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ジャイアントゴーレム
全身が岩石で構成された巨大なモンスター。ジャイアントと名の付くとおり、大きさは人の四倍はあるかと思われ、武器を構えて対峙している四人も相対的に小さく見える。正面からの物理攻撃では、体の表面に覆われた岩石によって中心にある土人形の本体へとダメージをあたえることができず、苦戦するであろうモンスターだ。手早く簡単に倒すためには、【魔導士】等による魔法攻撃を用いるのがセオリーの相手である。とはいっても、相手の弱点を知っていれば魔法を使わずとも、物理攻撃職でも対処のできるモンスターだ。そこそこに強く、ポップポイントも少ない。出会うのにも一苦労な相手だが、経験値やゴールドはこの辺りのモンスターからでは最も多く入手できる。
……ゴールド稼ぎにはもってこいのモンスターだったのだが、ジャイアントゴーレムを狙った先客がいる以上、この辺りでのゴールド集めは諦めるほうが得策である……
「回り込む! オグニルは右から頼む!」
「おう!」
右手には剣を持ち、左手には盾を持った青年が声を上げる。着ている鎧は茶褐色で、プレートアーマーのような全身を覆う動きにくい鎧ではなく、動きやすいように加工された軽装の鎧である。どうやらこの四人のパーティリーダーのようだ。声を上げ、皆に指示を出している。
オグニルと呼ばれた男は、両手斧を構え、ジャイアントゴーレムの右側から回り込むような動きを見せる。その頭には二つの角が生えた兜をかぶり、顎には立派な茶色の髭を蓄えた、見たところドワーフと呼ばれる種族の、大柄な男である。
青年とドワーフの男がジャイアントゴーレムと戦っている少し後ろで、戦いに巻き込まれないように陣取る、エルフの女性が呪文詠唱をしている。銀色に輝く長いロングヘアーで、その耳はまっすぐと横に伸びており、白いローブを着ている。その手には煌びやかな装飾の施されたロッドを握っており、詠唱が終わると、前で戦う二人に攻撃力や防御力の上がる補助魔法をかけているようだ。
「こっちだ! ゴーレム!」
叫びながらジャイアントゴーレムの目の前に飛び出したのは、背が他の者よりも低く【盗賊】のような出で立ちの男だ。右手には短剣を持ち、ジャイアントゴーレムの両腕から繰り出される岩石肌の振り抜き攻撃を、素早い身のこなしでかわし続け、相手の注意を引いている。時々男の左手から放たれる投げナイフは、ジャイアントゴーレムの関節部に正確無比に突き刺さっており、投げナイフの命中精度はかなりのものだ。だが、相手にダメージを与えて動きを止める為に投げているという感じではない。
「このゴーレムには背後に急所があります! そこを狙ってください!」
銀髪のエルフの女性が叫ぶ。
ジャイアントゴーレムの弱点は、背面にある、岩石に覆われていない土人形が露出している部分だ。ここを狙えば大きなダメージを与えることができる。しかし、ジャイアントゴーレムは、常に背後を取られない用に立ち回るため、戦い方に慣れていないと苦戦をしてしまうものだ。【盗賊】風の男が正面で注意を引きつけ、残りの二人が弱点を狙う。魔法による支援、相手の注意を引きつけるいわゆるヘイト役、そして二人の攻撃役、パーティーとして基本を押さえた連携ができている。エルフの女性はモンスターの事をよく知っているようで、その助言を聞いて即座に対応できるパーティーである。
幾たびかの攻防の後、ジャイアントゴーレムの動きが鈍った瞬間を見逃さず、剣を持った青年とドワーフの男がゴーレムの両肩後ろにある岩石の欠けた部分へと剣と斧で切りつける。
ゴーレムの巨体が大きくよろめいた。
さらにジャイアントゴーレムは一瞬静止したかと思うと、天を仰ぐ様に両腕を伸ばした後、その巨体を大量のゴールドへと変えた。彼らの勝利だ。
「ふう……何とかなったようだな」
「まさかここに来てゴーレムとは。召喚した術者が近くにいるのかのう?」
「いえ。あれは魔族が生み出したものですね。太古の術式に近いのです。何かに命令されて動くのものではなく、自分に近づいた者を無差別に襲うようです。何はともあれ、これで一段落ですね」
「……いや。まだ終わりじゃないようだぜ」
【盗賊】のような出で立ちの男が、こちらに向かって何かを投げた。
ザシュ!
俺の右足元手前に投げられたナイフが突き刺さる。
足元のナイフから四人組のいる方へ視線を戻すと、四人全員がこちらを睨みつけているのが分かった。
いかん。戦いを覗き見していたのがばれている。
こ、このまま走って逃げるか!? いや、しかし……
「そこで何してやがる! さっきのゴーレムの術者か!?」
【盗賊】のような出で立ちの男が、もう一度腰に取り付けた鞄から投げナイフを投げようと構える。
ご、誤解は解いておきたい。両手を上げて立ち上がり、フードを取って怪しいものではないことを示す。
……いや、こんなところにいる時点で十分怪しいのだが。
「あら、まあ……」
銀髪のエルフの女性が声を上げる。
「なんだ。エルフの女か? リューンの知り合いか? ここはモンスターが多くて危険だぞ。すぐに街まで戻るんだ」
剣を持った青年があっちへ行けとあしらう様に盾を持った手を動かす。
おお。なんと純朴な青年であろうか。俺を森へ迷い込んだ、ただの街娘と思ってくれているようだ。このご厚意はありがたく受け取ろう。街娘のふりをして、ペコペコとお辞儀を何度もしておく。そしてすぐに踵を返し、四人から駆け足で遠ざかる。完璧なる街娘的退却行動。モブキャラになりきる自分の演技力が恐ろしいね。
「……おいおいマジかよ。どう考えてもおかしいだろ! こんなところまで街の女が一人で来れるわけねえだろ!」
「なに!? 違うのか!? じゃああの子はなんなんだ!? リューン!?」
「いえ私にもさっぱり……」
後ろで何か揉めているようだが、このチャンスを逃してたまるか。
森の茂みへと入り、足早にその場を立ち去る。
~
失敗であった。
ジャイアントゴーレムを狩りに来たのは、この辺りではもっともゴールドの量が多く、常に単体でポップする為、弱点さえ知っていれば思いのほか簡単に倒すことができるモンスターだからだ。さらにポップポイントも分かっているので、そこを一つ一つ回ってポップしたジャイアントゴーレムを倒す、を繰り返すことで、一気に必要なゴールドを集めるつもりであったのだが、先客が先に狩りをしていたのでは狩り場としての魅力と効率は激減してしまう。
何とか次の狩り場を見つけて、今日の宿泊費含めた生活費を集めたい。武器や防具も、この辺りのモンスターを相手にするには若干の性能不足といった感じが否めない。倒せないことはないが、集団で出てきた場合には、非常に時間がかかる。効率が悪いのだ。
~
森の中を歩きながら、モンスターの多く出そうな場所へ進む。ゲーム時代の知識ではあるが、効率の良い狩り場はもう少し奥まで進まなければならなかったはずだ。この先のモンスターは奥に進むにつれて強くなってしまうのだが、この辺りに他に良い狩り場もなく進むしかあるまい。
のしのしと歩いてきたが……先ほどから何か嫌な予感がする。
まさかそんな……と恐る恐る後ろを振り向くと、少し遠くの茂みから、先ほどの四人組が出てきたのがみえてしまった。どうやら俺の後をつけてきたようだ。
ゲエェ!? なぜついてくるんだ!?
これはあれか!?
まさか次に狙っている狩り場がかぶっているとかそういうやつか!?
し、信じられん!
異世界人でも狩り場で延々レベリング! とかを考えるのだろうか!?
ち、ちくしょう!
次の狩り場まで取られるわけにはいかん! 先につくのは俺だ!
こちとら遊びでやってんじゃないんだよ! 生活がかかっているんだ!
「あっ! ちょっとあなた! ねぇ待って!」
「おいおい! あの子、どんどん奥へ進んでいくぞ!」
「こっから先は凶悪なモンスターが多いんだぞ! 正気か!」
また後ろで何か揉めているようだが、とにかく俺は次の狩り場に奴らより先に辿り着くんだよ!
~~
藪や木々をかき分け歩き、小高い丘の上の一本木へと辿り着いた。この辺りには群れを成さない単体のモンスターが多く、ゴールドの入手量もジャイアントゴーレムほどではないが多いほうだ。ポップポイントを見つけて、そこのモンスターを倒し続けていれば、しばらくはゴールドのない苦しい生活をしなくても済むだろう。
……まさかとは思い、もう一度後ろを振り向くと、またしても森の茂みの中から先ほどの四人組が出てきた。まさか狩り場の目的地まで同じとは恐ろしい偶然である。片手で頭を押さえ目を瞑り、今後のことをどうするか思案する。
……うーん……
このまま狩りを続けてもいいが、どう考えてもあの四人組が割って入って狩りの邪魔をされる気がする。ここはあの四人を説得して、一緒のパーティを組んでモンスターを狩るのはどうか。五人でなら時間もかからずサクサクモンスター倒せるのではないか。一瞬良い考えだと思ったのだが、五人で組むとなると入手したゴールドを五分の一に分けなければならなくなるので、完全に実入りが少なくなる。さすがに五分の一は困る。多少時間がかかっても一人で狩ったほうがマシなレベルだ。
などと今後の収入の事を真剣に考えていると、突如として叫び声が響いた。
「危ない!」
へっ!?
その声に驚いて後ろを振り向くと、巨大なモンスターがこちらを吹き飛ばそうと腕を振り上げているのが見えた。




