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35.一緒に電車


「お疲れ様でーす」

「あれ? 好実ちゃん、今日はあいつ待たないの?」

「はい。今日は土曜日なんで」

「あ、そっか」


 いつもならバックヤードの休憩スペースで一時間ほど兄を待つが、今日は兄の定休なので電車で帰るのだ。

 仕事終了後、すでにバックを持った好実を見つけた小宮山さんもすぐ納得。


「俺が言うのも何だけど、好実ちゃん大変だよね。あいつに合わせなきゃいけなくて」

「大変じゃないですよ。だいたい兄の車で楽してますから。週末だけ電車も楽しいですよ」


 帰ろうとした矢先、結局小宮山さんと話し始めてしまう。

 兄は人手不足で困っていた小宮山さんに失業中の好実を売ったようなものなので、小宮山さんが好実の通勤方法まで気にするのもやむを得ないのだ。

 なんせ兄の送迎がなければ、好実はこのオフィスビル内のコンビニまで電車と徒歩合わせて一時間以上。近所のコンビニなら徒歩一分だからね。


「でもうちの兄って送迎に関してだけは、私に甘いと思いますよ。兄は土日休みでも、私がバイトなら朝送ってくれますから。帰りも、暇なら来てくれたり」

「へえ……それは確かに優しいね」

「私に優しくするんだったら、休日は完全に家族サービスしてほしいですけどね」

「送迎くらいは頑張って、妹に優しくしたいんじゃない? こんな遠いコンビニでバイトさせちゃった申し訳なさもあるんだと思うよ」

「まあ私はラッキーなだけですよ。ここの店長の小宮山さんは、私と相性良くて優しいし。ふふふ」


 最後に小宮山さんも笑顔にさせてからバイト先を離れた好実は、今日は電車で帰るため駅へ向かう。

 駅ビル内の食品フロアで買い物してから帰るか、それとも近所のスーパーに立ち寄るか、歩きながら迷い始めた。

 「やっぱり安いスーパーにするか」とついでに呟くと、ふいに背後から肩をポンとされた。

 ヒッ……誰? もしかして好実の落とし物を拾ってくれた人?

 でも今時、肩ポンで呼び止める人いる? 普通は声で十分だよね。


「好実さん、俺です」

「あ……高城君でしたか」


 ビビりな好実が振り向く前に教えてくれてありがとう。でもいきなり肩ポンはやめた方がいいよ。

 今の女性はみんな用心してるからね?

 でも高城君は好実相手に肩ポンしたからか、ニコニコ笑顔を向けてくるのみ。

 美形はミステリアスが一番と思っていたが、愛想いい美形もいいもんだね。


「今日はお兄さんの車じゃなくて電車でしょう? 俺が送ります」


 好実の兄が土日定休なことも見越して、これから帰る好実の前に現れる高城君。これぞ徹底したジェントルマンやん。

 ここまでしてくれるのだから、しっかり喜ぶべきだよね。ここは遠慮しちゃダメダメ。


「わーい、嬉しいな」


 喜び方へたくそすぎんか。子供だってもっと上手に喜ぶぞ。

 でも高城君には幸いわざとらしさは伝わらず、無邪気に喜んだ好実にグッときたらしい。だって高城君の喉がグッと鳴ったから。


「……好実さんが愛らしすぎて、飛び上がりそうです」


 高城君だったら本当に飛び上がりそうだな。好実の隣を歩くだけでスキップしてくれそうになるもんね。

 高城君こそ本当に無邪気で可愛い男性。

 でも本当に飛び上がる前に帰るか。


「じゃあ、行きましょうか?」

「はい。今日は二人で初めての電車ですね」

「……へ? 車じゃないんですか?」

「今日は電車で一緒に帰りたくて。いいでしょ?」


 いいも何も、好実は電車で帰る予定だったからどっちでもいいのだが……高城君、今日は朝からそのつもりで車で来なかったのかな。


「じゃあ、駅行きますか」

「はい。はぁ……幸せすぎて胸がいっぱいです」


 と高城君恒例の胸を押さえながら、もう片手は好実と繋がる。

 大袈裟な彼には慣れたので、好実は普通に別の緊張感を覚えながら歩き始めた。

 恋人と一緒に初めて電車で帰るのか……特に失敗しようもないが、どうか失敗しませんように。



「こうして、毎日一緒に帰れたらいいのに……」


 駅に向かって一緒に歩き始めながら、高城君は呟く。

 しかし好実が「それはちょっと……」と曖昧に断れば、彼の視線が向いてしまった。


「じゃあ、土日限定ならいいですか?」

「それも、だめです」

「なぜ?」

「なぜって……高城君の休みが土日だからですよ。佐紀さんに確認しました」


「佐紀め……」と零した高城君が子供みたいに悔しそうな顔をする。佐紀さんに聞かなくたって、好実は断ったのに。


「休みの日は、ちゃんと休まないとだめですよ。何のために仕事休みがあると思ってるんですか?」

「俺の休みは好実さんと会うために存在します。でも好実さんは今日も明日も仕事だから、せめて同じオフィスビルで待機してるんです。我慢できなくなったら、コンビニ行きます……」


 着実に駅に近づきながらも、高城君の足取りは感情のまま重くなる。

 土日は好実がいるコンビニにしか行けなくて、素直に気持ちが沈んでしまうようだ。

 シュン顔は捨てられた子犬みたいで慰めたくなっちゃうけど、駄目だ駄目だ。同情は最も禁物。

 高城君は、悪く言えばいくらでもつけあがるから。


「好実さんは今日も俺が出勤してるってわかっても、昼休憩は会ってくれませんでした。俺は悲しくて、何も食べなかったです」


 シュン顔でしっかり責め始めたな、高城君。でも週末までランチを共にしちゃったら、ますます彼はオフィスビルから離れないし、週末まで奢ることになっちゃう。

 やっぱりメリハリは大事だから、彼の責め言葉は聞き流そう。ランチは平日だけ!



「高城君、ちょっと待っててください。切符……」

「もう買っておきました。はい切符」


 駅に到着後、たまに電車に乗る時はICカード利用の好実は高城君の分だけ切符を購入しようとしたが、彼は前もって好実の分も購入。

 断るわけにもいかず受け取ってしまった。

 こうやって何事も事前準備しておく高城君に慣れないようにしなきゃ。ゆくゆくは、ただの図々しい彼女になってしまう。


 改札を通ると、高城君の手はまた好実と繋がる。

 こういう自然な行動が、まだまともなデートすらしたことない好実との違いなんだろうな。

 この前高城君は慣れていないことを恥じないでと言ってくれたが、好実がどうしたって恥じてしまうのは、経験不足で失敗して、彼に恥をかかせかねないから。もしくは、内心呆れられたらどうしようなんて懸念してしまうのかも。

 それとも結局、初めての交際相手が高嶺の花すぎる高城君だからなのかな。

 もはや彼と隣り合わせで電車に揺られ始めただけで緊張するなんて。

 心配や懸念じゃなく、100%隣の彼を意識してドキドキできればいいのに。


(私ってビビりなだけじゃなく、相当ネガティブな陰キャ……?)


 高嶺の花相手に失敗が怖くてビクビクしてるなんて、二十五歳にもなって情けない。でも、これが好実の本来の姿なのだ。

 失礼かもしれないが、今隣にいるのが小宮山さんだったらむしろリラックスしすぎて、電車の中で眠くなっちゃうかも。


「好実さん」

「え? はい?」

「俺といる時は、俺のことだけ考えて」


 うっかり小宮山さんを思い出した頭を見透かしたかのような高城君の発言。それには驚かされたが、それ以上に恥ずかしい。

 電車内での彼の声がボリューム普通すぎて、周りの人達にも丸聞こえだったはず。バカップルと思われるからやめて。


「あー、えーと……そうそう、高城君は白宇ですよね。偶然ですね。電車が一緒なんて」

「ですね。でも、俺も好実さんと同じ小名山がよかったです。引っ越そうかな……」

「へ? 十分近いですよ、十分」


 高城君とは偶然同じ路線。しかも二駅違いだというのに、彼はどこまで距離を狭めたいのかな。

 好実が宥めなければ、来週には内緒で好実のアパート近くに引っ越してきそう。

 この高城君だからこそあり得すぎて、好実はもはや余計なことが言えない。

 結局、財力がある男は突然何をするかわからないということか。


「好実さんは、何年前から一人暮らしですか?」

「私は、えーと……十九歳だったから六年前ですね」

「そんなに早くから? なぜ? 実家も近いのに」

「単純に一人暮らしがしてみたくて……でも本当は、出ていかなきゃって気持ちでした。兄が結婚して家族が増えたから。実家は今じゃ九人家族ですよ。私の居場所は完全にないでしょ?」


 高城君は特に同情顔もせず、むしろパッと笑顔を浮かべた。


「じゃあ、俺と同じですね」

「え? 何が……?」

「俺も追い出されたんです。兄二人に。高校卒業したら出てけって言われました」

「……そんなにはっきりと?」

「そりゃあもう容赦ないですよ。三人兄弟なんて、取っ組み合いの喧嘩ばかりです。今も」

「……へ……へえ……本当に?」

「それは嘘です。ごめんなさい」


 結局どこからが嘘なんだ? 取っ組み合いの喧嘩だけ?

 それはともかく、高城君もそんなに早く実家を出たのか。じゃあ大学生から一人暮らし……。

 詳しい事情は聞けないが、高城君のお兄さん二人ひどくない? 末っ子追い出すなんて。

 

「好実さんと違うのは、やっぱり兄弟仲ですかね。俺は兄弟の中で邪魔なだけでした。母の連れ子だから」


 電車内でそんな告白までされてしまい好実が黙ってしまうと、何でもないかのような口調で告白した高城君はまた視線を向けた。


「でも好実さんの一人暮らしは心配です。だから、せめて俺は近くに引っ越したい。部屋の隣とか空いてないかな……」

「それはだめですっ。大袈裟です。大丈夫ですよ。弟も時々様子見に来てくれるから……ほら、弟は心配性なんで。はは」


 ここは心配性と偽る好実の弟を思い出させて、彼の口を止めさせる。

 冗談だろうけど、油断できないのが高城君だ。

 でも高城君は家族内で複雑な立場にあることがわかり、好実もこっそり複雑な心境に陥る。

 今はオフィスビルの最上階にいる彼も、様々な苦労を味わってからそこまで上り詰めたんだな。


「次で降りますよ」

「あっ、はい。じゃあ高城君、今日はこれで……」

「何言ってるんですか、俺も降りますよ。行きましょう」


 最後まで送ってくれるのは当然なのか、好実が降りる駅に高城君も降りてしまった。

 とりあえず、電車内では失言等の失敗はしなくてよかった。

 でも高城君のことをもっと大事にしようと改めさせられた時間でもあった。


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