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 ラッセルさんの家から出た後、村の入口近くの宿屋に入り、店のカウンターにいる宿屋の店主に一泊の手続きをお願いする。何か気になったので、この村に変わったことが起きていないか、聞いてみることにした。村に入った時に感じた違和感の正体、その情報が、少しでも欲しかったのだ。


「あんた冒険者か? そうかエルフか……やっぱり何か分かるのか? いや待て。俺と話すより、村長と話してもらったほうが早い。ちょっと待っててくれ」


 店主の口ぶりから、村に何かが起きているのは、どうやら確かなようだ。村長も何か知っているらしい。宿屋の店主は、他の店員に店を任せる準備をし始めた。それが終わると、「ついてきてくれ。村長のところで事情を話そう」といって歩き出した。その後ろをついていくこととする。夕食は少し後になりそうだな。



「村長。ちょっと話したいことがあるんだ。この村の……最近のことについて」

 村の最奥にある、木造二階建ての立派な家の玄関である。宿屋の店主が扉を叩きながら、声を上げる。家の中から人の足音が近づいてきた後、ガタッと何かを動かす音がして、玄関の扉が開いた。そこから、一人の男、見た目は60歳くらいの、白髪交じりの男性が出てきた。宿屋の店主と同じく獣耳はなく、人間種のようだ。


「どうしたんだ。こんな時間に突然。何かわかったのか?」

 宿屋の店主に男性が声をかける。どうやら、この人が村長のようだ。


「村長。いやね。この冒険者さんが、この村に何か変なことが起きてるんじゃないかっていうんだよ。外から来た人だからよ。俺達じゃわからないことに気づいてくれたかもしれねえんだ。ここ数日のこと、この人に全部話してみてくれよ」


「冒険者? おっと、お客人でしたか。こちらへどうぞ」

 家の中へ案内される。大きな机といくつも並んだ椅子がある部屋に通される。村長に着席を促されたので、傍にある木でできた椅子へ座る。村長の後ろの扉から、老婦人がトレイに三人分のティーセットを運んできて、目の前の机に紅茶を置いてくれた。それを飲みながら、村長の話を聞く。


「皆、夜になると酷く疲れるというんです。体が重いとか、どうも力が出ないとか。朝になるとケロッと元気になるので、気にしない者がほとんどだったのですが。ここ最近、長い間体調が戻らないような人が増えてきました。一度体調を崩して寝込むと、なかなか元気が戻らないというんです。ラムドラの街の病院の医者にも、何度か足を運んで、見てもらったのですが、原因が分からず……」


 ラッセルさんがハンナさんの薬を、ラムドラの病院まで取りに行っていたのも、これが原因のようだ。今回の件、村長の話を聞いて、ゲーム時代の記憶を元に考えると、大体の予想がつく。右手の指輪を見れば、まだ宝石部分が光っている。しかし、この状況をどうやって説明しようか……鞄から教科書を取り出し、見比べながら確認したい内容を羊皮紙に書く。意味が伝わるかわからない。でも、確認しておかなくては。書き出した項目をひとつひとつ指で指し示す。


「体調が戻らない者が出始めた時期……ですか? うーん。六日ほど前……ですかね」

「ジルダばあさんが腰を悪くした頃だから、七日はたってるよ。村長」

「おおそうか。そうだった七日はたってる」


「今の時期にこの村に吹き込んでくる風はどの方角からかって……今の時期は南西のグルッグ渓谷から流れ込んでくる季節風があるくらいですかな」「夏暖かく、冬は寒いんだ。この辺りはな」

 やっぱり。風上がグルッグ渓谷であるならその前にあるのは……。


「村に出入りしている者で、体調を崩した者はいないかですか……行商のバドや定期便を運んでいるラッチは、三日毎に街と村に出入りはしておりますが、体調が悪くなったとは聞いておりません。仕事が辛いなどとは、よく言っておりますが」

 村を出入りする者には、ほとんど効果がない……予想通りの内容だ……しかし、そんなことがあるのか……右手で顎を支えるようにして、考えをまとめようとする。右手の指輪がちらっと光るのが見えた。

 

「あの……この村に一体、何が起きているのでしょうか?」

 村長が、おそるおそる話しかけてきた。

 

 少し考えた後、別の羊皮紙にペンを走らせる。

 村長と宿屋の店主が、固唾を呑んで見守っている。


「村全体に毒霧が広まっている……ですか!? そんな!?」

 村長の何かの間違いだという目を否定するように、深く頷いて答える。


「そんなばかな!? だってよ、村のみんなは毒になってるなんて思えないくらい、ピンピンしてるんだぜ!?」

 確かにそうだ。毒状態であれば、明らかに体調が悪くなる。長い毒状態ならば大きくHPが減るからだ。


 状態異常のひとつ、毒状態。ゲームでは、徐々にHPが減少してしまう状態で、いろんなゲームでも必ずと言っていいほど登場する状態異常だ。一般には、毒状態になるとターンや時間などの時が経つほどに、一定割合又は一定の数値のHPが減少し、プレイヤーを苦しめる。毒状態のままで移動すると移動した距離に合わせてHPが減るなんてのもある。BCO内では、毒状態の時間が長くなるごとに、プレイヤーに一定割合のダメージを与える状態異常だ。この毒状態、なかなかにうっとうしいが、ゲーム時間で五分もすれば自然と回復するので、HPに余裕がないときや、戦闘中でもない限り、致命傷になるような状態異常ではない。


 この話の疑念はひとつ……村人には何も影響がないように見えるような毒、そんなものがあるのだろうかということ。しかし、右手の人差し指にさした【解毒の指輪】は、村長の家の中のはずなのに、今も宝石部分が光り輝いて、反応している。この村全体が、毒状態であることは間違いないのだ。


「そんな……ここしばらくは、毒霧の中を、何も知らずにずっと生活してたっていうことかよ……」


 ずっと? 毒状態が常に? 村人にわからないほどの毒……HPの減り……時間……そうか! 薄く、弱い毒霧であるならば、HPへのダメージ量は少ない。さらに、ダメージを受ける間隔が恐ろしく長いとすれば、体調を崩した村人が、回復しなくなる……HPが最大値まで戻らないとすれば、この現象も理解できる。村から出れば、この毒霧の効果は、数分で消えるのであろう。この村出身のラッセルさんやリタが、ラムドラの街まで行って、体調を崩すことなく、無事に戻ってきたことも納得ができる。


 つまり、三十分や一時間等の長い間隔で1ダメージを受けると仮定すれば、朝起きて、夜寝るまで、毎間隔で1ダメージを受け続ける。HPは睡眠を取れば回復するものと考え、体調を落とした村人が、うまくHPを最大値まで回復できない状態であるとするならば、薬草などでHPを回復せずに過ごせば、HPが日に日に減少していき、いつかは0になる。つまり、死んでしまう。この薄く弱い毒霧は、村全体をゆっくりと死へ引き込む恐ろしい呪いのようなものだ。この毒霧が晴れない限り、パッシ村に未来はない。常に毒霧が充満している以上、毒消し草を使って毒状態を治したところで、すぐに上書きされる。それはどんなに高名な医者や【僧侶】が、状態異常を治してくれたとしても同じだろう。村にいるだけで、毒状態となる。毒状態を常に無効にする【解毒の指輪】がなければ、おそらく、気づかないであろう村に広がる静かな死への呪い。【解毒の指輪】を村人全員に渡すことができれば、ある種問題は解決するのかもしれないが、とてもじゃないが現実的ではない。


「私たちはどうすれば……」

 村長が、 失意に満ちた顔で頭を抱えている。村に住んでいる者の代表として、そうなるのも仕方ないことだと思う。


 これはおそらく、この指輪を装備している俺にしかできないことであろう。ラッセルさん、ハンナさん、リタが住んでいるこの村を、見捨てることはできまい。


「まかせて」

 羊皮紙に書いて見せる。二人は「何か考えがあるんですか!?」と同時に声を上げる。


「毒霧の発生源を叩く」

 羊皮紙にさらに文字を書いて、二人に見せる。きわめて単純で、分かりやすい解決法だ。


~~

~~~


 朝の光が、部屋の窓から漏れてくる。小鳥たちが、うるさいようにさえずりあっているのも聞こえてきた。ベッドの上で体を起こし、ボサボサになった頭をかく。寝惚け眼をこすりながら、窓から見える範囲で空を見上げれば、昨日と同じように快晴である。この村が、毒霧に覆われているなどとは思えないほどに、朝の澄み切った空気も感じることができる。ふと、右手を見れば、やはりまだ、指輪の宝石部分が光っている。目を瞑り、俺が今日何をしなければいけないかを思い出す。顔をパンと両手で叩き、気合を入れる。よし。



 一度、ラッセルさんの家へ寄っていこうと宿屋を出ようとしたところで、宿屋の店主から声を掛けられた。


「なあ。あんた。本当に一人でいくのかい? 誰かと一緒に……」

 心配しているのだろう。だが、今回ばかりは同行者は連れていくことはできない。毒霧は、発生源に近づけば近づくほど強くなる。【解毒の指輪】を装備していない者が近づけば、強い毒状態になり、すぐにHPが減り死ぬかもしれないのだ。店主の言葉に首を左右に振る。


「そうかい……気をつけてくれよな……」

 宿屋の店主が不安そうな顔で俺を送り出す。ああ。そうだった。あのぉ……ちょっとお願いがあるんですけどぉ……このマントなんですけどぉ。お洗濯お願いしてもいいですかね。ちょっと背中に大きなシミができちゃったっていうか。まあ汚れちゃったんでぇ。明日には取りに来るんで。「まあ、その程度なら、かまわないけどよ……」ほっ。助かります。お願いしますね。



 着ているローブの一部分を手で隠しながら、ラッセルさんの家へ近づいた時に、家の玄関の扉が開いてハンナさんが出てきた。朝のゴミ出しや水くみといった家事の途中だろうか。


「あら。セルビィさん。おはようございます」

 挨拶を込めて、頭を下げる。羊皮紙に「お加減はいかがですか?」と書いてみせる。今まで寝込んでいたというハンナさんの状態は、昨日から気になっていた。


「もうすっかり大丈夫。頂いたエルフのお薬がよく効いたのかしら? 何から何までありがとうございますね」

 ハンナさんは膝を軽く曲げてお辞儀をした。そこまでされることをもないので、両手や首を左右に振って、気にしないでということを伝える。そもそも、エルフの妙薬などというものはない。そんなものを持っていたら、とっくの昔に俺が使っている。あれはただの回復薬と毒消し草だ。もしもHPが減っているだけならば、HPを回復させることで体調が戻るだろうし、毒状態であったならば、毒消し草で治ると考えたからだ。ハンナさんの顔色を見れば、昨日よりは顔色がよい。回復薬によって、HPは回復できたとみてよいだろう。右手の指輪を見れば、ここでも宝石部分は光っている。村全体に広がっている毒は、消えていない。


「どうかしましたか? ああ。そうだわ。リター! セルビィさんが会いに来てくれましたよー!」

 ひぃぃ! 呼ばなくてもいいです!


「えっ!? セルビィお姉ちゃんが来てるのー?」

 家の中から外まで聞こえてくるような、大きな足音が響く。

「あっ! セルビィお姉ちゃんー!」

 こちらを見かけた途端、手を前に出しながらこっちに向かって突進してくる。よ、避けるか……!? しかし、猪突猛進娘は意外に速かった。ぐえっ! リタの頭頂部はためらいなく俺のみぞおちを捉え、的確に腰を狙ったかのような質量が、俺の足下をふらつかせる。

 お母さん……この子、いいタックル持ってますよ……! 大物になります。俺が保証しますよ……!


「お姉ちゃん! 今日も一緒に遊べるの?」

 衝撃を受けたお腹を押さえながら、首を横に振る。「えぇー……」凄く残念そうにリタが声を出す。羊皮紙に「村長さんから頼まれた仕事がある。また今度ね」と書いて伝える。

「リタ。あんまり我儘ばかりいってはいけませんよ」

「うぅ……わかった……お姉ちゃん? それはなぁに?」

 リタは俺の腹部にある、ピンク色のハートを指さす。


「まあ。リタ。それはハートのアップリケね。そうね。セルビィさんもオシャレをしてるのよ。セルビィさんも年頃の女の子で、可愛いものが好きなのね」うんうんとハンナさんが頷いている。


「リタもおんなじやつが欲しい!」

「あら。リタはちょうちょの柄や、お花の柄のほうが好きだって、いつもいっていたじゃない」

「ハート柄のが欲しくなったの!」

「分かったわ。セルビィさんと一緒のものがほしいのね。それなら、これからハート柄のついた新しい服を作るわ! お母さん頑張るから!」

「ありがとうお母さん!」

 親子の仲睦まじい会話が行われている。


 ふ、複雑……!


 これは、ラムドラの街の防具屋の店員が、修繕用に仕方なくつけてくれたものだ。個人的には、こんなに恥ずかしいローブは、もう二度と着たくないのだが、マントを洗濯に出した手前、これを着るしかない。どんなエンチャントが付与しているかわからないこのローブ、恥ずかしいのを我慢して着ているのだ。リタの為とはいえ、そんなローブを元にしたような、ハート柄のついた衣服を作るなんて、こちらにとっては、考えるだけで恥ずかしくてたまらないので、絶対にやめてほしい。リタの新しい服が完成する前に、この村を離れ、次の目的地に行こう。それがよさそうだ。うん。


 二人に仕事があることを告げ、別れの挨拶をした後、村の道具屋でアイテムの補充を行う。今後のことを考えて、毒消し草や、鼻と口部分を覆い、毒霧を防ぐ為の、首に巻くマフラーのようなものを購入しておく。指輪があるとはいえ、毒霧や粉塵を防ぐ目的のマスクのようなものが必要であると思ったのだ。購入したマフラーを首に巻く。口鼻は隠れるが、あ、暑い……


 村から出て、目的地に向かう為に、村の入口を目指す。村の入口には、昨日と同じように木でできた門構えと二人の門番、そして、村長が待っていた。


「本当に一人で向かわれるおつもりとは……」

 深く頷いて答える。鞄から丸めた羊皮紙を取り出し、村長に手渡す。もしもの時の為、昨日のうちに今後のことを書き記しておいたものだ。「これは?」村長が羊皮紙を読み始める。

 

 「私が明日の夕刻までに戻らなければ、問題の解決に失敗して死んだものとして、村に住むのを一旦諦め、村から村人全員を逃がすこと。特に、最優先で病人や体調不良を訴える人を、ラムドラやヴァルエリムの街へ移動させること。その後、街の自警団やギルドの冒険者に、『闇森の沼地』のボスモンスター討伐の依頼を出すこと。『闇森の沼地』は、常に毒霧が充満していることを必ず知らせること」


 そのようなことを記した羊皮紙である。村長はそれを読んで「なんと……!」とワナワナと体が震えている。毒霧の発生源の当たりはつけている。だが、もしかしたら、俺がそいつにやられてしまう可能性もある。そのような状態となり、戻ってこれなかった場合の対処法を、教えておいたほうがよいと思ったのだ。幸い、この毒霧は、村から離れるだけで、影響はでない。

 

 村長が、「お気をつけて……!」と深く頭を下げている。

「ご武運を!」門番二人から敬礼をされて送り出される。なんだか変な感じだな。


 村を救うとか、深く考えすぎなのかな。これは、いわゆる一人での、ソロダンジョン攻略。『闇森の沼地』というダンジョンを攻略し、そこの最奥にいる、毒霧の発生源たる、ボスモンスターを倒して帰ってくるだけだ。ゲームの中では、よくある話だ。グルッグ渓谷のパッシ村から見て、手前にあるという『闇森の沼地』ここを目指して、しっかりと足を踏みしめながら、目的地への道を進んでいく。



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