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 3000ゴールド。

 ラッセルさんが出してくれた、二人をパッシ村へ護衛しながら送り届ける報酬である。しかも全額一括前払い。冒険者一人に払う金額としては、大金といってもいい。相場は分からないが、パッシ村までの護衛料としては、どう考えても高い部類だろう。


 安全を考慮して、村までの護衛として雇われたのだが、パッシ村までの道中、出てくるモンスターが強いとか、厄介であるというわけではない。確かにこの街道には、毒の状態異常攻撃をしてくるモンスターが何体かいるはずだが、手こずるようなものが出てくる場所ではない。というよりも、リタの父親であるラッセルさん、この人が、出てくるモンスターをガンガン仕留めていくのだ。雇われたはずの俺の出番はない。高い攻撃力、素早さを駆使して、手持ちのハンドアクスで、出てくるモンスターを次々と屠る。護衛など必要ないのでは、と思うほどだ。


 種族【獣人】

 伝承やフィクションに登場する、人型と他の動物の外見を合わせ持つ人種。BCO内では、獣耳と尻尾があり、基本は人間種と同じだが、全身を毛皮で包まれている者もいる。だが、全身動物と同じであるといったようなものではなく、あまり人間種と変化のない種族に落ち着いている。キャラクターメイキングでは、キャラクターに動物の髭や犬鼻、猫鼻等もつけることができた。嗅覚が鋭く、高い瞬発力を生む恵まれた脚力、他種族を凌駕する攻撃力も持ち合わせているが、魔力や魔法耐性は全種族の中で最下位である。他種族の中で、エルフの素早さを上回る種族は、この獣人種だけだ。この種族の出身地は各地に点在しており、他の種族と比べて、最も人間種と馴染みがあり、多くの村々で共同生活を送っている種族だ。パッシ村も、ゲームの時と同じであれば、人間種と獣人種が、どちらが上ともなく生活している村である。


 ラッセルさんが用意した大金である3000ゴールド。この金額の意味は、村までの道中をモンスターから守ってほしい、というものではなかったのだ。もっと大変で重要な役目であった。彼の娘、リタの相手をしてくれる相手が必要だったのだ。ラムドラの街を出発して半刻ほどで、既に嫌というほど分かったことがある。


 リタは好奇心が服を着て歩いているような子供であった。


 東の方角から川の涼しげな水音が聞こえれば、ラッセルさんの忠告も聞かず走っていき、服のまま川に飛び込もうとし、西の木々の根元に、蛍光色の強いキノコを見つければ、おいしそう、とちぎって食べようとし、南の木々の枝に小鳥やリスがみえた途端に、全力疾走をして木登りを始め、その行動に驚かれ逃げられて残念がったり、北でモンスターの相手をしているラッセルさんを応援していたかと思えば、目の前を横切ったちょうちょを追って、脇の茂みに入っていこうとしたり、かと思えば、人の背後に回り込み、また背中に乗ってエルフの耳で遊びだす始末。


 これは……モンスターと戦うより辛い……


 つまり子守である。大金の理由は子守であった。パッシ村からラムドラの街まで、護衛を依頼されたであろう冒険者も、この子に相当苦労したのではないだろうか。とにかく気が抜けない。何をしだすか戦々恐々。ハラハラである。


「この辺りで、休憩もかねて昼食にしましょうか」

 ラッセルさんがこちらに向かって声をかけてくれた。


「やったーお昼ー!」

 背中に乗っているリタが喜びの声を上げる。やっと一息つけるかな……


 街道を少し外れたところにある、見晴らしの良い川岸にて、座るにちょうどよい石の上に腰を掛け、昼食を食べる。ラムドラの街から持ってきた、パンやミルクを少しずつ食べながら、腹を満たす。


「こらリタ。ちゃんと座って食べなさい」

「はぁーい」

 食事中でもせわしない子だ。そわそわと動きながらパンをかじっていたリタが、ラッセルさんの横に座った。


「すいませんセルビィさん。娘が迷惑ばかりかけて。ほら。ちゃんとお礼を言いなさい」

「お姉ちゃん。ありがとう!」

 勢い良く頭を下げるリタ。軽く会釈し、それに答える。

「えへへ!」


「このまま言うことを聞かずにふらふらしていると、お母さんのところにつくのが遅くなるんだぞ!」

「それはやだ!」

「だったら、もう少し静かにしていなさい」

「うー……わかった……」


 リタは、ラッセルさんに注意されたことで少し落ち着いたように見える。昼食も終わり、パッシ村への街道を歩く。リタはラッセルさんと並んで、拾った木の棒を振り回している。まだまだ元気のようだ。そう感じながら、しばらく歩いていたのだが、リタの頭がふらふらしだした。ラッセルさんもちょっとした異変に気づいたようだ。


「どうした? 眠いのか?」

「ん……」

 眠い目を擦っているようだ。どうやら、昼過ぎを超えた辺りで、リタの限界がきた。


「村に帰れるからってはしゃぎ過ぎたんだ。ほら。お父ちゃんがおんぶしてやろう」


「いい……」

 そういいながら、こちらに向かってふらふらと歩いてくるリタ。あれ? 眠いんじゃないのか? また何か見つけたのか? などと考えていたら、俺の後ろに歩いていって、人の背中にのそのそと昇り始める。そして登った後に、すやすやと寝息を立て始めた。おいぃ!? 


「よっぽどセルビィさんの背中が気に入ったようですね。ははは」

 笑い事じゃなくてですね。できれば変わってほしい。なぜなら、ラムドラの街で買ったマントが、よだれでしっとりしてきているのが、背中越しにもわかるからだ。


「本当にありがとうございます。セルビィさん。娘もあれで頑固なもので、どうやって予定変更の説得しようかと思っていたのです。引き受けてくれて助かりました」


「本当は、家内の薬を街まで取りに行くだけ、一日二日程度の事ですから、リタは家に残しておくつもりだったのですが、病気の家内のそばにリタを置いておくと、ゆっくり休めないだろうと思って、無理して連れてきたのです」

 元気娘ですからね。これならその気持ち、よくわかります。落ちそうになる背中に乗せた大事な荷物を、ぐっと上のほうに乗せ直す。


「このままいけば、日が沈む前には、パッシ村へ着くことができるでしょう。リタが起きる前に、急ぎましょうか。目が覚めたら、また事ですので」

 ラッセルさんが、リタの寝顔を見ながら、軽く微笑んだ。


~~


 夕刻前には、目の前にパッシ村が見えてきた。ハジ村と同程度といったところか。村全体は木の柵で囲われており、木造の家々が並んでいる。中央には、巨大な木々が何本か並んでいる。村の入口付近までついたところで、ラッセルさんがリタに声をかける。入口には、木の門が設けてあり、門番のような人影も二つ見える。 


「ほら。リタ。村に着いたぞ」


「……ほえ?」

 寝息を立てて眠っていたリタが目を覚ます。


「おうち着いたのー?」

 ずっと背中に乗せていたリタがバタバタとして降りようとした為、しゃがんで足がつくようにしてあげる。リタは地面に足がつくと、すぐに村へ向かって走っていく。ふう。そのままの意味で、肩の荷が下りた。


「お母さーん! 帰ってきたよー!」

 数秒前まで眠っていたとは思えないほど、元気に走り出す。ラッセルさんもその後に続いて、入口に歩いていく。木でできた門構えがあり、槍を持った門番が二人いるが、リタやラッセルさんと親しそうに挨拶を交わしていた。俺も入口の門番二人に会釈をした後、村に入る。


 ……うん? なんだ? 何か違和感が……

 ……気のせいか?


「セルビィさん! こちらです!」

 一軒の家の前で、ラッセルさんが手を振っている。リタの姿は見えないが、家の扉が開け放たれており、突撃していったのが分かる。「申し訳ありませんが、ここで少し待っていてください」とラッセルさんが言い、家の中へ入っていく。

 

「おかあさん! お薬貰ってきたの!」

「ハンナ。今帰ったぞ」

 二人の大きな声が、家の中から聞こえてきた。


「あなた。リタ。おかえりなさい。リタはちゃんとお父さんのお手伝いできた?」

 二人とは違う声。リタの母親だろう。こちらはあまり大きな声ではない。


「うん! 大丈夫! あと、セルビィお姉ちゃんにたくさん遊んでもらったよ!」

「セルビィさん?」


「村まで同行してくれた、冒険者の方だよ」

 奥の部屋で母親と話しているのだろう。家の扉から覗ける範囲では、ベッドの足らしきものしか見えない。


「おい。起きて大丈夫か? 余り顔色がよくないぞ?」

 先ほどより声のトーンが低い、元気がない声だ。


「平気よ。二日もベッドで横になっていて退屈なの。動けないほどじゃないわ。それにお客さんに挨拶もしたいから」

 白いブランケットを肩にかけた獣人種の女性が、奥の部屋から出てくる。髪はラッセルさんやリタとは違い、栗色であり、肩まで伸びたロングヘアーだが、毛先には少し癖があるようだ。やはり頭頂部には、獣耳、犬耳というよりはどちらかといえば狐耳だろうか。顔色は、ラッセルさんやリタと比べると、明らかに白い。


「あなたがセルビィさん? リタの母親のハンナです。はじめまして。この度は、リタがご迷惑をおかけしまして、何とお礼をいっていいか」

 頭を下げられる。そんなことはないと両手と首を振り、それに答える。


「そうだわ! 夕食をご一緒しませんか? 今から私が作ります! リタと遊んでくれたんですもの! 何かお礼がしたいの。それがいいわ!」 

「おい。無理をするな。もっと体を安静にだな」

 ラッセルさんが止めようとする。このままだと病人に無理をさせてしまうな。羊皮紙とペンを取り出し、「夕食は宿屋で食べます。お気になさらず。お体を大事に」と簡単に書いて伝える。


「あら? そう? 私はぜんぜん大丈夫だと思うのだけれど……」

「そうはみえん。あとは俺がやるから。お前はベッドで休むんだ」

 

 ハンナさんの顔色はあまりよくない。それは俺にでもよくわかる。嫌な予感がする。ふと、自分の右手人差し指につけている指輪を見れば、宝石部分が輝いているのが分かった。

 思いついたように鞄から液体が入ったビンと紫色の花がついた草を取り出し、「エルフの妙薬。煎じて飲むと元気出る」と同時に取り出した羊皮紙に走り書いて、ハンナさんに渡す。


「あら? もらってよろしいんですか? エルフの持ってるお薬なんて、病院のお薬よりも効果がありそうね」ふふふとハンナさんが軽い笑い声を立てた。


「えー? お姉ちゃん一緒にご飯食べないのー?」

 リタがふてくされている。今日は静かにしてるんだぞ。元気娘。


 家の前で、三人に別れを告げて、宿屋を目指す。「お姉ちゃーん! また明日ねー!」リタが手を振っているのが見えたので、軽く手を振り返す。明日も彼女の相手をするのは、勘弁願いたいが。

 

 周りは、家々の明かりが暗闇を照らしている。もう夜だ。空には雲が多く流れており、月が時々見え隠れしている。

 

 村に入った時から、違和感があった。このパッシ村、何かがおかしい。


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