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【素手魔導士】というものを知っているだろうか。
BCOはMMOであり、RPGである。RPGの特色として、頑張ってレベルを上げて、スキルや能力を育て上げ、武器や防具を入手・強化して、強敵や高難度ダンジョンといったものに挑む。それらに挑む際に、攻撃力または魔力を上昇させる為、武器を装備するのが一般的であり、BCOにおいても同様である。
なので、武器種【素手】の状態というのは、職業【ファイター】や【武道家】以外の【素手】状態に対して能力補正がない職業においては、他の武器を装備した場合よりも、遥かに劣る。では【素手】状態の利点はどんなものがあるか。【素手】状態では、攻撃モーションが他武器種と比べると最速である。素早さが同等であったとして、モーション速度的には、最も速く攻撃を叩き込めるのである。
速いのだ。
そこで注目されるのが【魔導士】や【僧侶】である。【魔導士】の装備可能である武器種は【短剣】【ウォンド】【ロッド】【弓】そして【素手】。【素手】状態であると、この利点を生かして、呪文詠唱のモーションが他の武器種より、コンマ何秒か速くなるのだ。
さらに、呪文をかけた対象の能力を一時的に増強するバフ呪文、呪文をかけたモンスターのステータスを一時的に減弱するデバフ呪文を駆使することで、モーション最速で殴ってよし、攻撃呪文で攻撃してよし、補助や回復呪文で支援してよし、といったオールラウンダーな対応ができる職業となる。これが【素手魔導士】なのだ。さらに、武器種【素手】状態においても、スキルポイントをきちんと振っておけば、強敵相手にも有用なスキルがいくつかある。
【拳の守り】
このスキルは、拳圧によって、自身の目の前の空間にエネルギーを集め、パーティ内のダメージをすべて肩代わりし、そのダメージを自分のみが受けるというもの。パーティ全員が受けるダメージなので、三人パーティなら三人分の受けるダメージを、五人なら五人分のダメージを受ける、という実に漢らしいアクティブスキルである。
【不屈の魂】
次にこのスキルである。これは、苦難に負けず、意志を貫く精神により、HPが一定以上ある状態で、それを上回るダメージを受けた際に、自動的に残りHP1の状態で耐え凌ぐことができる、条件付きのパッシブスキルである。
【反鏡する拳】
最後のこのスキルは、拳にすべてを賭けるがごとく、つい先ほどまでに受けたダメージ分を、相手に二倍の物理攻撃ダメージとして、拳によって叩き込む、アクティブスキルである。
これらのスキルと、種族【エルフ】のメリット・デメリットである、素早さ値が高い・防御値が低い等の条件の組み合わせによって、決してメジャーではないが、素晴らしいスキルビルドが誕生する。
それが【エルフ素手魔導士ド根性一発逆転スキルビルド】
そう! これは【魔導士】でありながら、仲間のピンチにさっそうと飛び出し、パーティが受ける全体攻撃ダメージを肩代わりし、HP1のギリギリの状態で生き残り、己の素早さを生かして最速の拳を叩き込み、敵に止めを刺す! という、本当に漢らしくかっこいいスキルビルドなのだ!
だが、このスキルビルド、当然メジャーになれない弱点も多くみられる。
よく言われる内容は、そもそもパーティ組んでるのに【魔導士】が前に出る必要ないでしょ、とか、状態異常ダメージや地形変化ダメージでHP1状態からすぐ死ぬよね、とか、集団戦闘だと守った直後に他のモンスターに殴られて死ぬよね、とか、単純な物理攻撃ダメージって結構無効化されるよね、とか、相手より素早く行動しないと先手取られて死ぬよね、とか、【素手魔導士】ってオールラウンダーじゃなくてただの器用貧乏じゃないか、とか、いいから武器装備して来いよ、とか。
とにかく! 色々言われるのだ! しかし! この苦言や批判を黙らせる素敵な言葉が存在する!
ロマン、である!
人は必ずある種のロマンを求めるものだ。それが例えゲームの世界においても。そして、異世界において、【エルフ素手魔導士ド根性一発逆転スキルビルド】このロマンに命を救われた人々がいたということも、疑いようもない事実である。
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声が聞こえる……
自分が今、目を閉じて眠っている、ぼんやりと認識する。
「――王国から緊急の――」
「――まだ目を覚ま―――」
誰かの話している声が聞こえる。
「――だナナリ。もう時間――」
「――日もずっと眠――」
「――らの動きも報――」
「――に別状はない――」
「――ごめんね……ごめんなさい……――」
右手を誰かが握った気がする。だが、確認しようとする前に、深い暗闇が俺の意識を飲み込んだ。
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目を開けるとそこは知らない天井だった。もしかしたら、元の世界に戻ったのかと少し喜んだのだが、目を少し動かせば、エルフの長い耳が、目の端に写ったのが分かり、ふぅとため息が出てしまった。
「あら。目を覚ましましたか? ここがどこかわかりますか? セルビィさん。自分の名前、分かりますか?」
呼びかけられたほうに目を向けると、そこには、看護服であろう白い衣装を着た中年の女性が、こちらを覗き込んでいた。答えるように小さく頷いた。
「すぐに先生呼んできて下さい。患者さん目を覚ましましたよ」
その女性が、傍にいた若い看護師さんに声をかけている。なるほどここは病院か。たしか、ラマトラーとかいうやつと戦っていたはずだ。最後の記憶が確かなら、きちんと奴に止めを刺したはず。それは、俺が生きていることが何よりの証明か。あれは大変だった。【素手】のスキルを思い出さなければやられていたと思う。なんとか生き残ったといっても不思議ではない。一緒にいた三人は無事だっただろうか。体を起こそうと力をいれてみるが、スッと力が抜けてしまう。
「昏睡状態の患者さん。目覚めましたか」
「あっ。先生!」
看護師と話をしながら、白衣を着た眼鏡をかけた中年の男性が、こちらに向かって歩いてきた。
「目覚めましたか。セルビィさん。あなたが倒れて担ぎ込まれてから、既に4日も経っているんですよ」
そんなに!?
体を起こして先生と呼ばれた人の話を聞こうとするが、「無理しなくても大丈夫ですよ」と起き上がるのを止められる。ベッドに横になり、顔だけを相手に向ける。
「モンスターと戦闘中に、突然倒れこんだと聞いています。そのまま眠り続けていたんですよ」
「セルビィさん。大変申し上げにくいのですが……」
あれだけの激闘。かなりの血を吐いていたし、地面に血だまりも出来ていた。さらに最後のスキル発動時には、全身にもっとひどいダメージを受けていたはずだ。内蔵関係含めて全身がボロボロにやられていたとしたら、治療の為の長期入院もあり得る。果たしてどれだけの期間ここに留まる羽目になるのか。そもそも治療したところで、自由に動き回れるのだろうか。そうなった場合、魔神を討伐し、元の世界に戻ることが果たしてできるのか。色々な考えを巡らせながら、医者の次の言葉を固唾を飲んで見守る。
「眠り続けていた主な原因は、栄養失調と睡眠不足ですね。駄目ですよ。長命のエルフ種だからと楽観視していないで、きちんと食事と睡眠を取ってくださいね。ああ。モンスターに受けた外傷は、治癒魔法で完治しておりますね。お仲間の【僧侶】さんの処置が速かったようです。少々傷跡が残ってしまっていますが、後遺症はなさそうです。念の為、明日は検査しますので、それまでは入院して頂きますが、今のところ特に問題はなさそうですので、明後日には退院できると思いますよ。よかったですね」




