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とんかつ屋の悩みごと  作者: 藤沢春


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13/13

13 癖が強い少女

「失礼つかまつる」


 とある日のお昼ごろ、一人の若い娘がさくらたちの屋台を訪れた。歳の頃はさくらと同じくらい。綺麗な銀髪をサイドで結んだロングヘアー。胸にはワッペン、首にはペンダント。学園の制服なのか、仕立てのよい服をきちんと着こなしていた。


「はい、いらっしゃいませ。メニューはわかりますか?」


 さくらは初めてのお客と思い、メニューの説明をしようとした。


「いや、お気遣い無用。ちょっとした知り合いが食したものでな、内容は一応把握しているのだ」

「は、はい……」


 あまりに癖のある喋り方に、さくらは少し戸惑った。だが気を取り直して「では何にいたしましょうか」と再度問いかける。


「うむ。『ひれかつ』と『めんちかつ』が美味いと聞いたものでな。そちらをいただけるとありがたい」

「かしこまりました。きなこ、お願い」

「まかせるにゃ」


 二人はすぐに調理にとりかかる。後ろにも客を待たせているので、いつも通り手際よく仕上げて提供した。


「そちらのテーブル席におかけください」


 さくらが丁寧に案内すると、その少女は腰掛けようとしたが、なぜか思い直したように立ったまま食べ始めた。


 さくらは少し気になったが、行列を捌くため、すぐに気を取り直して調理に戻った。


「ちそうになった。これは代金だ」

「ありがとうございます……えっと、多いですよ?」


 さくらは二人分より少し多めの代金を受け取り、その少女に問いかけた。


「なに、先日うちの者が払い忘れたようでな。その代金と迷惑料だ」

「あ、あの、でも少し多いんじゃ……」

「気にめすな。受け取っておいてくれ。しかし美味かったぞ。また来る」


 そう言い残し、少女は颯爽と駆け出し、あっという間に見えなくなってしまった。疾風のごとく現れて、また疾風のごとく去っていく。日本では馴染み深いあの存在のようにもみえた。


「あの娘はなんだったのにゃ? それに『うちのもの』って……」

「そんなこと、あったような……」


「「あ!」」


 二人は先日の老爺を思い出した。そして、彼を連れ去っていった黒い服の複数の者たち。その中の声に、今の少女と似た響きがあったことを思い出したのだ。


 そっか。あの少女はあの時の孫か何かか。


 二人はそう思った。祖父思いのいい孫だと、さくらは感じる。以前の自分の孫やひ孫も、それはかわいいものだったと、少し感慨にふけるのだった。




「私にもあの少女と同じものをいただけますかな」


 雑貨屋の店主クラシェド・ローゲンスが訪れてくれた。


「あ、いつもお世話になっております。えっと……ヒレカツ・メンチカツディッシュでよろしいですね。少し脂っこいですけど大丈夫ですか?」


 さくらは初老のナイスミドルなその人を、少し気遣うように声をかけた。


「ええ、大丈夫ですよ。できればご飯を大盛りでお願いいたします」

「わわ、すごいですね。かしこまりました。すぐご用意しますね」


 二人はまた調理にとりかかり、いつもより枚数の多いカツに、キャベツとご飯を大盛りにして、大きめのディッシュに盛り付けた。


「ほう、これはなかなか美味しそうですね。ではいただきます」


 店主は代金を払い、空いている席に腰を下ろすと、美味そうに頬張りはじめた。


 さくらたちはようやく落ち着きを見せた屋台を、少しずつ片付けはじめ、ふうと汗を拭っていた。


「ご馳走様。なかなかの美味でした」

「あ、ありがとうございます。すごく食べられるんですね」


 さくらはただただ感心するばかりだった。


「いえいえ、私は食べられる時に食べられるだけ食べることにしているんですよ。それよりも……」


 店主はそう言うと、さくらに少し体を近づけてきた。さくらはビクッとしたが、まあきなこがいるから平気だろうと思う。


「さくらさん、でしたか。あなたはどうやってこの料理を考案したのですかな?」


 さくらの背中に戦慄が走る。この名前の伺い方、そして料理についての問いかけ。考察というより詰問といったほうがいいだろう。


 よく見ると、その顔に刻まれた皺は常人のものではない。年季というより、数々の場を踏んできた証のように思えた。


 一言で言えば『ただものではない』。ねじり寄る姿勢から、問いかけ方まで、まるで隙がない。何気なく見ると、左手はポケットに突っ込んだままだ。


 さくらの脳裏にざわめきが広がる。冷や汗が脇を伝った。しかし


「ええ、私が独自に作り出したんですよ。面白いでしょう?」


 いつもと違うさくらの口調。年端もいかない少女のそれではなかった。お互いに隙を譲らぬ姿勢を取り合うかのように、牽制し合う。


「……ですか。それはそれは、大したものだ。またバリエーションもこれから増やしていくのでしょう?」


 店主はそんな風にかまをかけてきた。


「まだ小さい規模の屋台ですので。そこまではまだ考えておりません」


 さくらは手を前に重ね、少し顔をかしげる。そして、これまた隙のない笑顔をみせた。


「そうですか。またその際は、ぜひ我にご相談いただけると幸いでございます」

「ありがとうございます。そうさせていただきますね」


 二人はあくまで丁重な態度のまま、そのやり取りを終えるのだった。


「……さくら。ど、どうしたのにゃ?」

「……ん。なんでも……ないよ」


 さくらはどこか遠くを見つめ、そして数秒。やがて、またいつものさくらの表情に戻るのだった。

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