11 思い出の庭
「すごいねえ、あんたたち」
「俺らの仲間で『みかじめ料』を取られて店を辞めちまったやつもいるからな。ほんと助かったぜ」
「偉いわぁ。ネコチャンありがとうね」
次々に今の騒動を聞きつけ、同じ屋台の店主たちが声をかけてきた。
やはり、あの連中に悩まされていた人たちが少なくなかったらしい。
「いやいや、それほどでもないにゃ」
きなこは鼻高々に腰に手を当て、猫背をぐっと伸ばして誇らしげにするのだった。
「さて、気を取り直して開店準備しよっか」
「うん、そうしようにゃ」
二人は改めて仕込みを始め、また今日も『とんかつ屋台』に勤しむ。
やがて昼時となり、ランチを求めてとんかつを食べようとする人々で行列ができていった。
「はい、今日から『とんかつランチディッシュ』です。このプレートは食後に戻してくださいね」
新しく導入した木皿での『とんかつ定食』。
楽しみに待っていた人々は、この『フードコート方式』に少し戸惑いながらも、楽しげに食事をしていた。
「テーブルがほしいわね」
とある女性からの要望だった。
確かに女性や子どもには、片手でプレートを持ちながら食べるのは少々大変だ。
「さくら、この公園の東屋は、この店からちょっと遠いにゃ」
『東屋』とは、屋根の下に円形や四角形のテーブルと簡素なベンチが置かれた休憩所のこと。
雨や日差しをしのげて便利ではあるが、さくらたちの屋台からは遠く、それほど数も多くない。
「そうだねぇ。なにかカウンターでもあればいいんだけど……」
その時、さくらはピンときた。
この屋台ではおでん屋やラーメン屋のように、屋台に付随するカウンターは作れない。
だが、あの形なら……つくれるのではないか、と。
「よし、今日営業が終わったら材木店に行ってみるよ、きなこ」
「おお、またなにか思いついたのかにゃ? ボクも手伝うにゃ」
二人はこの忙しいランチ時と紙芝居を終え、ブルーウッド地区の材木店へと足を運んだ。
「好きな大きさに切ってやるぜ」
二人が訪れた材木店の店主は快く言ってくれた。
さくらは店主と一緒に設計図を描き、思い描く形をかたちにしていく。
店主は図面に合わせて木材を切り出していった。
試作パーツが揃い、さくらときなこ、そして店主で仮組みをしていく。
「おお、こりゃすげえ。こんなのあったらウチでも売れるな」
「もしよかったらそうしてください。その代わり、材木代を安くしてもらえませんか?」
「いいっていいって。設計料はこっちから払わなきゃいけねえところだから、差し引きゼロにしとくぜ」
損得が釣り合ったところで交渉は成立した。
まさかこの設計が、この異世界で大きなブームを巻き起こすことになるとは、この時点では三人とも知る由もなかった。
翌日。
出来上がった試作品一号を屋台の前に並べると、背後の木陰の風景にちょうどマッチした。
「さくら、女性客と子どもが並んで食べてるにゃ」
「うん、使いやすそうでよかった」
それは折りたたみ式のテーブルとチェアセットだった。
地球にいた頃、晩年の夫がとても気に入って使っていた庭のセットを思い出し、形にしたものだ。
『晴れた日には庭に出して、お茶菓子を並べて過ごす』
それが夫婦のささやかな楽しみだった。
三台分、合計十二人が座って食事をできる仕様。
女性客と子ども連れ限定で使わせてみたが、皆、喜んで食事をしていた。
「紙芝居を見る時にもこの椅子が使えるにゃ」
今までは地面に座ったり立ち見だったりと不自由を強いていたが、これで楽に鑑賞できる。
「いろんなことに役立ちそうだね」
二人は、成長していく屋台にますます思い入れを深めていくのだった。
それからというもの、ひっきりなしに問い合わせの訪問が来た。
店に訪れる客、周囲の同業者、教育機関の関係者。皆がこのテーブルと椅子のセットを欲しいと願った。
その度に二人はブルーウッド地区の材木店を紹介するのだが、ある夕方、立ち寄った際に店主から深く感謝された。
「ねえちゃんのおかげで、テーブルセットの注文が山積みだよ。ネコチャンの手も借りたいくらいだぜ」
嬉しい悲鳴をあげる店主。
さすがに一人ではこなせず、これまでのんびりしていた店主の家族まで総出で手伝うことになったという。
家族からは恨み節をぶつけられたそうだが、儲かっているのなら問題ないと二人は思った。
「二人のおかげでだいぶ儲かりそうだからな。少し早いけど、お礼を渡しとくぜ」
そう言って渡されたのは、決して少なくない金貨だった。
さくらときなこは目を剥いて驚く。
「いやいや、こんなにいただけませんよ」
「いいっていいって。これからもなにかアイデアがあったら、また頼むぜ」
親指を立て、ウインクをして歯を光らせる店主。
二人は深々とお辞儀をし、ありがたく金貨を受け取り、店を後にした。
その足でさくらときなこは雑貨屋を訪れ、魔導コンロの残りの代金を支払った。
「おや、ずいぶん儲かったんですね」
「とんかつ屋さんも好調なんですけど、それとは別のものが売れ行きが良くて」
二人が材木店での出来事を話すと、雑貨屋の店主クラシェド・ローゲンスは興味津々にその店を教えてくれと頼む。
「私ならもっと売り上げを伸ばせますよ」
確かに直売よりも小売店を通した方が、儲けの幅は広がる。
「私の取引先に染料屋がいます。たくさんの色を取り揃えましょう」
こうしてさくらときなこは、だんだんと商いの手法を学んでいく。
人々が金を稼げるようになり、アイデアが広がり、限定品や希少価値といった付加価値も生まれていくのだ。
このテーブルとチェアのセットは、その後、王都だけでなく世界全土へと広がっていくことになるのだった。




