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9.高城君と約束


「よし、完璧」


 兄の浮気問題に関してはまだわずかも解決方向に向かっていないが、まあ焦ってもしょうがない。

 昨日は早期解決するため焦りまくったあまり小宮山さんに宥められたようなものなので、今日の好実はとりあえずコンビニのガラスを完璧に拭き上げた。

 つい昨日もした作業だが、なるべく毎日磨いて綺麗を保つことが小宮山さんの方針らしい。

 女性の美しさを保つ秘訣と一緒だね。

 自分に関しては手を抜きまくりな好実も、ガラスがピカピカになればスッキリ爽快。


「うわっ、急に風強っ。あっ、ペットボトル」


 もー誰だよー、外に捨てた奴ーと思いながら、強風でコンビニ前に転がってきたペットボトルを拾いに走る。

 でも好実は一歩遅れを取り、ペットボトルは先に拾われてしまった。


「あっ……ありがとうございます」

「こんにちは」

「こんにちは……」


 拾ってくれたのは高城君。昨日の夜、友達になったばかりの彼。

 でも男友達ゼロ人生だった好実はさっそく対応にドギマギしてしまう。

 とりあえず挨拶し合ったし、ペットボトル受け取るか。


「あの、ペットボトル……」

「折原さん、昨日聞き忘れてしまいました」

「え?」

「連絡先」


 ああ……そういえば昨夜は彼と友達になった後、好実はまたすぐファミレスに戻ったのだった。店長に相談があるからと、ちゃんと断ってから。

 きっとそんな好実のせいで、彼は昨日尋ねることもできなかったのだろう。

 友達になったのなら、普通はまず連絡先交換だよね。ごめんなさい、高城君。


「あ……じゃあスマホとってきます。私、今持ってなくて」

「いえ、これ以上仕事の邪魔はしません。あの……よければ折原さんの休憩時間を教えてもらえませんか?」


 一応同い年の友達なのに言葉が硬い上、緊張も伝えてくる高城君。

 でも好実は自分だけじゃなくてちょっとホッ……。

 いやいや、今はホッとしてる場合じゃなくて、休憩時間ですと?

 今日の休憩時間にまた彼と会うってこと? そんな、いきなり……。

 男友達ゼロ人生だった好実にはハードル高いんだが。


「でも、あの……私の休憩時間はまだ決まってなくて、多分一時半か、二時くらいだと思うんですけど」

「そうですか。じゃあ一時半にもう一度来てみます」

「……高城君は大丈夫なんですか? 仕事は」

「俺は大丈夫です。好きな時間に抜け出せるので」


 さすが最上階にいる人は言うことが違う。それともデザイナーさんだから、けっこう自由なのかな。

 そういえばサラリーマン仕様の日もあるけれど、今日みたいにラフな服装も多かったと今更実感。


「わかりました。じゃあ一時半に待ってます」


 彼の休憩が自由なら甘えてしまおうと、しっかり一時半で約束する。

 ついでに初めてぎこちない笑顔も付けると、うっかり高城君を硬直させてしまった。

 好実のぎくしゃく笑顔、そんなにキモかった……?


「ごめんなさい。キモくて……」

「……え?」

「いえ、何でもないです。それじゃあまた」


 最後はこれ以上顔を見られたくないばかりに切り上げ、そそくさと彼から離れてしまう。

 でも仕事中だし、高城君も仕事に戻らなきゃいけないし、どうせ休憩時間にまた会うからいいよね。

 彼からペットボトルを回収し損ねたのは失敗だったけど。


「へったくそだなぁ。高城さん、まだ外でポカンとしちゃってるぞ」

「……小宮山さん、見てたんですか?」


 現在、朝の混雑時がとっくに過ぎた十時過ぎ。そのせいか、小宮山さんはレジ前からしっかり観察していたらしい。

 二人の会話は聞き取られなくてまだ幸いだが、それでも覗きは覗きだ。

 それに、何がへったくそだって?


「いやいや、へったくそは好実ちゃんの対応に決まってるでしょ。高城さんをポカンとさせちゃうくらい……」

「もう! 二度も言わないでください。私にしては上出来だったんです」

「上出来……ヤバいね好実ちゃん。もしかして恋愛経験ゼロ?」


 小宮山さんのこの呆れ発言、完璧セクハラじゃないの? 後輩の妹だから言いたい放題すぎじゃない?

 昨夜好実を諭してアドバイスまでしてくれたからって、もう遠慮はなしってこと?

 一応相手は店長なのでコブシを握り締めるくらいで済ませるが、誤解くらいは解いておかなきゃ。


「高城君はそういうんじゃないです。元は中学の同級生で、友達になっただけです」

「へえ、同中……。でも友達になったんじゃなくて、まずは友達からってことでしょ?」

「小宮山さん、いい加減勘弁してください。私なんかに興味持ちすぎですよ」


 忙しいはずの小宮山さんでも興味津々なのはモブofモブの好実じゃなく、相手が高城君だからに決まってるけど。

 仕事仲間の渡辺さんや堀田さんと結局同じ。


「こらこら、私なんかなんて言わないの。好実ちゃんは十分素敵な女性だよ。人が良くて純粋で、兄夫婦のためにも一生懸命だし。だから高城さんだってあーんな高い所からコンビニまで降りてくるんだよ」


 ……これは慰められているのか? 別に好実はモブofモブな自分に落ち込んだこともないし、むしろ目立たないことは安心なのだが。

 でも勘違いして慰めてくれた小宮山さんの言葉は抵抗せず受け取っておく。 

 ……たまには褒められるのもいいもんだな。


「そんなことちゃんと言ってくれる小宮山さんも素敵だと思います。昨日は本当にありがとうございました」


 最後は好実も素直な言葉でお返しすることにして、また懲りずにぎこちない笑顔も付ける。

 小宮山さんにならキモいと思われてもいいしね。


「掃除道具片付けてきまーす」


 ようやく小宮山さんから解放されるためレジ前から離れる。

 バックヤードに向かう好実の背中を、小宮山は自然と目で追っていた。




(もう一時か……)


 昼のピークがようやく過ぎたせいで、好実はレジ正面の時計が気になって仕方ない。長い針が6の数字に近づくたびドキドキも増してしまう。

 世の女性は男友達と会うだけで大して緊張などしないだろうに、残念ながら男性に免疫ゼロだからこうなってしまうのか。

 一時を過ぎただけで、すでに心臓がバックバクなのだが……まさかこれは緊張じゃなく病気? 求心が必要?

 これが男に免疫無しの代償か……情けな。

 それでも高城君とは連絡先交換のため一時半に約束したし、好実も今日は一時半に休憩に入ることを了承済みなのだ。


(もうそろそろ覚悟決めなきゃ…………ん? あれ?)


 時計だけじゃなく、ついついレジ前から外まで気にし始めた好実は予想外な人物を発見。

 いや、でもまさかと思いながら勝手にレジを離れさせてもらうと、好実が外へ出る前に相手が入店した。


「翠さん……」


 たった今コンビニに入ってきたのは義姉の翠さんとおんぶされる0歳姪。そして、すでに好実のお腹にドンとぶつかってきた二歳の甥だった。


「好実ちゃん……」


 好実の前で茫然と呟いた翠さんはすでに青ざめていて、彼女のSOSを越えた危機を教えてくれた。


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