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36.もっと一緒に


「さっき、塁生君の話が出て思い出したけど……」

「……何ですか?」

「書道教室でのことです」


 電車から降りた二人が今度は好実の家に向かって歩き始めると、高城君から昔話が出された。

 書道教室だと、もう十四年前か。


「好実さんと塁生君が書道教室に仲間入りした日、ちょうど俺の前に座ったんです。塁生君は嫌々といった様子で、隣の好実さんにちょっかいを出して甘えてました。好実さんはただ宥めながら、根気強く塁生君に筆を持たせていました。……そんな好実さんの横顔がただ優しくて、きっとしょうがないなぁと思いながらも慈愛に満ちていて、俺はいつの間にか見惚れていました。でも、優しいお姉さんがいる塁生君を羨ましくなったんじゃなくて……」


 そこまで話して、高城君の足がわざと止まった。振り向いた好実とわざと目も合わせる。

 

「初めて胸が高鳴りました」


 昔の気持ちを思い出しながら今の好実を見つめた彼こそ、その目が優しい。そして初恋の喜びも伝えてくれた。

 好実の手を取る彼が、再びゆっくり歩を進める。


「それからは、俺の片想い人生が始まりました。やっぱりわざとあなたの後ろに座って、塁生君に振り向くあなたの横顔にいつもドキドキするんです。自分に振り向いてくれるわけじゃないのに……でも、週に一度の書道教室の時間が宝物になりました。宝物を手に入れて、俺は怖さもなくなったんです」


 彼の宝物話から出てきた怖さというワードに気懸りを覚え、好実は歩きながら視線を向ける。


「……小学六年生の高城君は、何が怖かったんですか?」


 聞いていいものか躊躇いながら口にすると、「俺の怖さは、ちょっと変わってるかも……」とすんなり続けてくれた。


「俺は小六にして喜怒哀楽が乏しくて、そのまま大きくなるのが怖かったんです。そんな怖さだけが生まれました。兄二人に邪険にされたって悲しくなることもなかったから、サイボーグみたいに寿命が来るまで生きなきゃいけないのかなって……それだけは何となく嫌で、怖くなったんです」


 ……サイボーグか。じゃあ今の高城君と正反対だったんだな。

 喜怒哀楽をちゃんと持って生まれた好実はそれが乏しかった彼の怖さはわからないが、想像だけだったら、やはりサイボーグなまま生きるなんて嫌だ。

 好実の場合は静かに目立たずひっそりと、線香花火みたいな人生を望みたい。それでも、やはり感情までは捨てたくない。

 静かな人生でも、喜怒哀楽はちゃんと生まれながら生きたいはず。

 喜怒哀楽が乏しかった高城君だって、そんな望みがちゃんと生まれたから怖くなった。


「俺は宝物を手に入れて、やっと人間くさくなれました」


 だったら、好実は単純に嬉しさが生まれる。思いもよらず高城君が怖さを失うきっかけになれて。

 でも彼はサイボーグだった反動で、美形が台無しになるほど人間くさくなりすぎたのかな。やはり彼は大袈裟。


「人間くさくなったなら、お兄さん二人にも怒ればいいんじゃないですか? 俺を邪険にするな。俺も家族だぞって」

「別にいいんです。俺だって兄二人を好きじゃないからお互い様です。それに俺は、また実家に戻って家族ごっこがしたいんじゃない。俺がこれから欲しいのは、好実さんと作る家族です」

 

 ……今のは、もしかしてプロポーズ?

 いや、まさかね。まだ交際を始めて一週間なんだから。

 でも高城君って当たり前のようにサラーッと言っちゃうから、つい真に受けちゃいそう。

 高城君と結婚なんて、想像すらできないのに。


「……俺のプロポーズ、真に受けてくれないんですか?」

「まっ、真に受けないですよっ。そこまで単純じゃないですっ」


 わざわざ可愛い顔して覗き込んでくるのもやめてくれっ。あざといぞ高城君! 小悪魔か!?


「……高城君、結婚詐欺師になったら絶対大成功するけど、絶対ならないでください。悪いことすれば、いずれ自分に返ってきますからね」

「ならないですよ。それに、俺は偽プロポーズなんてしないのに」


 好実の忠告にはさすがにムッとしたのか、高城君の口まで尖った。


「……あっ、じゃあせめて新婚ごっこしましょうよ。今は真に受けてくれないなら」

「えっ? しんこ……」

「スーパー寄るんですよね? 俺達、今から新婚夫婦です」


 彼は人間くさい美形だが、子供っぽさもしっかり備えている。そんな遊びを思いつくなんて。

 しかも、いかにもウキウキしながらスーパーに向かい始めた。

 彼とは恋人同士になっただけでもいっぱいいっぱいなのに、好実はただの新婚ごっこで更にアタフタしながら、スーパーでは夫になった高城君と買い物を済ませたのだった。

 でも高城君は夫というより、子供で甘えた。プリンまでねだられれば、好実も単純に可愛いと思うのだった。



「じゃあ、俺はこれで。また明日」


 外はすっかり暗くなり、好実の自宅前でスーパーの購入荷物を返した高城君はそのまま引き際よく帰ろうとした。

 五日前ファミレスで夕食をとった際は車で送ってくれたが、これからまた彼は駅に戻り電車に乗るのか……。

 スーパーまで付き合わせたせいで、好実はさすがに申し訳なくなる。


「えっと……よかったら、うちでご飯食べませんか? プリンも買っちゃったし……」


 ちゃんとしたデートもまだだというのに、お家ご飯に誘ってしまうなんて。

 でもこのまま帰したら後悔も残るし、ちゃんとお礼もしたいし、何より――――


「もっと、一緒にいたいです」


 さすがに正直になりすぎて、顔に熱が集中しながら口を押える。暗くてよかった……。

 そんな安心も生まれたうちに、さっき返された荷物を取り上げられる。

 そのまま好実は彼の胸に包み込まれてしまった。アパートの玄関前だというのに。

 でも好実こそがそんなこと忘れて、彼と重なる鼓動ばかりを感じる。


 こんな恋のドキドキは、彼にしか生まれない。

 昔も今も、好実は彼だけ。彼だけに恋してしまう。

 まだ弟離れができず、これから必ず弟を離さなきゃいけないことが、今の好実の最大の怖さ。

 でも、彼だってもう離せないのだ。

 再び彼に恋したあまり、彼も離せない人になってしまった。

 きっと一緒にいればいるほど、これからもっとずっと離せなくなってしまう。

 弟を離さなきゃいけないのは第一に弟のためでも、彼に対しては、ただ恋をしているだけなのだ。

 恋するあまり、彼とは離れたくなくなるばかり。

 弟のように突き放す必要がない分、ただ深入りしてしまう。恋心に任せて、限界がないままに。


 でも好実はそんな自分に対する怖さには気付けない。

 やはり恋は盲目なのだ。

 今はもっと一緒にいたいままに、抱きしめられる。

 初めて彼の胸におさまれば、好実は恋愛経験値など初めて関係なくなってしまった。

 経験のなさなど、本当はどうでもよかったのだ。

 そもそも、好実が恋するのは彼だけなのだから。


 ただドキドキして、まだ離れたくないままに彼の服を掴む。

 それを合図にしてしまった彼が少し離れた。

 顔をあげてほしいとお願いされる。

 まだアパートの玄関前であることも忘れ、彼とちゃんと目を合わせた。

 すぐに彼の唇と触れ合い、好実は自然と目を閉じると共に彼の胸の中で震えた。


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