12 オススメ
とある日のお昼過ぎ、ランチ客も落ち着き、正午から一時間ほどが経った頃、一人の年老いた男がさくらたちの屋台を訪れた。
「すまんのう。こちらの料理がとても美味しいと聞いてな。食べに来たんじゃ。何かおすすめのものを作ってくれないかの?」
杖をつき、大きく立派な真っ白の髭をたくわえ、腰も曲がった黒い装束の、どう見てもヨボヨボの老人だった。揚げ物のような脂っこい料理など食べられるのかと、誰もが疑問に思うだろう。
しかし、さくらときなこはにこやかに応じる。
「いらっしゃいませ。わざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます。『ヒレカツ』というメニューは脂身が少なくて柔らかいので、召し上がりやすいと思いますよ」
丁寧に説明し、この老爺に合わせた食事のメニューを勧めた。まずは一口でも食べてもらいたい。そう考えるさくらだった。
「おお、それはそれはご丁寧に。では、その『ひれかつ』とやらをいただこうかの」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
さくらは老爺をテーブルまで案内し、腰掛けるまで身体を支えてやった。その間にきなこは、少し小さめのヒレカツをいくつか揚げ、普段よりも控えめにキャベツやご飯をプレートに盛っていく。
「お待たせいたしました。ヒレカツディッシュです。ソースはかけちゃってもよろしいですか?」
「おお、こりゃうまそうだ。ぜひ、お嬢さんのおすすめどおりにいただくとするかの」
老爺はさくらの勧めるままにソースをかけてもらい、さっそくヒレカツを口に運んだ。
「うむぅ……こんなにサクサクしておるのに、中の肉は本当に柔らかいのう。こりゃ美味い美味い」
そう言うとガツガツと食べ始め、気を遣って少なめに盛った料理を、あっという間に平らげてしまった。さくらときなこは、この老爺の歯と胃腸の健在ぶりに少し驚いたが、満足そうに食べ終える姿を見て、ほっと胸をなで下ろすのだった。
「いやいや、なんとも言えない美味しい食事じゃったわい。ご馳走様」
「ありがとうございます。少し足りなかったですか?」
「気を遣ってくれたんじゃろう?ワシにはちょうどよかったぞい。ありがとう」
老爺はにっこりと笑い、手を合わせて感謝の仕草を見せた。
「それはよかったです。もしよかったら、次はメンチカツを食べてみてください。ジュワッとして美味しいですよぉ」
さくらは次の提案をする。これも商売として大切な一手である。
「おほほ、それは楽しみじゃなぁ。ところでお嬢さん方、こんな美味い料理を、なぜこんな屋台でやっておるんじゃ?」
「あ、えっと……それはですね」
さくらは、ここ数日で起きたことを一通り説明した。空き店舗がないこと、そして王政が推し進める政策に供給が追いついていない現状を、老爺に語る。
「……なるほど。活気があるのは良いことじゃが、いまひとつ、その辺りの釣り合いがとれておらんのじゃったか……」
老爺はなにやら一人で考え込み、ぶつくさと独り言を漏らしている。さくらが返事をするべきか迷っていた、その時、突如として疾風のごとく現れた数名の黒い集団が、老爺を囲んだ。
「(お祖父様、またこんなところに抜け出して……)」
どうやら彼らは、この老爺の身内か付き人らしい。さくらは耳に入ったひそひそ話から、そう読み取った。
「うほほ、見つかってしもうたか。こりゃ残念」
そう言いながら、まったく悪びれる様子もない老爺は、むしろ楽しげに笑っている。
「お嬢さん方、またの。次はその『めんちかつ』とやらを、楽しみにしておるぞい」
そう告げると、あっという間に黒ずくめの者たちに連れ去られてしまった。
「……あ」
さくらは立ち尽くし、その後ろ姿をただ見送るしかなかった。
「……なんだったのにゃ?あのじいさんは」
「わからない……でも、喜んでくれてよかったね」
さくらにとって、老爺が何者なのかは関係なかった。自分たちの料理を心から喜んでもらえたことが、なによりも嬉しかったのだ。二人の連携した気遣いは、きっとあの老爺の心にも響いたのだろう。二人はただ、一生懸命に一人一人のお客を大切にしようと、改めて思うのだった。
「あっ お金」
その日の午後、おやつの時間になると、紙芝居を目当てに人々が集まってきた。毎回物語を変え、さくらの演技にも熟練の色が見え始めたこの日、終わり際に一人の子供が声をかけてきた。
「紙芝居じゃないのはないの?」
確かに、そろそろ飽きがきてもおかしくはない。もっと他にも練ったストーリーや、趣向を凝らした改変作品などがあってもいいかもしれない。しかし、さくらにとって紙芝居は、ただの見せ物ではなかった。言葉を覚えたり、内容を考えて考察したり、子供たちに何かを伝える意味があるのだと考えていた。
「さくらの紙芝居は、とても素敵だと思うにゃ」
「ありがとうね。でも、他のも考えてみよっか」
さくらの知る遊びは、超がつくほどアナログなものばかりだ。そもそも、さくらは子供のころから遊びとは無縁だったのだし。しかし、この異世界には日本のようなハイテクな産業はなく、やろうと思えば、さくらが作り出せるものはいくらでもある。だからこそ、さくらの考える素朴な遊びは受け入れられやすく、まずは小さなことから始めるのが大事だと考えている。
「簡単なものから、やってみよう」
「なにか、すぐにできるものがあるのかにゃ?」
「あるよ。こういうのはどうかな」
さくらは植え込みに転がっている、松ぼっくりに似たものを三つ拾い、軽やかにお手玉を始めた。
「わわっ!なんだにゃ、それは!」
「うふふ、こんなのでも驚いちゃうんだ」
「どうなってるのにゃ……?こうして……ああ」
きなこも真似してみるが、すぐにポロポロと落としてしまう。
「いきなり三つは難しいよ。二つでやってごらん。こうやって」
さくらは二つの松ぼっくりを器用にくるくると操り、お手玉を披露する。
「できないにゃ!上に放ってる間に、渡せないにゃ」
「あはは、何度もやってるとできるよ」
二人がお手玉に集中しているうちに、周りに子供たちが集まり始めていた。
「わたしにも教えて!」
興味津々で松ぼっくりを拾ってきて、教えてほしいと願う子供たち。正直、松ぼっくりではやりづらいが、子供たちは楽しげに真似をしながら、お手玉遊びに夢中になった。
「さくらは、いろんなことを知ってるんだにゃ」
「う〜ん、本当に大したことは知らないんだけどね。でも、もっと他にも思い出しながら、遊びを作ってみようか」
二人はいつもの安宿へ歩きながら、そんな会話を交わした。ここ数日で、ようやくまともな生活のリズムができ、新しいことにも取り組めるようになったのだ。宿に戻ったさくらは、きなこと一緒に、自分の知る遊びをリストアップしていくのだった。




