10 守り神
買い物を済ませ、公園の屋台で新しく買った品を準備するさくらときなこ。
きなこは食器の木皿を井戸で洗い、さくらは魔導コンロに火を入れてみた。
ボンッという音と共に、一瞬で着火したコンロ。火力調整も自在で、これなら温度管理も容易だし、残りカスや煤がつかないのも嬉しい代物だった。
「わぁ、これは便利だなぁ。買ってよかったぁ」
日本ではカセットコンロなど当たり前にあり、キャンプ用のさらに便利なものも数多くあった。だが今この異世界で目の当たりにする文明の利器に、さくらはあらためて感動していた。
「これなら火を見守る手間を、別のことに回せるにゃ」
さらなる効率を求めるかのように言うきなこ。
「そうだね、こうやって仕事の能率が上がっていくんだね」
小さな産業革命の幕開けであった。
「うぉいうぉいうぉいうぉい」
下ごしらえと開店準備に勤しむさくらときなこのもとへ、突然声をかけてくる者がいた。
「はい?なんでしょうか?」
さくらが応対すると、そこに現れたのは三人組の大柄な男たちだった。ポケットに手を突っ込み、顔を歪め、足を小刻みに揺らしながら、三人揃ってこちらを下から上へとなめ回すように睨みつけてくる。
「『なんでしょうか』じゃねぇんだよなぁ。誰の許可でここで商売してやがる」
「えっと、ちゃんと保健所で営業許可をとってますよ」
「俺たちに許可をとったのかってきいてんの」
無茶苦茶な物言いに、さくらときなこは眉を八の字にして顔を見合わせた。
「ここでどうしても店をやりたいってんなら、アガリをよこしな」
「(さくら、『アガリ』ってなんだにゃ?)」
「(売上の一部を渡せ、ってことだよ)」
「(にゃに!?どういうことだにゃそれは!そんな義理、こいつらにあるはずないにゃ!)」
まったくもってヤクザじみた連中である。この場所を自分たちのシノギだとでも言いたいのだろう。
「あとで親分にここのことは伝えておく。早めに用意しとけよ」
「おい!ボクたちはちゃんと手続きをして商売を始めたんにゃ!お前らにとやかく言われる筋合いはないにゃ!」
「ちょっと、きなこ……」
どうやらきなこは我慢ならなかったようだ。
「なんだぁ?このチビネコ。おめぇはすっこんでろよ」
「我はネコではない!神聖なるまじゅ」
「うわははは!なんかほざいてやがるぜ、このチビネコ!」
「兄貴!こいつやっちまいましょうよ!」
「いやいや、こんなのつまんでポイよ」
きなこは『兄貴』と呼ばれた男に首根っこをつままれ、持ち上げられてブラブラとされてしまった。
「やめろ!やめるにゃ!」
必死に抵抗してパンチを繰り出すが、きなこの腕はヤクザに届かない。
「うわはははは!このチビネコ、生意気なこと言った罰だ!噴水に沈めてやんぜ!」
「あ……」
さくらは震えて声も出せず、ただきなこが連れ去られようとする様子を見て立ち尽くすばかり。
その間にも、きなこは怒りの表情でパンチやキックを繰り出すがやはり届かず、ヤクザたちの高笑いだけが響いていた。
「きな……父猫さん……母猫ちゃん……」
さくらの瞳から大粒の涙がこぼれ落ち、胸に手を当てて叫ぶ。
「きな…………きなこぉおおぉおおお!!」
その絶叫は地面を震わせるほどの大音声となり、あたり一帯に響き渡った。
「…………さくらぁあああ!!!」
その呼び声にきなこが応じた。
次の瞬間
きなこからまばゆい光が迸った。七色のサーチライトが空間を切り裂き、耳をつんざくような音をたてて乱舞する。
『キュインキュインキュインキュキュキュキュキュキュイーン』
驚愕したヤクザが手を離すと、きなこは地面にシュタッと回転しながら着地した。
「シュワシュワシュワシュワシュワ……」
「え……? きなこ……?」
きなこの体がみるみる膨れ上がり、ついこの間まで世話になっていた父猫よりも大きく、そして凄烈な表情を浮かべて、きなこは次の段階へと覚醒した。
「う……うわああ!!」
ヤクザたちは尻餅をつき、足をガクガクと震わせる。後ろの子分たちは恐怖のあまり失禁してしまった。
「この犬畜生にも劣る賊が……!我とさくらに因縁をつけおって……ゆるさぬ!!」
きなこは前口上を響かせると、一閃、バンバンッと前足の二連撃を地面を叩きつける。
瞬時にヤクザたちは吹き飛び、ゴロゴロと転がった。
「おい、悪党ども!これ以上我らに危害を加えるならば、次は容赦せぬぞ!」
「ひぃい!もうしません!もう近寄りません!助けてくれぇ!」
「いや、やっぱり許さぬ!その腐った根性を叩き潰してやる!」
きなこは大きく前足を振りかぶり、振り下ろそうとしたその瞬間
「だめえ!」
さくらが前に立ちはだかった。
きなこは前足をピタリと止め、さくらを見下ろす。
「腐れ外道ども!こたびはさくらに免じて許してやる!二度と我らの前……いや、この公園に現れるでない!」
「ひぃい!す、すいませんでしたぁ!」
ヤクザたちは一目散に逃げ去っていった。
きなこはその背中を見届けると、徐々に巨体がしぼみ、やがていつもの姿に戻っていった。
「さくら!」
へたり込んでいたさくらに駆け寄るきなこ。さくらは涙を流しながらきなこを見つめる。
「えへへ……本当だ……護ってくれた……」
『さくらの護りとなり、良き理解者となるだろう』。
父猫の言葉を思い出しながら、さくらは泣き笑いの表情で強く胸を打たれていた。
こんなに頼もしく、力強く、優しい守り神が、すぐそばにいたのだと。
そして、さくらときなこはぎゅっと抱きしめ合い、互いの温もりを確かめながら、この絆が決して揺るがぬものだと深く心に刻むのだった。




