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「おい! そこでなにをしている!」
ハイ無理でした! 即見つかってますね! なんで行けると思ったのだろうのか、数分前の自分を殴りたい。この手の隠密潜入に適しているスキルを持っている職業は【盗賊】や【ニンジャ】だろうしなぁ。敵モンスターに見つかりにくくなったり、先制攻撃が取れたり、【隠れる】事でクリティカルヒットを出しやすくできるスキルを持っている職業だ。普通の【魔導士】がこそこそ隠れてただけじゃ即見つかるよねって。
「何だ貴様! どこから入った!? こっちを向け!」
後ろから怒鳴り声が聞こえる。忍び足で侵入ということで、少し腰を落としていたのだが、これを元に戻し、すぐに走り出せるように準備する。幸いにして、後ろの相手には顔まで見られていないようだ。
「こっちへ来い。まったく……関所にコソ泥とは……」
両手を上げて、降伏しますというポーズをとる。
少しの間の後、相手の溜息のようなものが聞こえたのを合図に、一気に走り出す。
「おい待て!」
逃げます! ごめんなさいぃぃ!
薄暗い通路を全力疾走する。関所内の通路はそれほど狭くはなく、三人ほどが横に並んで歩けるほどには、十分なスペースがある。ところどころに松明が灯してあり、前が見えないほどは薄暗くはない。石造りの床は、若干足音が響く程度だが、ぬかるんだり段差があるわけでもない。走るにはよい環境ともいえる。関所内部から橋に入れるルートは大体分かっている。そこをめがけて、ただひたすら走る。
「おい待て! 西区画に侵入者だ! 集まれ!」
人を呼ばなくてもいいです! ひたすらに足を動かして走る! 前方からガチャガチャと鎧とブーツの音が聞こえて、松明を持った衛兵達がこちらに近づいてくるのが見えた。くそっ! この通路に迂回路はない。まっすぐ走り抜けるしかない。
「いたぞ! 捕まえろ!」
相手は三人。前方の一人は右手に松明を持っている。後ろの二人の持っているものまでは把握できない。走るスピードを落とさずに衛兵に向かって突撃する。止まろうとは思わない。
「突っ込んでくるぞ! 危ない!」
エルフの素早さを生かせばなんとか行けるはずだ。前方にみえる衛兵は、こちらを捕まえようと左腕を伸ばしてきた。すぐに腕をかわして横を抜けようとする。体を捻り、大きく右にステップを踏みながら一人目を捌く。すぐに後ろの二人が捕まえようと近づいてくるが、体を大きく沈みこませる形でそれをかわす。二人は武器を持って襲ってくるわけでもなかったので、大きく空ぶった腕を尻目に、飛び込むように二人を抜けようとする。だが、すぐに体勢を立て直した衛兵の一人によって、頭のフードを後ろから掴まれたことで、ギョッとして相手を見てしまう。
げっ! 目が合った!
「なんだっ!? エルフ!? 女か!?」
い、いかん! 顔を見られた! 腕で顔を隠しながら、掴まれた腕を振りほどき即座に距離を取る。
「お、おい! 待て!」
世の中に待てと言われて待つ奴がいますかね!
衛兵三人の動きが呆気にとられたように止まっている。今のうちに逃げよう。
まっすぐに伸びた通路の角を左に曲がり、いくつかの部屋の前を通り過ぎる。この辺りには衛兵は巡回していないようだ。駆け抜けてきた通路の終着点、突き当りにある扉に手を掛けて勢いよく開ける。橋の中央へ抜ける侵入口のある部屋である。扉を開けた先には、衛兵二人がこちらを見てとても驚いたような顔をした。こっちも二人もいるなんて思わなかったのでびっくりだ。
「な、なんだお前!?」
さっきからそればっかりだな君達! 壁に設置してある松明の灯りがほどよく部屋全体を照らしており、部屋の中をすぐに確認できた。侵入口はここにあるはずだ。椅子から立ち上がった衛兵の後ろに、木でできた扉があるのを見つけた。扉には木の板がしっかりと打ち付けてあり、その前には木の机や椅子が固められていて、バリケードのようになっている。橋からやってくるモンスターの侵入を防ぐためのものであろう。侵入口を見張るようにこの衛兵二人が配置されていたとみえる。
「コソ泥か!? しかし、なぜこんな所に……」
黙って通してくれるはずもないだろう。極力揉め事は起こしたくなかったが、ともかく、この二人をどうにかしなければ。
太もものレッグシースからぎんの短剣を取り出し、構える。
「おいやめろ」
モンスター相手にはさんざんやってきたことだが、NPC……人間に刃を向けるのはこれが初めてだ。魔族の影響を受けたモンスターは、ポップしてフィールドやダンジョンに配置される。倒す……いや、殺せばゴールドとなり、また、プレイヤーの経験値となる。それは今まででも何度も確認してきた。ウサギやシカなどの野生動物はこの限りではなく、殺せば死体となってゴールドにはならない。恐らく、人間も同じであろう。現実と同様に血を流し、苦しみながら死ぬ。
追手が増える前に、何とか手早く済ませてこの先へ進みたいところだ。やるしかない。
「……」
衛兵二人もこちらの雰囲気を感じ取り、腰に帯剣している剣に手を掛ける。短剣を構えながら、扉へ近づく方法を考える。まずなにより扉の前のバリケードと扉の補強に使われている木の板だ。どうにか一人だけでも出ていけるようにしなければならない。右手で短剣を構えながら、左手で鞄の中のアイテムを探す。
衛兵が剣を鞘から抜き、こちらに向けて構える。正面に一人、こちらから見て右手の少し後方にもう一人。
「おとなしく……しろォ!」
正面の一人がこちらに向かって剣を振り上げながら襲ってくる。剣は大振りだが、確実に俺を狙ってきている。懐に飛び込むように駆けて、スキル【キャンセルブロウ】を放つ。短剣が衛兵の鎧を切りつけ、相手の動きが後ろに弾かれたように大きく止まる。
「なんだぁ!?」
もう一人が仲間のピンチとみて剣を振り上げながらこちらに近づいてくる。
ここだ! アイテム【けむり玉】!
左手に持った球を地面に叩きつけ、ボフンといった音の後に煙が周囲に広がる。
これは本来遁走用のアイテムで、フィールドモンスターやダンジョンモンスターから、確実に逃げるために使うアイテムである。ゲーム中盤以降の道具屋には必ず売っているアイテムで、ゴールドさえあれば入手は簡単だ。多くの職業では本当に逃走用に使うアイテムであり、それほど重要な価値はない。しかし、ある職業……というかこいつだけだが……【ニンジャ】には、これを利用した強力なスキルがあり、なかなかに重宝するという。
「ごほっ。ごほっ。目隠しか!」
今ならいける。煙は瞬く間に部屋中に広がり、衛兵たちは俺がどこにいるかわからないであろう。俺の目的は関所を抜けて橋へ侵入すること。衛兵と戦うことではない。衛兵を避けて、その後ろにある扉の前へと近づく。木の机や椅子でできたバリケードがあるが、これを一つ一つ動かして扉を開けている時間はない。
となれば方法は一つ。
短剣を、腕の力がしっかり入れられるように構え直し、スキル【ヘビィスラッシュ】を、バリケードと木の板で打ち付けられた扉に向かって放つ。叩きつけた衝撃と、爆音が部屋を襲い、【けむり玉】によって発生した煙すらも吹き飛んで行くのが分かった。
「くそっ! ……今の音はなんだ!? 一体なにが起きてるんだ!?」
壊れた扉の隙間からは、長く続く橋が見える。
奥に小さく見えるのは、ヴィル・ナ・ヴァルブリッジの中心であり、魔族が住み着いている監視塔だ。
破壊した扉から橋へと侵入する。後ろで何人かの衛兵が叫んでいるようだが、気にしてられないな。なんだかこの関所ですごいやってはいけないことをした気がするが、それを考えるのは後だ。まずは監視塔の魔族。これを最優先で仕留めよう。うん。
俺は落ち着く暇もなく、中央に見える監視塔へと走り出した。
……衛兵の皆さん、絶対に追って来ないでね?




