27.高城君の強行突破
(返事来ない……)
兄を待つためバイト先の休憩スペースで待機した後、今度は移動して兄の車に寄り掛かりながら待ち始める。
そんな好実はまだスマホから目を離せないまま。
二十分ほど前に送ったメッセージはすぐ既読になったものの、返事は来ないまま。
そのせいで、このまま帰っていいのかすら迷いが生じる。
再びラインしてみるか。それとも……またこの駐車場で待ち伏せしてみる?
「いやいや、それはやめよ。迷惑迷惑」
「おい好実、人の車に寄り掛かるな」
やっと来た兄はさっそく文句。別に高い車でもないのに。
「待たせる方が悪いんだよ」
「何言ってんだよ。たった十分だろ」
「十二分ですー」
「細かっ」
車に入る前にさっそくこの兄妹らしい会話を始めると、兄の車の前に男性が近づいた。
助手席に乗る前の好実はすぐに高城君だと気付いた。
彼を知らない兄はさっそく訝しい視線を向ける。
「えーと、どちら様? 邪魔なんですけど」
「初めまして、お兄さん」
「ん? 俺のこと知ってるの?」
「はい、高城といいます。好実さんの……」
「お兄ちゃん、私の知り合い。中学の同級生で、このオフィスビルに勤めてる人。私に用事あるみたいだから、先帰ってて」
好実は突然兄と会話し始めた高城君を止めるため、彼の腕を掴んで兄から離れてしまった。
今日の彼の行動はちょっと行き過ぎていると判断したからだ。
好実だって突然彼を待ち伏せしたことはあるが、その時は彼の連絡先を知らなくて直接謝罪するためだった。彼との約束を守れなかったから。
でも今の彼の行動にはおそらく明確な事情がない。ただ感情のまま、好実の前に現れたに過ぎないのだろう。
好実は高城君を連れながら駐車場の入口まで戻ると、ようやく向き合った。とりあえず彼の突然の行動を言葉にしてもらうために。
「どういうことですか?」
「……どういうことって?」
「何で急に……」
「折原さんの真似しただけです。前に、ここで俺を待ってくれたでしょう?」
「そうですけど……あの時は……」
「こうでもしなきゃ、会えないからです。この三日、まともに会えていない。俺はもう耐えられないです」
好実は責めるつもりはなく冷静に問い詰めただけなのに、彼からははっきりと責められてしまった。
その顔は怒りに満ちているわけじゃなくとも泣く寸前のような感情にまみれていて、好実を責める声もただ切実。
彼は好実の前になると、どうしてこんなにも人間くさいのだろう。
場所が公園でもコンビニでも、会社の駐車場でも構わない。自分の行動に恥じることも躊躇うことも、疑うこともしない。
好実が友達から恋人になったから、とうとうブレーキもなくなってしまったのだろうか。
好実がいくら彼のために社会人らしい行動と距離を求めても、彼はきっとそんな好実こそ信じられないだけなのだろう。
そんな希望を持つ好実こそおかしいと思ってしまう。それが高城君なのだ。
ようやく好実もそこまでわからされてしまった。
「……わかりました。今回は私が悪かったです。三日も会えなくて、ごめんなさい」
正確には二日か。三日目の今日は、彼が強行突破してしまったから。
好実がとうとう負けを認め、高城君に合わせてしまったからか、彼の両手が好実の腕を掴んだ。
その顔はもちろん、あっさり喜びに満ち溢れてしまう。
単純な美形か……ミステリアスな美形の方が需要あるし絵になるのにな。
高城君に残念ポイントが生まれてしまった。
「折原さん、会いたかったです」
「それは、十分わかりました」
「折原さんは?」
「……はい。私も同じです」
確かに理屈や常識を抜きにすれば会いたい気持ちは同じなので、好実は負けたついでに素直にもなる。
この三日辛い思いをさせたのだから、罪滅ぼしもしなきゃ。
でも腕まで掴まれた挙句、彼の顔もどんどん近づいてくるようで、男性とこんなシチュエーション初めての好実はとっくに狼狽えてしまった。
わざとらしく斜め上を見るしかない。どうせ顔も真っ赤だろう。
ごめんなさいね、免疫なくて。
「……恥ずかしいんですか?」
「……わざわざ聞かないでください。私は慣れてないんです」
あーあ、高城君が容赦なく図星をついてきたせいで、自ら暴露してしまった。
勝手に気付かれるまで隠しとこうと思ったのに、そう上手くはいかないものだ。
「俺が初めてってことですか?」
「そーですよっ。だから手加減してください」
好実のやけくそなお願いに、高城君が胸を押さえる。
お陰で離してもらえたが、ドン引きじゃなくめちゃくちゃ感激してくれたらしい彼は「生きててよかった……」と呟いた。
単純な上に大袈裟な美形だな。
「どうしよう……折原さんが愛しすぎて、もう離れたくありません」
「それは現実的に無理なんで、これからご飯食べに行きませんか? どうせ今日も何も食べてないんでしょう?」
「何で知って……」
「佐紀さんがわざわざ教えてくれました。一昨日も昨日も、何も食べてないって。だめですよ。佐紀さんを心配させちゃ」
その前に三日も食べないでよく平気だよなぁ。断食してるようなもんじゃん。
好実なんて半日の断食でくじけるかも。
でも好実に注意された高城君は案の定嬉しそうな顔をするばかり。折原さんが俺のために怒ってくれた……とか思ってるんだろうな。
今の好実は彼の心がけっこう丸見え。だって単純な美形だから。
「どこ行きますか?」
「どこでも……でも高いところはちょっと」
「じゃあファミレスにしましょう。すぐそこの。折原さんが好きなタラコパスタ、俺も食べたいです」
こうしてファミレスに行くことが決まり、好実の手も握った高城君はついでにスキップまでしそうかも。
ファミレスに行くだけで全身から嬉しさがほとばしっている。
可愛いなんて思ってしまった好実も、すでに彼の嬉しさが伝染してしまった。
今日の二人は共に嬉しくなりながら、初めてファミレスデートに向かったのだ。




