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28.ファミレスデート①


「……混んで、ますね」

「……はい」


 どうしたどうした。オフィスビル近くのファミレスが、今日に限って激混みではないか。

 まだ夕食時より少し前で、しかもここの客層はサラリーマンやOLなので、昼に比べ夜は落ち着いているはずなのに。

 うわー、店の外まで行列できてる。

 今夜は急遽ファミレスデートを決行した好実と高城君は、もちろん入店できないまま一度立ち尽くす。


 ……ん? そういえば行列のお客さん達、お揃いのTシャツ着てるな。

 もしやと思った好実は最後尾に並ぶお客さんに近づいてしまう。

 「あのー」と声を掛けると、「へっ?」と振り向かれた。

 

「すみません。お尋ねしますが、今日はライブがあるんですか?」

「うん。すぐそこのライブハウス」

「へえ。ちなみに誰の?」

「えーちゃんだよ、えーちゃん。知ってる?」

「ああ、永ちゃんね、永ちゃん……え!? 凄いじゃないですか! 永ちゃんがすぐそこのライブハウスに!?」


 驚くことにロックの神様が近くに降臨しているらしく、好実の食いつきが変わる。


「違う違う。えーちゃん」

「えーちゃん? 永ちゃんじゃなくて?」

「永ちゃんなんて来るわけないよ。そこのキャパ500だよ? 来るのは、えーちゃん」


 好実に教えてくれたおじさまは、親切にもスマホでえーちゃんの姿も見せてくれた。

 ん? これはどう見ても……。

 

「やっぱり永ちゃんじゃないですか!」

「違うんだって。えーちゃんは永ちゃんのパクリだから。パクリ」

「ははは、永ちゃんのライブは当てるのも難しいからさ、俺達はパクリのえーちゃんで楽しむの」


 おじさまの隣にいたおじさまも会話に混ざり始める。とにかく、今日はえーちゃんというパクリアーティストのライブがあり、このファミレスが激混みらしい。

 本当だ。店内を覗けば、ほぼ100%えーちゃんTシャツ着てるやん。

 「えーちゃん人気やなぁ。パクリなのに」と好実の口からつい零れる。


「それでもパクリでキャパ500埋められるんだから、えーちゃんは十分すごいよ」

「えーちゃんのファンは、永ちゃんファン並みに熱いからね!」

「へえ、じゃあ暇潰しにえーちゃん語ってくださいよ」

「オッケーオッケー」


 とファミレスの順番待ちついでにおじさま達のえーちゃん語りを楽しもうとした好実は、三分ほど放っていた高城君にストップをかけられる。


「折原さん、違うファミレスにしましょう」

「え? でもえーちゃん……」

「行きますよ」


 高城君が問答無用といった態度でファミレスを離れてしまったので、好実もおじさま二人に感謝してから追いかけた。

 意外にせっかちなんだな。行列とか待てないタイプなのかも。

 やっぱり最上階にいる男たるもの、時間の無駄は徹底的に省くのか。


 オフィスビル近くのファミレスは諦めた二人は一度オフィスビルの駐車場に戻り、高城君の車でもっと先のファミレスへ移動することに。

 普段兄の車しか乗らない好実は初彼氏の車を前に、もちろん緊張。

「どうぞ」とドアまで開けてもらいカチコチと助手席に乗り込むと、思わずウホッと驚いてしまった。

 いやいや、実際に声には出してませんよ。ウホッだなんて、ゴリラじゃあるまいし。

 でも、まさにウホッな座り心地。何やねん、この魔法シート。兄の車とは全然違うやん。 

 座っているのに、まるで浮いているかのような感覚……。

 しかもドアまで閉めてもらっても、閉まる音がバン!じゃなくて、静かにボフン……という感じ。

 え? これぞ高級車ってこと? 高級車は音まで違うの?

 一体この車、兄の車の何倍価格なんだろう……貧乏人って結局そういう発想に行きついちゃうよね。

 ここはとにかく、乗り心地天国すぎて寝ないように気を付けよう。



「折原さん、着きましたよ」

「ウト、ウト……ハッ」


 たった五分程度の移動でも半分落ちかけた好実は、気が付けばファミレスの駐車場に。


「すみません。天国すぎて……」

「天国? どこが?」

「え……ここが」


 寝ぼけていると思われたのか、好実はクスリとされてしまった。


「いやいや、笑ってる場合じゃないですよ。高城君も気を付けてください。居眠り運転」


 ここはマジで注意させてもらう。こんな天国車乗ったら、誰だって間違いなく居眠り起こすよ。

 五分も耐えられなかった好実は逆に高城君が信じられない。


「慣れれば平気ですよ」

「慣れ……そんなもんですかね」

「折原さんも、俺の車に慣れてください」


 高城君はシートベルトまで優しく外してくれた。彼の腕が少し触れただけで、好実の身体がカチンとなってしまう。

 さっきまで寝るか寝ないかの瀬戸際だった自分が今は信じられないほど、彼と一緒にいる緊張が蘇ってしまった。

 好実の緊張が伝わったのか、高城君が誤魔化すように小さく咳払いした。

 今度は好実が彼の緊張を伝えられた。


「行きましょうか」

「はい」


 やはり、車内で二人きりはまだまだ早かった。

 好実がこの程度でギブアップしてしまうから、まるで彼にも影響してしまう。情けないし、申し訳ない。

 恋人になった男性と夕食を共にするなど初めてのせいで、今更怖さのような感情まで襲ってくる。自分から誘ったくせに。

 何かしら失敗したらどうしようとか、会話が弾まなかったらとか、そんな小さな不安ばかりが積み重なって。

 恋愛経験が不足どころか皆無だったから、初の恋人を手にすればこんなにもビビり。

 男兄弟に挟まれたせいか、基本男性にも平気で強気になれるし、さっきみたいに知らない男性二人にだってズカズカ割り込めるのに。

 高城君にだけは、そんな自分が鳴りを潜めてしまう。今なんて、ただ怯えている小動物。


(……いや、高城君にだって時に強気だったか。一度は泣かしたこともあるし、今日だって、さっさと帰れってコンビニから追い出した……。よし、私はいける。私はいける)


 とうとうファミレスに入り彼と向き合ってしまえば、好実は過去の強気自分を振り返ることで、今の自分を奮い立たせることに。

 つまり、今も強気でいこう。あえて自信を持てば失敗も生まれにくいし、会話も弾むはず! 


「お待たせしましたー。タラコパスタでーす」


 愛想のいい接客で注文料理を運んでくれたお姉さん。そこまではいいのだが、タラコパスタを置くついでに高城君の顔をガン見したよね。

 向かいにいる好実もしっかり気付いたよ。

 美形好きなのかなと見守っているうちに、今度は好実の前にタラコパスタを置きながら、お姉さんはまたガン見。


(え? 今度は私をガン見?  なぜ?)


 と思っているうちに、最後は笑顔でうんうんと頷かれる。

 ファミレスのお姉さんの謎行動……。

 あ、つまり好実は励まされたのか? 相手がこんな高嶺の花だから、その分お前頑張れよって?

 ありがとう、お姉さん……間違いなく今の好実に必要なのはお姉さんの励ましでしたよ。


 じゃあお姉さんに応えるためにも、初ファミレスデート頑張りますか。


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