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君に捧ぐ花  作者: ancco
Beyond the Truth
109/111

掌上に運らす男

よいしょ、と、腹の底から絞り出したような野太いかけ声を一つ、宮部は杏子の腹あたりに自らの肩を当てて、杏子の背や尻に手を添えてバランスを取りながら、勢いよく立ち上がって杏子を担ぎ上げた。そのあまりに無粋な宮部の抱き上げ方に、先ほどまでの艶めいた雰囲気は一掃されたのだった。


「怖い怖い!なんでこんな持ち上げ方なの!?」

視界が俄に反転しパニックになった杏子は、貧弱な背筋を目一杯突っ張ってせめて頭を上げようと、宮部の肩の上でじたばたと藻掻いた。

「重いもん持つときはこれが一番。肥料とか土袋とか、いつもこうやって運んでただろ?」

暴れる杏子をがっちりと支持しながらそう言った宮部は、ふと何かを思い出したのか含み笑いをして見せた。否、正確には、担ぎ上げられた杏子から宮部の顔は見えなかったが、そのいやらしげな声音で、宮部がにやにやと笑って居るであろう事は明白だった。

「そう言えば、前に力仕事してるとき、俺のこといやらしい目で見てただろ?あれ、バレバレだからな。お前って、考えてることが顔に出すぎなんだよ。」

杏子は無言を貫いて、ただ宮部の肩の上で、ぐにゃりと脱力した。何かを言い返したいのは山々だったが、宮部の男らしい肉体を舐めるように見たことなど、数え切れないほどありすぎて、いつのことを言われているのか定かでは無かった。

「お。大人しくなったな。よしよし。布団は、あそこか?」

作戦勝ちとでも言わんばかりに、宮部は嬉々として杏子を目的の場所まで運んだのだった。


これまで住んだどの部屋でも、杏子はベッドでは無く布団を愛用してきた。学生寮や社員寮の狭い部屋ではもちろん、関東で住んだ広めの1DKでも、静子の家においても、夜布団を敷き朝それを上げるのを習慣としてきたのだ。もっとも、この今風にリノベーションされた平屋では、仕切り壁で居間と隔てられたスペースに、三畳ほどの小上がりの畳が設えてあり、杏子はそこに布団を敷きっぱなしにしてベッドのように使っていた。


そっと布団に降ろされた杏子は、一心地つく暇も無く、手早い動作で履いていたジーンズを脱がされた事に驚いた。頼りない下着一枚になって、慌てて脚を折ってそこを隠しながら、杏子は宮部を睨み付けた。

「宮部さんて、慣れてるよね!?絶対、絶対、慣れてるよね!」

「夏樹。」

そう呼べと、有無を言わさぬ力強さで杏子に命じると、宮部は縮まり込んだ杏子の脚を、足首を掴んで元のようにすっと伸ばした。お世辞にも細いとは言えないむっちりした脚が露わになり、杏子はまたそれを曲げ戻そうとしたが、再びあっけなく宮部に捕らえられた。

せめて電気を消して欲しいと懇願したが、にべもなく一蹴され、杏子はもう涙目で事の成り行きを見守ることしかできなかった。

「すごく、張ってるな。」

一体どんな辱めを受けるのか戦々恐々とした心地でいた杏子は、思いの外、宮部が何の色も見せずにただ杏子の脚を揉みほぐしていくのを呆然と見た。そう言えば、以前、筋肉を酷使した後はマッサージをしておけと言われたのだったなと思いだし、杏子は、ほっと安堵して宮部に礼を言った。

宮部の大きく固い手指を、一体どのように動かせば、こんなにもしなやかで心地よい刺激を与えられるのか、杏子にはいくら眺めても解らなかった。それは、すでに鈍い筋肉痛を感じ始めていた杏子の腿を、優しく、それでいて力強く揉みしだいていく。足先で滞っていた血流は下から上へと押し上げられて、日頃冷えがちな杏子の脚は、今やつま先から腿までぽかぽかと温かく、不思議と痛みも和らいでいた。もはや下着を隠すことなど忘れて、緩急を付けた巧みな刺激に杏子がうっとり悦に入っていたその時、宮部が杏子の膝を割って、内股を優しく撫でさすり始め、杏子は漸くこの段になって、これが手の込んだ愛撫であることに気がついた。


慌てて脚を閉じようとしても、最早後の祭りであった。丁寧な按摩により血行が良くなった杏子の脚は、どういうわけか神経が敏感になっており、下着の際の危ういところはもちろんのこと、膝裏や足指の間など、普段なら何も感じないような処までもが、甘く艶めいた刺激を受けているのだというシグナルを、しきりに杏子の脳に送り続けた。波のように訪れる快楽に杏子が翻弄されていると、気付けば、宮部の愛撫は杏子の全身へと広がっていた。それでいて肝心な所には少しも触れず、それでも的確に杏子を追い詰める宮部に、いよいよ堪えきれなくなった杏子が、息も絶え絶えに慈悲を請い願うと、宮部はにやりと笑い、忙しなく動かしていた手を止めたのだった。


「そう言えば、まだ杏子の気持ちを直接聞いてなかったな。」


世界の最果てに楽園があるのならば、宮部のもう一押しでそこへ辿りつけたに違いない杏子は、告白するまで続きはないとでも言わんばかりのこの男が、確かに真奈美の言の通り、執着的で陰湿的で粘着な男であることを、その身をもって実感したのだった。

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