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次の日の朝。
防具屋との約束は昼頃なので、掘り出し物屋を探して街を歩くことにする。ラムドラの街は、非常に大きい。建物の多くは、頑丈な石造りのものが多く、中央をまっすぐ南から北へと抜ける石畳の大通りが走っている。街の外郭は、コドリの街よりも立派な外壁が高く街を囲んでおり、モンスターの襲撃にも、堅固に守りきることができると想像できる造りだ。
どちらかといえば商業都市と呼ばれているように、商店が多い。街の中央にある広場には、数多くの露店が並んでおり、色々な食料品や雑貨などを売っている。ゲームの時は、プレイヤーが運営する露店などがメインで並んでいたので、この光景にはそれほど違和感はなかった。広場の露店を見回ってみたが、ゲームと同じようなプレイヤーの露店は見当たらなかった。もしかしたら他のプレイヤーも召喚されて、露店でも開いていないかと期待したのだが、少し気分が沈む。
この広場の中には、一軒だけ、ゲーム時代から存在している特殊な店がある。掘り出し物屋と呼ばれていた露店である。この掘り出し物屋、並べられるアイテムの種類が毎日変わるもので、ゲームの説明文では、プレイヤーがモンスターから入手し、いらないからと店へと売却したアイテムを、店側が商品として販売するという内容だった。なので、店にはある程度のアイテム販売テーブルが設定されている以外は、基本的に並ぶ商品は日によって変わってくる。それは、武器だったり、防具だったり、アクセサリだったり、回復アイテムだったり。時には、序盤中盤のプレイヤーには入手困難なレアアイテムが並んでいることもあり、長い時間アイテム集めをしなくても、ゴールドによって入手可能なのである。まあ、ランダム要素はあるけれど、初心者向けの救済処置というものだろう。この店で必要なものが入手できれば、レアアイテム収集の為に、無駄な時間を費やさなくてもよくなる。できれば、今後の道中のことも考えて、アレがあってほしい。
「いらっしゃい。いいもの揃ってるよ」
掘り出し物屋の親父に商品を見せてもらう。
【解毒の指輪】! ある! 4000ゴールド!
これも高い! 迷う。今後の生活費が軽く吹き飛ぶ値段だ。
【解毒の指輪】
これは、装備することで、毒攻撃等の毒による状態異常を完全無効化する指輪だ。これを装備できれば、今後の毒状態とする攻撃はすべて無効化できる。あると便利なのだが……高い。いやしかし。買わずに苦労するより、買ってから苦労するほうがよいか……。か、買います! というか、これ以外にもいいもの並んでやがる!
お金が……
少し早いが、立ち並ぶ露店にて、昼食用の食べ物を買って食べる。食べ終えた頃に向かう次の場所は、武器屋だ。【素手】状態のほうがスキル込みでダメージが出ると思って、装備はなしでもしばらくは行けるかなと考えていたのだが、ラマトラーの戦いで、見事にその考えが打ち砕かれた。拳が耐えられずに怪我をしてしまう。敵にダメージを与える前に、体がボロボロになりそうなので、このままではまずい。なにがしかの武器を用いての攻撃に切り替えよう。
「武器屋へようこそ!」
店に入れば、武器屋の筋肉質な店員が挨拶をしてくる。【魔導士】が装備できるうちの武器種【弓】【ロッド】等でもいいが、ここは【短剣】を購入しておきたい。いや、決して他の武器種は値段が張る割に効果が薄いとかじゃないですよ。
ちなみに、【魔導士】が装備できる武器種以外の武器を装備するとどうなるか、ふと気になったのでこの武器屋で調べてみることにする。例えばこの武器種【剣】! これを装備するとどうなるか。【剣】を手に持ったいわゆる装備状態で30秒くらい経つと、手全体が震えだした。さらに30秒、その状態のままで待っていると、腕全体が痙攣したようにカタカタと震えだす。そこからさらに1分ほど待つと、なんと体全体がぶるぶると震えだす! わぉ! 拒絶反応が凄すぎる。さらに、装備できない武器を持っていると武器屋の店員が、10秒間隔くらいに「おいおい そいつは あんたには そうびできないぜ」と語りかけてくるおまけつき! あくまでもゲームシステムにのっとった武器防具で、魔神討伐を目指すしかないという、なんともガッカリな結果だ。ホントのゲームじゃないんだから、そこまでしなくてもと思う。
「毎度あり!」
【ぎんの短剣】を購入し、店を出る。時間もいい頃合いとなったので、その足で隣の防具屋へと足を進める。防具屋の扉を開ければ、昨日と同じように、ドアベルがカランカランと鳴り響いた。
「いらっしゃい! おっ! 待ってたよー!」
獣人種の店員が、ニコニコしながらこちらに手招きをしている。
「さあ! 着てみて! 着てみて!」
採寸された【ぎんのむねあて】を渡され、更衣室のようなスペースに押し込まれる。着ているマントや服を脱いで、渡された装備を着込んでいく。アンダーがこれで、胸当て部分がこれで、靴部分も銀製の脛当てが付いた、ふくらはぎが隠れる程度の長靴のようだ。
うん? このヒラヒラしたのはなんだ?
いやまさかこれは。つまりスカートでは?
いや、まあこれも着ますけど。渡されたものをすべて着終わったのを確認し、更衣室から出る。
「ほらほら! まずはご観覧あれー!」
そう言いながら獣人種の店員が、全身が映る鏡を俺の前にドンと置く。おお。こりゃエルフ。紛うことなき、ファンタジー世界、ゲーム世界に出てくる、みんなの知ってるエルフ。どこにいたんだこんなエルフ。この異世界に来て初めて見ましたよ。上半身を左右に少々ひねりながら、装備品におかしなところがないか確認する。胸当て部分も問題なく、靴やアンダーも体に合わせてしっくりくる。唯一の不満点はこのスカートか……。まあね。俺も見るのは好きですよ。でもね。太ももっていうのは第二の心臓って呼ばれるくらい重要な部分なんですよ。そこをさ、ちょっと出し過ぎっていうか。ここは、一瞬の油断が生死を左右する異世界じゃないですか。それを膝上何センチだよっていう装備で行くよりも、ガチガチに守っていきたいっていう、荒ぶる戦士の魂がですね。
「気になる? でもそこは、やっぱりロマンを求めないとねぇ」
獣人種の店員がうんうんと頷いている。
え? 何? ロマン? ロマンか。ロマンじゃあ……仕方ない……かなぁ……。しぶしぶ受け入れることとする。
「あー……それと、預かってたローブの事なんだけど……」
「ごめーん。一般的なローブだと思ってたから安請け合いしちゃったけど、まさか魔法がエンチャントされてるなんて知らなかったの。エンチャント修繕用の余ってる材料がこれくらいしかなくって、ちょっとワンポイントが入っちゃったけど、可愛いから、許してくれるよね?」
【エンチャント】
エンチャントとは、魔法をかける、魅するを意味する。ゲームでは主に、武器、防具、道具に付加能力をつけることである。装備品に魔法の効果を付与し、その魔法を武器や道具の能力として使うのだ。火属性付与という種類のエンチャントを武器につければ、武器に火属性の効果が付く、といったようなものである。
黒いローブのちょうど左腹部に当たる部分に、見事なまでのピンク色。ハートマークのアップリケが刺繍されている。おい! ちょっと! イメージ! これじゃここが弱点ですよ、みたいになってしまっている。というか、このローブに魔法がエンチャントされてるって!? 全く気付かなかったんですけど! 魔神討伐に時間かかり過ぎたら死ぬとか、そういう呪いの類いを付与してないだろうな王女様! 何が付与されているかわからないのが怖い! もう着れないっていうか着たくないよこれ!
「……あんまり気に入ってない? ほんとにごめんね。このままじゃ悪いから、おまけにこの短剣を収納できる革帯をあげるから許してー。この革帯はね。お客さんみたいに背中にマントと大鞄を持って動き回るような人が、武器の取り回しがしやすいように、太ももに取り付けることで短剣みたいなのを収納できるタイプなんだよ! ……ほらぴったり!」
これはレッグシースと呼ばれるものだろう。先ほど購入した【ぎんの短剣】を左の太もも部分に取り付けた革製部分に収納する。……確かに取り回しはしやすいけども、店員の手のひらでコロコロ踊らされているようで、なんか釈然としない。
「いやあ! 久々にいい仕事したなぁー!」
やり切った感を出す彼女。
……こっちは無駄に疲れましたよ……
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今日の予定として、もう一つ。武器種【短剣】のスキル確認を行う。ラマトラーの戦いにおいて、武器種【素手】のアクティブスキルの発動方法が掴めたので、【短剣】のスキルがきちんと扱えるかどうか。一年間ゲームから遠ざかっていた為、どんなスキル振りをして何を習得していたのか、確認しておきたいのだ。街を出て、フィールドモンスターを探すこととする。このラムドラの街周辺にいるモンスターは、ゴブリンよりは強いが、苦戦するほどのものでもない。街が遠くに見える程度の場所において、モンスターを探す。ゴブリンによく似たグレムリン、常に群れで行動しながら獲物を狙うサベージウルフ、人の頭以上の大きさを持った吸血虫モスマント等のモンスターと戦い、ぎんの短剣を装備した状態のスキルをひとつひとつ確認していく。
【キャンセルブロウ】
与えるダメージ量は少ないが、相手の次の行動を、確率でキャンセルさせる剣撃を放つ短剣の技だ。これが使えるか使えないかで、短剣での戦い方が変わってくる。今のところ、スキルの使用感に問題はないみたいだ。そして、ゲームと同じように、使用後はクールタイムが発生し、連発はできない。
【乱れ突き】
短剣による突きを三連続で行うスキル。攻撃力の低い短剣での戦いにおいては、【素手】と同じように手数が大事となる。その要となるスキルだろう。
【ヘビィスラッシュ】
力を込めて放つことで、通常時の4倍近いダメージを叩ぎだすスキル。命中率は少し下がるが、確率で相手の素早さを下げる。こちらも低い攻撃力を補うスキルだ。
今後有用そうなスキルはこの三つかな。他にも【スリープダガー】【ポイズンファング】等の状態異常付加スキルを確認できたが、魔族のようなボスクラスは大抵状態異常適性値が高く、これらのスキルそのものの成功率も低い。【MPスティール】なんて、魔法が使えずにMPが溜まりっぱなしの今の状態では、使う意味もないスキルだ。先にあげた三つのスキルを用いた戦い方で、なんとか頑張るしかない。
スキル確認の為に倒したモンスターのゴールドを回収した後、日が暮れる前に、街へ戻ることにした。
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本日の天気快晴! 絶好の冒険日和!
よし!
武器も買った!
防具も揃えた!
アイテムも必要そうなものはすべて揃えた!
水と食料も必要分は確保してある!
ゴールドも食うに困らないくらいは残してある!
準備万端! 今までの浮浪者じみた姿や生活っぷりを思うと、今はホンモノの冒険者って感じですよ!
これからですよ! これから! 魔神討伐を目指す『救世の勇者、セルビィ』の輝かしい冒険は!
今日までの約三週間はですね! 前座。前振り。ならしですよならし。準備運動。ウォーミングアップ。
真の冒険はこれから始まるんです! 心機一転! さあ! 次の目的地に向かって、いざ出発!
まあその前に道具屋で買った地図で、目的地を確認しておこうかな。街の北入り口の前にある噴水のへりに腰を下ろし、大鞄の中から地図を取り出す。うん。この地図見にくいな。ゲームだと美麗なマップ画面が表示されたものだが、この地図は羊皮紙で、みっちりと地形や山岳、街や大きな川、海岸のラインが描き込まれている。もちろん手描きである。ちょっと縮尺がおかしいのだろうか。ハジ村がでかく描かれ過ぎじゃない? えっと、ラムドラの街がここで、最終目的地の王都グランドリオがここ、ヴァルデジャン王国がこの大きい場所だとすると、大聖堂がこっちか。とすると目的地のビィル・ナ・ヴァルブリッジがあるヴァルエリムの街はこれかな。なんか小さいな。地図を見ながら目的地の確認を行っていると、誰かの視線を感じる。地図を下ろし、前を見ると、そこには不思議そうにこちらを見つめる、獣人種の女の子が立っている。
「お姉ちゃん。お耳が長いねー」




