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 ――起き上がれない。


 身体に力が入らない。

 呼吸が乱れる。左腹部を手で触る。


 ――血。


 初めて見る血の量だ。左手いっぱいに鮮血が広がっている。地面を見れば、既に小さな血だまりができている。


 死ぬ。

 死への恐怖が俺を襲う。こんなことで、こんなところで、死ぬ。元の世界に戻ることもなく、勇者としての魔神を倒すこともできないまま、死ぬ。


 体が冷たくなっていくのが分かる。全身に力を入れる。震える左手を鞄に突っ込み、薬草を取り出して、口に流し込もうとする。だが、喉の奥から猛烈な吐き気が襲う。そして、流し込んだはずの薬草と共に、血反吐を吐いた。自身のHPが限界を示しているのだ。


 ――くそ。薬草の回復量じゃ、足りなかった。奴の攻撃力とそれによるダメージが、薬草の回復量を上回っていた。奴のHPを削りきるには、素手の攻撃力が、足りなかった。息ができない。勝てない……痛みと悔しさ、自分の無力さ、そのすべてが、瞼を重く、深く閉じようとしてくる。



「こっちだ! 化け物!」

 叫ぶ声が聞こえる。


「セルビィちゃん! 今すぐ回復するから」

 誰かが近くに駆け寄る足音が聞こえる。

 

 何とか顔を上げると、白い帽子と神官服の少女が、すぐ横で膝をついて回復呪文の詠唱を始める。駄目だ。早く逃げないと……


「動かないで。治りが遅くなっちゃう」

 少女の目尻に、うっすらと涙が見えた。気を張っている。


【五月雨撃ち】!

【アイアンディフェンス】!


 ゆっくりとだが、体の傷が治っていくのを感じながら、顔を上げれば、フッドとガドラーがスキルを発動し、ラマトラーに立ちはだかるように前に出ていく。


「いいでしょう! いいでしょう! そこのエルフには、なかなか驚かされましたが、所詮は非力な下等種でした。あなたたちも同じように遊んであげますよ!」


【スナイピング】!

 フッドが放った矢が、奴に軽く振り払われる。


「まったく効いている気がしねぇな!」

「諦めるな! 撃ち続けろ! 一時でも多く時間を稼ぐんだ!」

「わかってるよ!」


 フッドが矢継ぎ早に攻撃を行っている。だが、ラマトラーには、すべて軽くあしらわれてしまう。ラマトラーがもう一度後ろに小さく飛び、火球を放つ。それに合わせて、ガドラーがフッドの前に盾を構えながら飛び出す。


「ぐあああああ!」

 盾と防御スキルで凌いだはずの火球が、容赦なくガドラーを襲い、彼は膝をついた。


「ガドラーさん!」ナナリが悲鳴に似た声を上げる。


「じわじわといたぶるのも面白いですが、やはりここは、みんなまとめて消えてもらいましょうかねぇ!」

 

 ラマトラーが大きく後ろに飛ぶ。そして、右腕を大きく天に掲げ、手のひらから巨大な火球を作り出す。


【ボルカニック・ファイア】

 全体攻撃の火炎呪文だ。


「撃たせるな! フッド!」

「くそっ!」


 あれを喰らうわけにはいかない。今のままでは、誰一人耐えられない。


 なにか、なにかないのか。奴を倒す、逆転の策が。

 このままでは、みんなやられてしまう。


 

 

 ――あった。


 あった! 一発逆転の策が!

 そうだ! あったじゃないか!


 ナナリの腕を咄嗟に掴み、そして叫んでしまう。


「愚図め! もう一度余に【ハイ・ヒール】だ!」


 まずい! 声が出た! ナナリはギョッとした表情をして俺をみたが、すぐに「う、うん!」と返事をして回復呪文の詠唱を始めてくれた。同時に左手でまた薬草を口に押し込む。一定以上のHPがなければうまくいかない。これは賭けだ。


「さあ! この鉱脈もろとも、消えてなくなりなさい!」


 巨大な火球がこちらに向かって投げられる。すさまじい熱風とそれに伴う轟音が周りに響く。


 ナナリのおかげで、もう十分、体は動く。あとは……立ち上がり、前へ駆けだす。


「セルビィちゃん!」

 ナナリが止めようと腕を掴んだが、それを振り解いて走る。間に合え。そして発動しろ。盾を構えて膝をついているガドラーより前に飛び出す。


「おい!どうしようっていうんだ!」

 後ろで叫び声が聞こえる。


「勇ましいですねぇ! そのまま消し炭になりなさい!」


 大きく息を吸い、両手を広げ、心の中でただひたすらにスキルの発動を念じる。発動しろ。


【拳の守り】

 火球が眼前に迫る。しかし、その炎は周りには広がらず、まるで吸い込まれるように俺の前へ集まる。目を瞑り、右手を上へ、左手を下へ動かす。すさまじい熱さと、痛みが襲う。体全体が悲鳴を上げる。たった数秒だったはずの時が、何時間にも感じるほどの苦しみだった。だが、目を開ければ、火球は目の前から消えている。小さく息を吐き、両手を下ろす。


【不屈の魂】

 体全体に激痛が走る。今までの比ではないくらい、意識が、すぐにでも飛んでいきそうな、ぎりぎりの感覚だった。だが、先ほどのように地面に倒れることはない。膝から崩れそうになっても、何とか踏みとどまり、立っている。


「あ、ありえない! 一人であれを受けきったのか!?」


「あははははは! そうだ! 失念していたわ! これができるのであれば、貴様のようなゴミ虫なぞ、取るに足らんということを!」

 声に出して笑う。自分でも何がおかしいのかわからない。だが、これは、ロマンだ。


【反鏡する拳】

 右手を見れば、青白く光を放っている。成功だ。賭けに勝った。


「しかし、次の攻撃はしのげまい! 今のを防いだところで、満身創痍ではな!」

 ラマトラーが呪文詠唱を始める。


「我らエルフ種より速く動けるとすれば、それはケモノ臭い野蛮な種族だけよ!」

 俺は、叫びながら駆け出す。


「なっ!」

 生半可な速さで勝てると思うなよ。即座に奴の懐に潜り込む。


「幽世にて、非力な下等種に殴り負けたと、思う存分喧伝するがよい」


 右拳を奴の腹部に叩き込む。その瞬間、ラマトラーの身体が、拳の触れた部分から、螺旋の渦を巻くように空間を抉り、肉片も残さず消し飛ばした。


「ば、かな……」


 奴の残った体の部分も、顔も、呻いた直後に、一瞬のうちに消し飛んだ。ゴールドが地面に落ちる音を聞きながら、俺は瞼を閉じ、その場に倒れ込む。誰かが慌てて近寄ってきたようだが、重い瞼を開ける気にはなれず、俺の意識は、そのまま暗い闇の中へ落ちていった。




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