表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/50

26


 音が聞こえる。


 喧騒が聞こえる。


 目を開ければ、闇夜の中に薄ぼんやりとみえる曇天が、少し目を動かせば石でできた塔が見えた。


 今自分の置かれている状況を整理する。体を起こそうと全身に力を入れると、少し頭に痛みが走った。手で頭を抑える。その時に気づいたが、抑えた手に血がついている。頭のどこかを斬ったのだろうか。


 ギョッとして体をガバッとはね起こし、周りを見渡す。ここは橋の中央にある監視塔の裏、正面の入口からみて裏手の場所だ。


 魔族アムデとの戦闘中に、塔の上から落されたことを思い出す。塔の最上階を見上げれば、ぽっかりと穴が開いており、どう見てもそこから落とされたとしか思えない瓦礫が、自分の周りに落ちている。体に若干の痛みはあるが、骨折もしていなければ動けないといった状態でもない。五階から落とされてもそれほどダメージを受けていない、落下ダメージというものは少なかったようだ。異世界のゲームキャラでなければ死んでいる。丈夫な体でよかった……!


 どれだけ気を失っていたのかが分からない。何秒何分ここで寝ていたのだろうか。

 どうやら監視塔正面で何かが起きているようだ。人の声とモンスターの雄たけびが聞こえる。

 立ち上がり、周囲の状況が確認できる場所まで歩く。


 ――押し返せぇぇぇ!!

 ――アッラララィィ!!


 男たちの怒号が響いている。プレートアーマーを着込んだ【ナイト】であろう一団が、ミノタウロスの集団による突進を大盾で正面から受け、右手に持った槍でもって突進をしてきたミノタウロスを攻撃している。


 ――【魔導士】隊! 撃ち方始めぇ!


 【ナイト】の少し後ろに隊列を組んでいた【魔導士】の一団が、ミノタウロスの集団に【ファイア】の呪文を放つ。一発の威力は小さいが、この【魔導士】達は魔法を入れ替わり立ち代わり撃ち続けることで、ミノタウロスに攻撃させる暇を与えないように、弾幕を張っているようだ。


 ――【アーチャー】隊! 後ろのオークを牽制!


 さらにその後ろ、綺麗な隊列を組んでいる【アーチャー】部隊が、天に向かって矢を放つ。それは矢の雨。矢の雨はミノタウロスの集団の後ろ、次の突撃の準備をしているオークに突き刺さる。


 さらにその後ろ、おそらく部隊を指揮している隊長であろうか、馬に乗った恰幅のいい髭の生えた男が声を張り上げている。


 ――陣形を維持しろォ! 


 ――【ナイト】隊! 再突撃用意!

 掛け声と共に部隊が大盾を一斉に構え、一糸乱れぬ動きを見せる。


 ――押し出せぇ!!

 ――ウオオオオォォォ!!


 怒号と共に【ナイト】隊が前進。突然の迫力に力負けしたミノタウロス達が尻込みし、何体かが足をふらつかせて倒れる。その隙を逃さずに【ナイト】隊の槍が一斉に襲い、突き刺されたミノタウロスは光となって消える。


 ――隊長! モンスターの数が多すぎます! ここは一度退却を!

 ――馬鹿野郎! 少女の安否も確認できずに退却などできるか! 口からクソを垂れる前に手と目と足を動かせ! ヴァルエリム魂を見せてみろ!


 塔のモンスターと、おそらくヴァルエリムの街の衛兵達だろう集団の戦いが行われている。


 ……うん。これ俺を追ってきた衛兵の部隊だね。

 不審者を追ってきたらモンスターとガチバトルする羽目になってるって割とひどい状況のようだ。

 ごめんなさい。


 しかしモンスターの数が多い。衛兵の部隊も総勢100名近くはいるようだが、モンスターの数も多い。単純な数では衛兵部隊の方が上だが、ミノタウロスやオークは力が強く、低レベルの場合では押し切られる可能性が高い。先ほどまでの攻防も、数人でやっとミノタウロス一体を仕留められるかどうかというパワーバランスのようだ。


 しかしどうする。魔族を倒せば、この橋のモンスターはすべて消える。最優先で仕留めたいところだが、塔を登っている間に衛兵部隊に確実に被害が出てしまうだろう。関所の強行突破という、俺の浅はかな行動によって、ヴァルエリムの街の人々に被害が出るということだ。勇者として、どうか。

 

 ――グリフォンだぁぁ!

 ――【ナイト】隊の陣形が崩れた! 【僧侶】隊! 【僧侶】隊!


 まずい! 迷っている場合じゃない!

 ぎんの短剣を右手に構え、左手のコンボジットボウを握りしめる。

 衛兵の部隊とモンスター軍団がぶつかり合っているところへと急いで駆け出す。


 今にも崩れた【ナイト】に襲い掛からんとしているグリフォンの首筋にぎんの短剣を突き刺し、体ごと体当たりする。


 ――ギャオオオオ!?


 短剣を引き抜き、怯んだグリフォンの後頭部に【ヘビィスマッシュ】を叩きつける。グリフォンはその場に崩れ落ちるように倒れゴールドとなって消える。襲われそうになった【ナイト】の衛兵からは、困惑と恐怖の表情が垣間見える。いきなり現れた女がモンスターの首筋にナイフ突き刺した上に頭をかち割っていったらそういう顔になるよね。俺だってそうなる。


【ナイト】の衛兵に背を向け、次に襲われそうな衛兵の近くにいるミノタウロスへと駆け出す。

 短剣のスキルを駆使し、ひとつひとつ確実にオークやミノタウロスの数を減らしていく。


 ――なんだ!? あれは追っていた少女じゃないのか!?

 ――何がどうなっている!? どっちがモンスターなんだ!?


 衛兵達が困惑の声を上げている。今のうちに部隊の隊列を組み直して欲しいところだ。


 短剣を振り回し、右へ左へ大立ち回りをしているところへ、閃光と電撃が襲う。すんでのところでそれを回避し、放たれた方向へ目を向ける。空に浮かび、蝙蝠のような翼を羽ばたかせながら、呪文を放ったであろう両腕を突き出した魔族がこちらを見ている。


 出てきたか。魔族アムデ。ボスモンスターであるから、五階から下りてこないであろうと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。だが、塔を上る手間が省けた。


「我の技を受けてそれだけ動けるとは。まあ、あの程度で死ぬはずはないと思っていたがな。エルフの女よ」

 アムデがこちらを鋭い眼光で見つめ、邪悪な笑みをこぼす。


「今すぐにでも貴様と闘いたいところではあるが……まずはこの状況をつくり出した邪魔者を始末しなければなるまい。貴様の相手はその後だ!」

 こちらから目をそらし、遠くにいる何者かを見つめている。


「雑魚共に用はない!」

 蝙蝠のような翼を大きく伸ばし、高く空へと飛び上がる。そして、目的に向かって一目散に飛んでいく。

 今、この橋で俺以外の重要人物といえば、おそらく衛兵を指揮している隊長だろう。

 ――まずいな。モンスターの相手もそこそこに、すぐに踵を返し、衛兵の部隊へと突撃する。


 ――今度はなんだ!? なんでこっちに向かってくる!?

 ――あの子は何なんだ!?


 慌てる【ナイト】隊の正面から、大きくジャンプしてその肩に足を掛ける。【ナイト】の肩を足場として、足に渾身の力を込めてさらに跳躍し、隊列を飛び越える。【ナイト】隊の後方へ着地し、そして走り出す。奴が隊長を殺してしまう前に、間に合え。


 

 魔族の向かった先につく頃には、すでに衛兵の隊長とアムデが、剣と爪で何回か切り結んでいるのが見えた。隊長もなかなかに腕の立つ【ナイト】のようだが、完全に力負けしているのが端から見てもわかる。隊長側に余裕はみえない。それに対してアムデは、まるで遊ぶように腕と体を動かしている。この応酬に、周囲の衛兵達も援護できる状況ではないようだ。二人が切り結ぶ度に、橋が揺れ動くような衝撃が走っている。


 ――このままでは隊長が押し負けて殺されてしまう。

 恐らく衛兵達もそのことに気づいている。だが、ズシンズシンと響く衝撃に、手を出せる状況ではない。


 なんとかアムデにダメージを与えたい。

 隙を伺いつつ、アムデの真後ろ、隊長と挟み撃ちにできる位置へと移動する。

 その時である。二人の動きが少し止まる。何か会話をしているようだ。チャンスだ。


 静かに、それでいて大きく跳躍し、アムデの背後、大きな翼目掛けて【ヘビィスラッシュ】を放つ!


「その醜い翼を置いていけ!」


 一閃! 見事に左の翼に命中し、アムデの翼が背中から切り離される。

 アムデを相手にするときに何が一番面倒臭いかって、空を飛ばれることである。

 翼を切り落とし、飛べなくすれば短剣でも十分相手ができる。


「が……あっ!?」

 完全に不意を突かれたのだろう。かなりの痛みでその顔は苦悶しており、こちらを睨んでいる。

 クリティカルダメージといった感じで、予想以上にダメージが入ったと見える。


「ちぃぃぃぃぃ!!」

 左の翼は失ったはずだが、まだ空を飛べるようだ。だが、先ほどのような高さはない。器用に飛びながら【アーチャー】や【魔導士】にぶつかりながらも、塔へ一旦逃げるような動きを見せる。すぐに追いかけなければ。


「待て。エルフの少女」

 声を掛けられたほうを見れば、先ほどまでアムデと切り結んでいた衛兵の隊長が、持っていた矢筒をこちらに投げて寄越した。


「それを持っていけ。君の素性や動向、詳しくは聞かん。何か理由があるのだろう。だが、一つだけ教えてほしい。君なら奴を倒せるか?」

 相手を見つめ、深く頷く。魔族や魔神を倒す為に召喚されたのが『セルビィ』だ。その為に今此処にいる。


「わかった。ありがとう。よろしく頼む」

 風貌からは似つかわしくない感謝の言葉だ。そう思った次の瞬間、橋全体に響き渡る大声で周りに檄を飛ばした。 

 

 ――陣形組直せ! もうひと踏ん張りだ! 意地を見せろ!


 そしてそれに応えるように橋のあちこちで声が上がる。


 ――アッラララィィ!!


 その響きに若干の高揚を感じながらも、矢筒を入れ替え、アムデが向かった塔の方向へと走る。 



 関所の各部隊の隊列を超え、塔の入口付近まで戻ってくると【ナイト】隊とオークの集団が激突している。


 その後ろには、地に足を下ろし、息を切らしてこちらを睨みながら待つアムデの姿があった。

 隊列の隙間を抜け、奴と正面で向き合う。


「貴様、やはり只のエルフではないな……! 油断したとはいえ、我が翼をひとつ切り落とすとは……!」

 ぎんの短剣をしまい、左手の弓を、右手に矢を、矢筒から準備する。


「貴様から先に殺すべきだった……! 我の失策だ……! だが、今ここで屠れば何も問題はない!」

 矢をつがえ、アムデに向けて構える。


 アムデが呪文詠唱を始め、その両腕からひとたび電撃が走る。それと同時に矢を射る。

 飛んでくる閃光と電撃を回避――はせずにその電撃を受ける。

 小さな痛みが体に走る。だが、ダメージとしては軽微だ。こちらの放った矢はアムデの胸部をしっかりと貫いている。


「ぐっ!?」

 アムデが苦悶の表情をとる。冷静に、次の矢をつがえる。


「がああっ!!」

 アムデの右拳が赤く光を放ち、空を飛びながらこちらにぶつけようとしてくる。

 そうだそいつをうってこい。

 

 拳が触れる瞬間、スキル【スワロウ・ショット】を発動する。拳をスルリと躱し、その脇腹へと矢を放ち、突き刺さる。アムデのこの攻撃は物理攻撃である。【スワロウ・ショット】の回避範囲内の攻撃なのだ。少し後方にステップを取り、相手との距離を取る。そのタイミングでもう一度弓の弦に矢をあてがう。


 この異世界において、武器種【弓】の戦い方が分かってきた。

 矢筒から矢が飛び出る場合の今できる対処法。それは単純明快。至極簡単。


 要は大きな回避行動など取らずに敵の攻撃を全部耐えれば良いということだ!

 矢が落ちるというのであれば落ちないような動きをすればよいだけ!


 敵の魔法攻撃はエルフの耐性によって大きなダメージは出ない。物理攻撃に至っては、高い素早さとスキル【スワロウ・ショット】を駆使すれば、アムデレベルの相手ならばその攻撃のほとんどを回避できるであろう。先ほどのスキルをくらったとしても、ダメージ量からみてあと数発は耐えられる。


「舐めるなぁ!!」

 電撃魔法。閃光が走り、周囲にバチバチと音が響き渡る。矢をつがえ、ヒュンと放つ。閃光と電撃が走る度にダメージをくらうが、それを上回るダメージをアムデも負う。


「この俺が……負ける……などと!」

 幾度となくスキルを発動するが、そのスキルは【スワロウ・ショット】によってアムデ自身へのダメージとなって帰ってくる。

 こちらに電撃が飛んで来るその度にアムデに矢が突き刺さる。こちらもダメージは受けている。だが、相手の比ではない。ほぼ勝負は決したも同然だ。

 【スワロウ・ショット】のクールタイムを突かれたスキル攻撃も、頬に傷をつけられた程度、すんでのところで回避し、大きく後ろにジャンプして距離を取る。


「まだだ……まだこの呪文で!」

 アムデは残った翼を動かして空に舞い上がり、両腕を高く頭上に掲げる。その手のひらから巨大な球状の電撃が生み出された。バチバチといった音を鳴らしながら、周囲に電気が走る。

 

 ――残念だがここで終わりだ。その呪文はアムデのHPが残り少ないことを意味する全体攻撃呪文。詠唱時間も長く、隙も大きい。

 

 矢筒から矢を抜き、コンボジットボウの弦にその矢をあてがう。

 

 スキル【スナイピング】

 命中率と威力を高め、さらに狙った部分、いわば急所を貫くという、武器種【弓】において、必須に近いスキルである。


 弓の弦を大きく引き、スキルの発動を念じる。呼吸を整え、自分に必ず命中すると言い聞かせる。

 一瞬の静寂の後、右手を離し、ヒュンという音と共に、矢が飛んでいく。放たれた矢は、吸い込まれるようにアムデの頭部へと突き刺さり、そして、その衝撃でアムデの身体を後ろへと吹き飛ばす。アムデの頭上に展開されていた大きな電撃の玉も、吹き飛ばされたアムデと同じタイミングで霧散していく。


 「ま……だ……負け……」

 アムデの身体が光になって消えていく瞬間にも、断末魔のようなつぶやきが響く。その断末魔が消えるタイミングで、ゴールドが床に落ちる音が響き、その音こそがアムデの最後を告げる。ゴールド音を聞いたであろうオークやミノタウロス達は、主が死んだことを理解したように持っていた武器を落とし、雄たけびを上げながら光になって消えていった。ビィル・ナ・ヴァルブリッジのモンスターが、すべていなくなったこととなる。


 この辺りを照らしていた深く暗い夜の闇は、遠くにみえる朝日の光によって、ゆっくりと消えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ