紙とペンを取り、文字を書き、彼らにはっきりと見えるようにかざす。そして、深く自分の頭を下げる。


 お金貸してください、と。



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