表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/50

19

※グロ・不快表現があります。耐性無い方はご注意下さい。


 闇森の沼地

 パッシ村とグルッグ渓谷の位置を地図上において見てみれば、位置的にちょうどその中間に存在するダンジョンである。木々が鬱蒼と立ち並び、かろうじて歩けるような狭い道は湿っていて歩きづらい。木々の隙間からは、紫色をした毒々しい沼があちこちに沸いているのが見える。ダンジョン内の歩ける部分の三分の二ほどは、毒の沼地であるという徹底ぶりである。昼間だというのに陽の光はほとんど当たらず、獣道周辺をうっすらと照らす程度で、深々とした木々の奥底を目を凝らしてみても、先が見えないほど暗い。さらにこの沼地全体の特徴として、目に見えて分かるほどの薄紫色の霧が充満している。毒の霧である。


 ゲーム内において、この沼地に立ち寄る必要があるのは、パッシ村のギルドクエストやヴァルエリムの街のお使いクエストくらいで、魔神討伐にかかわるメインクエストには、まるで関係がない。無視して先に進めてもよいのだが、しかし、この沼地は毒消し草やすべての状態異常を治す万能草等の群生地であり、奥に行けば行くほど大量に手に入るのだ。【解毒の指輪】を購入した理由も、これらの状態異常回復のアイテムを、ここでできるだけ入手しておきたいという思惑が半分ほどあって買ったものであった。毒の霧に覆われた沼地に毒を治す治療薬があるというのも、滑稽な話である。


 さらに女神の泉を通り過ぎた先、最奥にボスモンスター、ヴェノムトレントがいる。この沼地に毒の霧が発生しているのは、このモンスターがまき散らす毒攻撃が原因であると、設定集か何かで読んだことがある。ヴェノムトレントは、人の数倍はあるほどの巨大な木の化け物で、縄張りに無断で入ったものを無条件で攻撃してくる恐ろしいモンスターだ。自身の手のように、木の枝を使った薙ぎ払いや振り下ろすといった物理攻撃、周辺の木々をモンスターに変異させて襲わせてきたり、ポイズンダストといった毒ダメージ付きの全体攻撃を駆使してくる。


 沼地の狭い道を歩きながら、まずは女神の泉を目指す。女神の泉はボスモンスターの前に必ずといっていいほどある、泉の水を飲むことでHP・MP回復が可能な場所である。ここで、準備万端にして、強敵であるボスに挑もう! といったもの。つまり、この場所までたどり着けば、このダンジョンのボスはすぐ目の前であるという証明なのだ。まあ、大抵はそこまでたどり着くまでの道のりが長いのだが。


 この沼地に現れるモンスターは、ラムドラの街周辺にいたモスマントを含め、毒液を吐いてくる植物ポイズンリリー、ネズミのような風貌であちこちを走り回るビッグラット、毒に侵された状態で侵入者を無差別に襲う木の精霊トレント等だ。ダンジョンに毒が蔓延している事によるバランス調整だろうか、パッシ村周辺に現れたモンスターよりも弱く、現れる数も少なく設定されている。モンスターが弱くても【解毒の指輪】が無ければ、毒によって色々な行動に制限がかかる、かなり厄介なダンジョンであろう。買っててよかった状態異常無効化アイテム。



 幾たびかのモンスターとの戦いの後、ぬかるみや毒の沼地に足を取られながらも、なんとか女神の泉にたどり着く。予想以上に時間がかかった気がする。ゲームのように、サクサクと物事を進めることはできないようだ。女神の泉は、どこにあるものでも形は同じで、ダンジョンには不釣り合いな噴水があり、そこから綺麗な水が出ている。その周辺だけは毒の霧がかき消えていて、モンスターの気配すらない。なんとも不思議な空間だ。泉の水は、澄み切っていて綺麗だった。水を両手で掬って飲む。HPは回復したはずなのだが、実感はいまいち沸かない。


 女神の泉を中心とした広場から回りを見渡せば、一部分だけ紫色の霧が色濃く漂っている場所があった。あの奥がボスモンスターのいるフィールドだろう。鞄の中の各アイテムの数や、太ももにあるぎんの短剣を確認しておく。首に巻いたマフラーをもう一度しっかりとまき直し、紫色の霧が満ちるフィールドへ歩みを進める。


 ボスモンスターのフィールドに入ったのはいいが、中央に大きな毒の沼地があるだけで、巨大な木の化け物、ヴェノムトレントは見当たらなかった。ゲームの時は、毒の沼地の中心にボスがいたのだが、周りを見回しても、それらしいものがいない。これは、予想が外れたかな。


 毒の沼地の周りを少し歩いていた時、沼地の中心から二つの赤い光が一瞬見えた。なんだ? 目を凝らして光った部分を確認しようとした時だった。


 ――ギャオオオオ! 


 甲高い咆哮と共に、沼地の中心から巨大な影がその姿を表した。人の数倍はある化け物であり、首は長く、見える範囲で腕は二つ、背後には長い尻尾のようなものが咆哮に合わせて左右に揺れている。背には二つの翼があり、眼光は鋭く赤い。俗にいわれるドラゴンである。しかし――


 顔は歪んでおり、腕はぼとぼとと音を立てて、張り付いていたであろう肉が沼の中に落ちていて、骨が生々しく見えている。尻尾は完全に骨だけであり、胴体部分も肉の腐敗が見て取れ、あばら骨が見え隠れしている。背に生えた右の翼はまだ形を保っているが、左の翼は完全に骨だけである。しかし、二つの赤い眼光は確実にこちらを捉えている。周辺には、ハエのような害虫が飛んでいるのもみえる。ヴェノムトレントなどでは決してない。


 ――いや、これは――ドラゴンゾンビ!


 すぐに太ももにあったぎんの短剣を抜き、右手に持ってドラゴンゾンビに向けて構える。マフラーの位置を正し、口鼻をマフラー越しに左手で抑える。

 

 ドラゴンゾンビも毒の霧を吐く。ヴェノムトレントと同じように、この沼地の毒を吐いていても不思議ではない。さらに加えれば、ドラゴンゾンビはヴェノムトレントよりも遥かに強い。ゾンビになっても相手を倒そうと襲ってくる、肉が削げ落ち、骨だけになっても戦い続ける、ドラゴンの、己を殺した相手へ向けた執念がなせる業であろうか。





 ……

 …………

 ………………





 うん。

 臭っ。

 くっさっ!



 ゾンビの腐敗臭? 刺激臭? 予想以上にきついんですけど! マフラー越しでもわかる、目が痛くなるほどの死臭! 毒の霧なんて可愛いもんだぜってくらいの! ゲームの時は当たり前のごとく臭いなんてわからないから、気にもしないんですけど、ここは悲しむべきかな異世界! 嗅覚に訴えかけてくる! きっつい! ゾンビ映画に出てくる皆さんは、こんな臭いとずっと戦っているんです!? 一匹でこれなんですけど!? あとドラゴンゾンビさん。骨から肉が時々落ちてるんですけど、べちょって! 肉がべちょって! 落ちる音がおかしいでしょ! もっと体を労わって! 

 

 強烈な臭いと大きな図体のゾンビが、グルルと呻きながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。ぎんの短剣を相手に向け、左手でマフラー越しに必死で鼻を抑えながら、思わず後ずさりしてしまう。


 こ、これとぎんの短剣で戦うの? 武器のリーチ短いんですけど!? あれに近づいて倒すの? 俺が!?


 あー!

 ぎんの短剣じゃなくて、

 弓矢を買ってくればよかった!

 弓矢を買ってくればよかった!

 弓矢を買ってくればよかった!


 ――ギャオオオオ!


 再びの咆哮と共に、ドラゴンゾンビがこちらに向かって突進してくるのがわかった。急いで回避行動をとり、奴からみて左斜め前方へ飛び込むように突進を躱す。すれ違いざまの臭いが、俺の目と鼻を襲う。あっ。目に涙が……振り向いて奴との距離を確認しつつ、後ろへステップを踏みながら距離を取る。奴は首をこちらに振り向けながら、ゆっくりと体をこちらに相対させる。首が大きく上へ伸びたかと思った時、奴の口の中から煙が見えた。


 ――ドラゴンブレス!


 この距離では左右には躱せない! ええい! 口からは吐き出された炎が、今立っている場所に到達する前に、奴の懐に潜り込む。


 短剣スキル【乱れ突き】!


 すぐにでもこの臭いと毒の霧から逃げるには、ドラゴンゾンビを早く倒すしかない!


 短剣が奴の胴体を三回突く。突く度に奴の体から変な汁が出てくる。奴の呻きが聞こえる。ダメージは入っている。奴の両腕がこちらを叩きつけるような動きを見せる。それを躱す為、大きく後ろにステップを踏む。腕はかすりもせず空を切る。よし。いったん距離を取って体勢を立て直し、もう一度スキルを――


 横から衝撃を受ける。奴が身体をひねった時に、長い尻尾がこちらを捉え、吹き飛ばされたのだ。ぐっ! 吹き飛ばされた衝撃で地面を転がる。すぐに起き上がる体制を取る。ダメージはそれほど受けていない。奴を見据えると、また、首を上へ大きく伸ばし始める。今度は紫色の煙が見える。


 ――ポイズンバレット!


 連続攻撃か! 飛んでくる弾の軌道を予測しながら、当たらないように横に跳躍する。何発も連続で撃ってくるポイズンバレットを、すんでのところで回避しながら、接近できるタイミングを探る。

 

 短剣の攻撃を当てるには、あの遠距離系砲弾を掻い潜って、もう一度懐に飛び込むしかない。特にドラゴンブレスは広範囲を炎に包む。近づけずに逃げ回っていると回避不可能なタイミングでそれを撃たれる。

 

 ポイズンバレットがうまく当たらないことにしびれを切らしたのか、咆哮と共に体を起き上がらせ、背中の翼をバッサバッサと動かし、再度こちらへむかって突進の体制をとる。

 もう一度回避を――いや! 回避と同時にタイミングを合わせて!

 ――巨体とすれ違う瞬間にスキルを発動する。【キャンセルブロウ】短剣の切っ先がドラゴンゾンビの横腹を斬りつける。呻き声と共に、まるで体の自由を奪われたように地面に滑り落ちるがごとく倒れ込む。いける! 倒れ込んだドラゴンゾンビの横を走り、頭にむかって【ヘビィスラッシュ】を打ち込む。骨を砕くような感触があったが、気にしてはいられない。ギャオオと奴が叫ぶ。首をこちらにもたげ、口から煙を出す。近距離からのドラゴンブレスだ。回避できるように奴の後方に回り込みながら、スキル【乱れ突き】を腐敗した体に打ち込む。痛みからか、ドラゴンブレスの範囲が先ほどより狭い。十分対処できる。尻尾の攻撃もよく見ていればかわせる。


 奴が体を起こし、距離を取る。近づかれるとまずいと思ったのだろう。ポイズンバレットを連発してくる。当たらないように気を付けているが、こうなると手が出せない。如何にして近づくか。魔法がきちんと使えたら、遠くからでもダメージを与えることができたんだけどなぁ。

 

 ――ダメージ覚悟の接近攻撃しかあるまい。ポイズンバレットが打ち終わったと思った時に、首を大きく伸ばしてドラゴンブレスを吐き出す。炎が眼前に迫ってきたので、駆け出してその炎へ飛び込んでいく。熱い。だが、耐えられないわけではない。炎を抜ければ、驚いた表情をしたドラゴンゾンビの顔が、目の前に迫っていた。【ヘビィスラッシュ】奴の顔面に渾身の一撃をぶつける。突然の攻撃に大きくたじろぐドラゴンゾンビ。腕を振り上げての薙ぎ払いの動作。続けざまに【キャンセルブロウ】を放ち、相手の動きを封じる。がら空きになった体部分に【乱れ突き】三連続の突きが体を引き裂く。腐敗した肉片が飛び散る。だが、今度は攻撃に怯むことはなく、奴の目はこちらをしっかりと睨み、自身を巻き込むような形で口からドラゴンブレスを吐く。直撃! 熱さと痛みが体に響く。しかし、このダメージは相手も受けている。これを耐えきれば大きなチャンスだ! 炎がおさまれば、奴は仕留めきれなかったことに驚いた顔をしており、その首を逃げるように上へ伸ばそうとしていた。

 

 ――逃がさん! 渾身の力を込めた【ヘビィスラッシュ】を下から切り上げるように奴の下顎に叩き込むように放つ! 骨の砕ける音が周囲に響く! 


 ――ギャオオオオオオオオ!


 首を大きくのけ反らせ、それに体が引っ張られるような形で大きく吹き飛び、ドラゴンゾンビは沼地の中心へ向けて、仰向けのまま倒れ込んだ。大きな断末魔が沼地に響く。


 ――仕留めたはずだ! 肩で息をしながら距離を取り、ドラゴンゾンビの次の行動を警戒する。長い断末魔が響いている。奴の尻尾の先から、骨部分がゆっくりと光になって消えていくのが確認できた。


 ほっ。これで一安心。これでパッシ村の人々も無事元の生活を続けられるだろう。ついでにこの臭いも消えてくれる。さらに初めて? のボスモンスターソロ討伐ってところか。今後に向けて、ちょっとは自信が持てそうだ。


 ――ギャオオオォォォ


 ドラゴンゾンビの体が光になって消えていく。しかし、無駄に断末魔が長いな。早く消えてゴールドになれよ。いや。あれ? この叫び声は倒れたドラゴンゾンビからでてはいないぞ? ドラゴンゾンビの体から目を離し、毒の沼地の奥に目を向けたその時である。


 ――ギャオオオオ!


 甲高い咆哮と共に、二つの大きな影が沼地から現れた。ああ。そりゃそうか。本来であれば、ボスモンスター一体で、この沼地全体を覆う毒の霧が展開されているのだ。もしも、霧がパッシ村まで届くほどの毒の量が散布されているのであれば、その発生源はいくつもあり濃度が高くなっているということであろう。単純に発生源の数が多ければ、その範囲は当然広がる。目の前のドラゴンゾンビ二体の登場に、額や背中に冷たい汗が流れるのが分かり、ひとり静かに呟いた。


「は、ははは……毒に死臭に大量の腐乱死体とは。現世の地獄とは、今まさにここであるな」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ