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29.ファミレスデート②


「じゃあ、食べましょうか」

「はい、いただきます」


 高城君はファミレスもほぼ来ないという。もちろんファミレスのタラコパスタも今夜初体験の彼は、「これが折原さんの好きなタラコパスタ……」と呟きながらクルクルし始めた。

 それだけで、うっ、可愛いとヤラれてしまった好実は、もはや高城君なら何でも可愛い?

 だって高城君、さりげなく行動や言動が可愛いんだもん。

 こんな美形で更に可愛いなんて、マジで最強だよな……。

 でも時に男らしさもしっかり見せてくれるし、はあ……ミラクル。


「今、ミラクルって言いました?」

「え? いえいえ。それよりどうですか? タラコパスタ」

「美味しいです。折原さんはファミレスなら、いつもこれですか?」

「はい。冒険心なくて……」


 「一途なんですね」とニコッと言い直してくれた高城君、まぶしっっ。

 ううう、目が、目がぁぁ……。

 いやいかん。こんなことで一々ヤラれてたんじゃ先が持たん。

 とりあえず、自分も落ち着いてタラコパスタを食べ始めよう。


「……でも、今日は棚から牡丹餅でした。まさか、折原さんの方から夕食に誘ってくれるなんて。実はまだ、この場にいることも信じがたいんです。夢なんじゃないかと……」


 いつの間にかタラコパスタを見つめるばかりで、その目も微かに揺れている高城君。

 そんな純すぎる彼こそ夢の産物なんじゃないかと、好実はポカン……。

 初めて夕食を共にしたくらいで、夢のように思えるなんて。しかもファミレスなのに。

 好実だって初のファミレスデートくらいで入店前は怖れも抱いたビビりだが、ここまで感激してくれる彼には負けてしまう。

 今日の高城君は三日会えないのが耐えられず強行突破したのに、今はまるで付き合い始めたばかりの彼女を崇高な存在にまでする中学生みたい。

 今の中学生みたいな彼に影響され、好実も中学生に戻されるような感覚に陥る。


 中学生の時、初めて彼から告白され、断るばかりじゃなく友達から始めていれば、二人は中学生からデートも実現したのかな。

 そんな今更なことをうっかり思いついてしまった好実は、そんな思いつき自体が甘々なことをすぐに実感。

 もし本当に中学生だった自分が彼と友達から始めたって、絶対にうまくいくはずなかった。

 そんなこと、今の好実だから断言できる。

 中学生の自分が今よりもっと奥手で不器用だからでもなく、好実にはいつもくっついている弟がいるから。

 どうせ休日にデートなんてできやしない。見つかれば、ぶち壊されてお終い。


 やはり大人になった今じゃなきゃ、ファミレスデートだって実現しないのだ。自分には決して離れない弟がいる限り。

 今だって、本当は弟の目を盗んで彼と一緒にいるだけ。


「折原さん、どうしました?」

「……え? いえ、何でも」


 いけないいけない。今のところ順調だったのに、いつの間にか頭の中は弟に囚われるなんて。

 ……でも、好実はいつもそうだった。友達や親しい同僚と話している時、いつの間にか弟の話を持ち出して、また?と呆れられる。

 この前、小宮山さんとファミレスに行った時も同じで、苦笑された。

 何より高城君と一緒の時でさえ弟を思い出し、彼と弟を比べたりもしてしまう。

 そこまでくれば、好実の悪い癖でしかない。

 せめて彼の前では思い出さない努力をしなきゃ。今だって、彼に訝しさを与えてしまった。


「……あっ、そういえば聞き忘れました」

「何ですか?」

「高城君って、私の兄を知ってたんですか?」


 そうそう。一度は疑問に思ったのだが、すっかり忘れていた。

 弟を頭から追い出した代わりに、好実は兄を思い出した。正確には、さっきオフィスビルの駐車場で好実と兄の前に突然現れた高城君。

 その時の彼は好実の兄と初対面にもかかわらず、「初めまして、お兄さん」と言ったのだ。

 好実は兄が同じオフィスビルで働いていることもまだ教えていないので、そもそも彼は兄を知っていたということ。


 今頃好実に確認された高城君は、なぜか疚しげな表情でタラコパスタを見下ろしてしまった。


「……すみません、折原さん。正直に言います。実は……折原さんのお兄さんを知ってました」

「はぁ……そうですか。でも、何でそんな顔するんですか?」

「……折原さんにとっては気分が悪いかと思って。でも、言い訳はさせてください」 

 

 何だか高城君、大袈裟だな。別に兄を勝手に知っていても、好実は気分悪くなったりしないのに。

 彼はしっかり疚しさを見せた後、今度は真剣に弁解し始めた。


「最初に知ったのは、佐紀なんです」

「佐紀さん……」

「それで佐紀は、折原さんと一緒に帰る男性が誰なのか気にして、勝手に調べました。それで折原さんのお兄さんだと、俺もわかったんです」


 何だ、じゃあまた佐紀さんのお節介か。

 彼はまったく疚しくなる必要ないのに、やっぱり大袈裟だ。

 でもナイーブな性格だから、好実の気分を害したとまで思ってしまうのだろう。ここはきっちりフォローしなきゃ。


「じゃあ、佐紀さんにお礼を言っておいてください。高城君が私を誤解しないようにしてくれて、助かりましたって」

「……はい」

「でも、私は高城君が勝手に調べたって構わなかったんですよ。その……恋人だから」

 

 高城君の気持ちを上げようとしすぎて、最後の一言は多かったかも。

 彼に対しては、いつも余計に言ってから後悔してしまう。まあ、正直な気持ちなんだけど。

 好実だって、恋人に特別甘くなってしまうのは当たり前だから。


「……はは、じゃあタラコパスタ食べましょ。全然減ってない」

「……俺は胸が苦しくて、もう食べられません」

「え?」

「残りは、折原さんにあげます」

「ええ?」


 フォークを放り、胸ばかり押さえ始めた高城君は今夜もナイーブ。嬉しくて胸が苦しくなるあまり、お腹までいっぱいになっちゃうなんて。

 好実は目の前のタラコパスタを二つにされ、一応戸惑ってしまう。

 いや、食べられますよ? 全然余裕で二つ食べられるんですが……これ、女子としてはどうなの? 

 このまま二つ食べちゃNGなんじゃない?

 「えー、私二つも食べれなーい」とか言いながら、一つだけにしとく?

 でもなぁ……ナイーブな彼に返して無理やり食べさせるのも酷だし、そもそも好実はいやしくて食べ物残せない。何よりタラコパスタ大好き……。


(じゃあ食べるか)


 ここはさっさと開き直り、好実は本当に彼の分も平らげ始めた。


「美味しいですか?」

「はい、もちろん。高城君は胸の苦しさ取れました?」

「……今はキュンとしてます」

「キュン?」


 タラコパスタを二つ平らげる好実は無事好評だったようで、高城君の胸はキュンキュンするらしい。

 今更思うけど、高城君の趣味って変わってるかも。

 つまり……食べる女子が好き?

 好実のことも、こいつは食うなと想定して好きになった? なんてね、さすがに考えすぎか。

 でも一昨日から何も食べていない高城君に関しては、一応注意しておこう。


「高城君、家に帰った頃にはお腹空くはずだから、ちゃんと食べてくださいね」

「……折原さんは、ちゃんと食べる男性が好きですか?」

「そういうわけじゃ……人の身体はそれぞれだから。でも、私のせいで三日食べないのは心配です」


 彼のナイーブさはすぐ食欲に影響してしまうから、無理して食べろなんて言えない。

 じゃあ、好実がなるべく彼を刺激しないのが一番大事なんだろうな。

 よし、穏やかに穏やかに。彼とは穏やかな恋人関係になろう。


「折原さんが毎食一緒なら、ちゃんと食べるのにな……」


 シュン顔でそんなこと言い始めた高城君、それ絶対嘘でしょ。

 現に今、好実にタラコパスタ二つ食べさせてますからね。

 でもシュン顔の彼は可愛いから、やっぱり好実は甘くなってしまうのだ。


「また来たいな……来週」


 昼間のちゃんとしたデートもまだなのだから、夜のデートなんてまだまだと思っていたけど、今日は成り行きで夜のファミレスデート。

 お陰で昼のランチだけじゃなく、夜に一緒にいられる嬉しさを知ってしまった。


 また来週もと望めば、彼の表情がやっと明るさだけになった。

 瞳までキラキラして、そんな単純で子供みたいな彼も愛しい。

 今夜のファミレスデートの収穫は、間違いなく彼への愛しさ。

 ナイーブすぎて食欲失くす彼だって、好実にとってはもう愛しいだけなのだ。


 いつの間にか愛しい彼に夢中になるあまり、いつも弟のことを思い出しがちな好実の悪い癖も自然と鳴りを潜めてしまった。


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