表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/50

30


 全身に強い衝撃が走ったかと思うと、見ている景色が高速に回転し始める。空と地面が高速で入れ替わっているように見え、体が宙を舞っていると認識した瞬間に、突然地面に叩きつけられて転がる羽目になり、周囲に生えていた木の幹にぶつかる形で止まる。


 ――がはっ!

 完全に気を抜いていた。

 地面に倒れ込んでいた体を起こそうと力を入れると、全身に痛みが走る。致命傷ではない。だが、不意打ちによるクリティカルダメージであろうか。少々脳が揺れたようで、今すぐに動くことができない。


「リューンはあの子の治療を頼む!」

「ええ!」

「オグニル! トルキン! 奴の注意をこっちに引き付けるんだ!」

「おう!」

「ちっ! 次から次へと! 今日はまるで運がねえよなおい!」

 先ほど後を追って来ていた四人組の会話が、こちらまで聞こえてくる。


 どうにかして顔を上げると、四人のうちの一人、銀髪のエルフの女性がこちらに向かって走って来るのが見えた。他の三人は、俺を殴り飛ばした巨大なモンスター、ロブストサイクロプスに向かって武器を構え、戦いを始めている。


 ロブストサイクロプス

 一つ目の巨人種モンスター、粗野で乱暴な人食いの怪物サイクロプスの亜種。身の丈人の三倍以上。右手には大きな棍棒を持ち、非常に力が強い。強靭な肉体から繰り出される攻撃は、岩をも砕くとされる。サイクロプスを、魔族達が力を与えて強化されたのがこのロブストサイクロプス。全身の皮膚は濃い橙色のように見え、その一つ目は血走っている。俗に言われるレアモンスターであり、出現確率はとても低い。出会えるだけでもラッキーなものだが、その分出会った時のリスクが大きいモンスターだ。この辺りに出現するモンスターよりもレベルが高く設定されており、生半可なパーティや装備では戦わずして逃げるのが得策とされるモンスターだ。彼ら三人のレベルがどれほどのものであるかはわからないが、こちらの治療に来ている回復役の【僧侶】を抜いて対処できるようなモンスターではない。


「今、治療しますからね!」

 近づいてきたエルフの女性は素早く俺の脇にしゃがみ、治癒魔法の呪文詠唱を始める。体の傷が癒え、痛みが引いていく。全身に力を入れて体を起こす。


「もう大丈夫ですよ」

 一言お礼を言っておきたかったが、戦闘中に余計な混乱を招くのも得策ではない。今はただ、ロブストサイクロプスを倒すことに集中しよう。お礼の意味も込めて彼女を見つめ、小さく頷いてから飛び出すように駆け出した。


「えっ!? ちょっとあなた! 無茶ですよ! あの三人に任せて!」

 女性の声が後ろから響く。


 相手はロブストサイクロプスだ。HP、攻撃力、素早さ等、今まで戦ってきたどのフィールドモンスターよりも厄介なのだ。うまく連携を取れなければ全体攻撃や、周囲への地形変化攻撃によって、パーティの全滅も十分にあり得る。

 

 特に今戦っている三人には、相手の攻撃を一手に引き受けうる盾役となる【ナイト】が不在である。一発のダメージが大きい相手のヘイト管理を怠れば、そこからなし崩し的に全滅へと直結する。


「くそったれ! さっきのやつより明らかに強さが違う! なんなんだこいつはよ!」

【盗賊】風の男がロブストサイクロプスの攻撃を、紙一重でかわしながら叫ぶ。


「この辺りではまず見た事がないモンスターだ! 近頃暴れている魔族共の影響かもしれんな!」

 ドワーフの男が、相手の背後に回り込み両手斧を横薙ぎに大きく振る。両手斧は、ロブストサイクロプスの背中を切りつけたが、そのダメージによって怯むことはなく、周囲全体を薙ぎ払うようにその手に持った棍棒を振り回す。その攻撃を回避する為、三人が大きく後ろへ飛び相手との距離を取る。


「むう! この程度の攻撃では無理か! アッシュ!」

「分かってる! 少し時間を稼いでくれ!」

「そうはいってもよ!」


 ――ギャオオオオ!

 ロブストサイクロプスの雄たけびが周辺に響く。あまりの音量に近くにいた三人が耳を塞ぐ。ロブストサイクロプスは攻撃の手を止め、両手で棍棒を持ち、大きく振り上げたかと思うと棍棒を凄まじい速さで地面に叩きつけた。


 ――アースクエイク!

 地面が勢いよく隆起し、突然の地面の揺らぎに三人の動きが鈍る。そして、飛び出してきた地面の突起を回避することができず、吹き飛ばされる。


「がっ! マジかよ……」

「ぬうぅ……」

「くそっ!」


 三人が衝撃で地面へと叩きつけられ、それを引き起こした巨大なモンスターだけが、隆起した大地の中心にそびえ立っている。


 ――ギャオオオオ!

 ロブストサイクロプスの、耳を塞ぎたくなるような雄たけびが再度響く。



 腰に付けていたコンポジットボウを構え、余っていた矢をつがえる。

 ロブストサイクロプスがゆっくりと動き出し、倒れている三人へと近づく。奴の棍棒が、アースクエイクでダメージを受けている三人に振り下ろされようとしているその瞬間に、左手で引き絞っていた弦を放し、反動で矢が空を飛ぶ。


 ――ギャオオオオ!?

 モンスターの叫びが響く。放たれた矢は右肩を貫き、棍棒の動きを止める。走りながら次の矢を弦につがえ、三人とモンスターとの間に入り込み、立ち塞がるように陣取る。矢は常に相手に向け、相手の次の攻撃を待つ。


「皆さん! ご無事ですか!? すぐに治療を!」

「助かる。……なあリューン。あの子は一体……」

「むう……儂の斧でも怯まぬ相手を、矢一発で止めおった……」

「……やっぱりやべえ奴じゃねえのか? まともには見えねえな……」

 後ろの三人に先リューンと呼ばれている女性が追い付いたようだ。


 ……話している内容はともかく、三人の治療が終わるまではこのロブストサイクロプスを食い止めなければならない。

 

 ――ギャオオオオ!

 どうやら先ほどの攻撃で相手は頭に血が上ったようで、一直線に俺に向かって棍棒を振り上げている。


 一発は何とかなる。問題は続けざまに繰り出されるであろう二発目だ。それが回避できるかどうか。棍棒が振り下ろされると同時にスキル【スワロウ・ショット】を発動させる。棍棒は空を切り、こちらの矢が相手の肉体へと突き刺さる。


 ――どうだ!

 矢は刺さっているが、相手は動きを止めることはなく、棍棒を薙ぎ払う様に動かす。


 ――浅い!

 動きを止めることが出来ていない。棍棒の軌道を認識しつつ回避行動をとるが、タイミングが若干遅れている。これは間に合わない。衝撃に備えようと体に力を入れた、その瞬間であった。


「【しんくう斬り】!」

 目の前を疾風のごとき衝撃波が襲い、ロブストサイクロプスの棍棒を持った右腕に、鋭利な刃物で斬りつけられたような切り傷ができた。


 放たれたのは片手剣のスキルであろう。発動までに時間がかかるが、威力もあり、片手剣としては珍しく、中距離まで届くスキルだ。放ったのは、治療を終えたであろう剣と盾を持った青年だ。スキル発動後の不安定な体勢を立て直している。


「オグニル! 出し惜しみをするな! いつも通りでは倒せないぞ!」

「うむ! 【金剛身】! うおおお!」


 オグニルと呼ばれた男は、体全身に力を入れたように見え、そしてそのままロブストサイクロプスに体当たりを仕掛けた。体当たりを喰らったロブストサイクロプスは後ろへ大きくのけ反り、尻もちをつくような形で倒れ込む。オグニルと呼ばれた男も、衝撃で飛ばされている。捨て身による体当たり。かなりのダメージを与えたはず……なのだが、ロブストサイクロプスは何事もなかったように立ち上がる。


「むう……わしの体当たりでもまだ動けるのか!?」

「トルキン! 奴の動きを!」

「分かってるよ! でもほんの少ししか止められないからな! 【バインド】!」

 トルキンと呼ばれた男が地面に手を当て、呪文を唱える。地面が一瞬光ったかと思うとロブストサイクロプスの足回りから光り輝く茨が生え、足や腕に巻き付いた。相手の動きを一定時間止める呪文だ。


「リューン! オグニルの治療を!」

「はい!」

「これならどうだ! 【魔人斬り】!」

 動きを止めているロブストサイクロプスに青年の片手剣スキルが炸裂する。攻撃が命中し、ダメージが入っているにもかかわらず、ロブストサイクロプスは顔色一つ変えずに茨を振りほどこうと全身を動かしている。攻撃を続ける青年や、動きを止め続ける【盗賊】風の男の必死の動きも、ロブストサイクロプスには有効打にはなっていない。



「そこの娘っこ! 弓で奴の目を狙えるかの?」

 いつの間にか近くまで来ていた、ドワーフの男から声を掛けられる。


「オグニルさん! あまり動いては……」

「儂のことは今はどうでもよいわい! で、狙えるかの?」

 弓であれば弱点を狙えるスキルはある。オグニルと呼ばれた男の目を見て、頷く。


「すまん。仲間がやられる前に、何とか頼む。お主の弓の威力ならば、或いは……リューン! この娘に補助呪文を!」

「いいんですか!?」

「かまわん! 攻撃を確実に与えるにはそれしかあるまい!」

 

「もう限界だぞ! アッシュ! 次はどうする!」

「もう少し持たせるんだ! オグニル! 攻撃を!」

「もう少し待てい!」


 大きく深呼吸をし、弓に矢をつがえ、ロブストサイクロプスの頭部に狙いを定め、スキルを念じる。

【スナイピング】命中率と威力を高め、急所を狙うスキルだ。相手の動きが止まっている今、落ち着いて狙えば確実に急所を狙える。ロブストサイクロプスの急所は、その血走った眼だ。


 リューンと呼ばれた女性から、補助呪文がかけられたのが感じ取れた。攻撃力を上げる呪文だ。この呪文と【スナイピング】のスキルであれば、かなりのダメージを与えられる。大ダメージを与える事で目を潰すことができれば、負けることはほぼない。


 ロブストサイクロプスの足下で動きを制限させていた光輝く茨が消え、奴が動き出す。

 片手剣の青年と、【盗賊】風の男が、同時に相手から距離を取る。こちらの狙いが相手の目である為、必然的に相手と目が合う。先ほどの右肩に刺さった矢のことを思い出したのか、ロブストサイクロプスは、怒り狂ったようにこちらに向かって近づいてくる。

 

 矢を放つ。矢は風切り音と共に空を切り、その巨大な瞳に吸い込まれた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ