8.小宮山さんに相談
「……浮気? あいつが?」
「そうなんですよ……とうとうやっちゃいました」
約束時間の二十一時過ぎ、仕事を終えたばかりの小宮山さんとファミレスで落ち合った好実は、とりあえず遅い夕食をとりながら打ち明け始める。
もちろん兄の浮気疑惑に関してだ。いや、義姉の勘が冴えたのだから完全に黒だろう。
後輩の浮気をその妹から報告された小宮山さんも、さすがにハンバーグを切るナイフをピタリと止めた。すぐにまた動かしたが。
「浮気……そっか、なるほどな。まあ、あいつにしちゃ遅かったんじゃないか?」
「……ん? どういう意味ですか?」
「だから、あいつにしては我慢した方だと思うぞ。なんせ女の子大好きだから。翠にとっては残酷だけど、あいつは奥さん一人で満足できる男じゃない」
「……ようするに、うちの兄はゲスいということですね?」
「そうだ」
「そうだじゃないですよ! そうだじゃ! 私は解決策を求めてるんです!」
小宮山さんは兄と違ってちゃんとしていると思っていたが、所詮は同じ穴の狢なのか? やはりこの後輩にしてこの先輩?
好実から後輩の浮気を教えられてもここまで動じないのだから、小宮山さんも男は浮気する生き物だから諦めろという考えなのかもしれない。
好実はもちろん完全に小宮山さんを見損なった。協力者になってもらい、いざとなったら兄を叱ってもらおうと思ったのに。
「……小宮山さんは、翠さんが可哀そうだと思わないんですか? 小宮山さんにとって、翠さんも大切な後輩でしょう?」
好実はこのまま諦めるわけにもいかず、今度は情に訴えるしかない。
兄が翠さんと交際を始めたのは高校生の時。そして当時兄の部活の先輩だった小宮山さんは、兄だけじゃなく翠さんとも親交を深めたのだ。
小宮山さんもここは兄の浮気を容認するんじゃなく、ただ翠さんの味方になるべきと好実は思うのだ。
だが小宮山さんは好実にジト目で責められれば、さすがにハンバーグを放りながらゲンナリした息を吐いた。
「俺だって、昔翠にちゃんと言ったんだよ。あいつはどうせこれからも同じことを繰り返すから、長く付き合う相手としてはお勧めしないって。でも翠は泣きながら、それでもあいつがいいって言うから」
「同じことを繰り返すって……もしかして兄は翠さんと付き合ってる時、浮気したことがあるんですか?」
「当たり前だよ。俺が覚えてる限り四、五回」
「へっ!? 嘘……」
「あいつはとうとう浮気したんじゃなくて、結婚前は散々浮気してたの。結婚してからは、さすがにどうにか落ち着いてただけ。だから結婚して六年浮気しなかっただけ、あいつは耐えたってことだよ」
小宮山さんの口によって新事実が発覚して、好実は当然唖然……。
まさか翠さんが結婚前はそこまで苦しめられていたなんて。
そしてとうとう結婚六年目にして浮気が再発した兄によって、翠さんがまた苦しめられ始めたということか。
「翠さん、あんなゲス野郎のどこがいいの……? 私だったら初回の浮気でけちょんけちょんに踏みつけて別れてやるのに。ましてやゲス野郎と結婚しちゃうなんて……」
「おいおい、妹の好実ちゃんがそこまで言っちゃおしまいだって。それに、さっきも言ったけど翠自らあいつを手放さなかったんだよ。浮気はやむなしにしても、他の女には絶対渡さないためにデキ婚だってしたんだから」
……小宮山さんの口からまた好実が知らなかった新事実が漏れた。
デキ婚……確かに兄は二十二才でおめでた婚だったが、それは翠さんが兄を離さないためにわざとだったの……?
もう開いた口が塞がらない好実に対して、向かいの小宮山さんは逆に呆れた顔をする。
「そういうこと、ちょっとでも疑わないのが好実ちゃんなんだね……。普通はさ、うっかり子供ができちゃって結婚なんて聞いても、ちょっとは怪しむもんじゃない? たいてい女性側が仕組んだのかなーって」
「……仕組んだ? 翠さんも仕組んだってことですか?」
「まあ、そういう女性もいるってこと」
小宮山さんは今更曖昧にしたものの、好実はしっかり確信させられたようなものだ。
翠さんは兄とどうしても結婚したくて子供を作ったと。
「……きっとそれだって、兄が翠さんを散々不安にさせたからです。浮気ばっかりして……」
「そうだね。でもまた振り出しに戻るけど、浮気ばっかりするあいつをそれでも選んだのが翠なんだよ。浮気されたくなきゃ、あいつとは結婚しなきゃいいだけだったんだ。だから翠が今更浮気したあいつに嘆いて、好実ちゃんに助けを求める方が俺はどうかと思う。それに、自分は何もせず人のいい好実ちゃんに何とかしてもらおうなんて、調子がいい」
好実が一旦黙ってしまうと、小宮山さんは残りのハンバーグを一口でかき込んだ。
「俺は滅多に来ないけど、ファミレスのハンバーグもなかなか美味いね」
「……小宮山さんは、やっぱり普段コンビニご飯ですか?」
「普段はなるべく自炊。俺の趣味がツーリングだからさ、けっこう金かかるの。お陰で彼女もできない」
「へえ……じゃあ小宮山さんは浮気もできないですね」
「俺は浮気できないんじゃなくて、しないの。男だってさ、本気で失いたくない人ができれば浮気なんてできないよ。大切にしたいし、傷つけたくないから」
小宮山さん……さっきはつい疑ってしまったが、やっぱりちゃんとした人だ。
いや、男としてかなりできた人?
じゃあ、そんな小宮山さんに比べて、やはり好実の兄はゲス男か……。
「ゲスいあいつがこれから更生するか俺はわからないけど、それでも好実ちゃんが翠のためにちょっとでも何とかしたいなら、俺も協力するよ」
「……小宮山さん、本当ですか?」
「うん。とりあえず俺はあいつの浮気相手をこっそり突き止めてみる。だから好実ちゃんは翠の方を説得してみなよ。いい加減、自分の口であいつに気持ちをぶつけろって。怒りでも悲しみでも、正直に」
「……はい」
好実はこの小宮山さんのアドバイスだからこそ、すんなり受け止めた。
もう好実じゃなく義姉自身がしなければいけないことを、義姉に教えなければ。
惚れた弱みで今まで溜めに溜め込んだ義姉の様々な思いをようやくぶつけなければ、兄だって気付けないままなのだから。
とりあえず、最初は好実に色々気付かせてくれた小宮山さん、今日は本当にありがとうございました。




