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26.意地悪な彼女


「好実ちゃん、ちょっと話せる?」

「あ、小宮山さん、私もちょうど話があったんです」


 今日も仕事終わりに兄を待つためバックヤードの休憩スペースにいると、小宮山さんも来てくれた。

 最近この時間を利用して話すことはあるが、今日は互いに話があって並び座った。


「小宮山さんからどうぞ」

「いいよ、好実ちゃんからで。俺の話は大したことないから」

「そうですか? じゃあ……」

 

 と言いながら、先を譲られた好実はカバンの中からある物を取り出す。


「小宮山さん、まずこれ見てください」

「ん? レシート?」


 好実が見せたのは、今日の昼に塁生から預かった証拠のレシート三枚だった。協力者の小宮山さんにも見てもらわなければ。


「これは兄の財布に入ってたレシートで、兄の浮気場所がわかるかもしれないんです。うちの弟が見つけてくれました」

「ああ、だから今日は塁生君が来たのか」


 「じゃあさっそく見せてもらうね」と言いながら、小宮山さんは三枚のレシートをそれぞれじっくり眺める。


「なるほど……この二枚は、あいつが普段利用しないコンビニか。そしてこの駅前のコンビニはゴムを買ったと。塁生君には感謝だね、これで俺達はあてずっぽうに動かなくて済む」


 さすが小宮山さん、理解早いな。コンビニのレシート三枚見ただけで、これからどう動くかも定められたようだ。


「私、今から調べてみます。この松尾店と獅山店の近くにラブホがあるか」

「うん、まずはそこからだね。そして問題は、あいつが今度いつ浮気相手と会うかだけど……これはやっぱりあいつから直接探るしかないか。俺がまたあいつを飲みに誘ってみるよ」

「はい。小宮山さん、よろしくお願いします」

「……ん? ちょっと待った。大事なところを見落としてた」

「え?」


 再びマジマジとレシートを見つめ始めた小宮山さんは、ハッとしたように好実に視線を向けた。


「わかった……次にあいつが浮気するのは明日かも」

「……へっ!? 明日!? なぜそんなことがわかるんですか!? 小宮山さんの千里眼?」

「まあまあ、興奮しないで。ヒントは、俺が最初は見落としてしまったこの日付」


 ヒントって……小宮山さん、素直に教えないつもりですかぁ?

 小宮山さんも自分で気付いたから、好実もそうしろって? いけずぅぅ。

 まあいっか。さっさと小宮山さんが出してくれたヒントの日付を見よう。

 今度は好実がマジマジとレシート記載の日付確認。

 

「んー……わからん。この二枚のレシートは、共通点が火曜日くらいしか……」

「そうだよ! それが答え! ようするにあいつが馴染みないコンビニを利用したこの両日とも、火曜日なんだよ。こっちの松尾店は先々週の火曜日。そしてこっちの獅山店は先週の火曜日。そして明日は?」

「……はああ!!! 明日も火曜日!」

「そういうこと。だからあいつは明日浮気する可能性が高い」


 小宮山さんナイス! そして閃きが抜群! 

 兄の浮気DAYは毎週火曜日だと当てちゃうなんて! ヒャッホー! 

 ……いやいや、兄の浮気で喜んではいけない。

 これからもより深刻な表情で取り掛からなければ。

 とにかく閃き王の小宮山さんには感謝感謝。


「小宮山さんが協力者で、マジで助かりました。鬼に金棒ってやつですね」

「ははは、大袈裟だな。じゃあ好実ちゃんは、この二件のコンビニ付近にあるラブホを調べて。明日はそこを張ってみよう。明日は俺も七時半に上がれるから」

「へっ、珍しく早いですね。私は明日休みです……。でも小宮山さん、今回は私一人で大丈夫です。ラブホさえ調べられれば」


 「だめだめ。女の子なんだから」の一言で、好実の一人行動を止められる。

 結局先週同様、明日も小宮山さんを付き合わせることになってしまった。忙しい店長さんなのに申し訳ない。


「じゃあ小宮山さん、明日も同行よろしくお願いします。私は明日の七時半にコンビニ来ます」

「うん。明日は俺の車を使おう」

「あっ、そうでしたね。それもよろしくお願いします」


 足がない好実は、やはりラブホまでの移動も小宮山さん頼りか。明日はいっぱいお礼しよう。


「あ、そういえば、小宮山さんの話は?」

「あー……そうそう。またあいつの話になっちゃうけど、以前あいつと飲んだ時にした会話で、ちょっと気になったことを思い出した」


 どうしたどうした。今日は弟に続き小宮山さんからも収穫ありまくりじゃないか。

 一気に道が開けた気分の好実はしっかり耳を傾ける。

 でも小宮山さんはさっきまでと違い、若干言いづらそうに口を開いた。

 

「……好実ちゃんって、あいつの女性のタイプ知ってる?」

「え? 兄のタイプ……それはやっぱり翠さんみたいなはっきりした美人じゃないですか?」

「普通に考えればそうだろ? でも違うんだよ」

「……でも結婚したのははっきり美人の翠さんですよ。兄が浮気以外で付き合ったのも、翠さん一人」

「それでも、あいつのタイプは違うんだよ。残念ながら」


 んんん? 残念ながら兄のタイプは翠さんじゃないことはわかったが、小宮山さんが言いたいことは結局何?

 好実が思いきり首を傾げてしまうと、小宮山さんは再び言いにくそうに口を開く。


「本当は翠がタイプじゃないあいつは、浮気相手は自分好みの子をしっかり選ぶんだよ。結婚前にあいつが浮気した子達も、みんなあいつの好みドンピシャ」

「なるほど……そういうことですか」

「それで、以前あいつと飲んだ時に気になったっていうのは、あいつの会社に今年入った新人の子が……いわゆるあいつの好みドンピシャらしいんだ。あいつ、酔っぱらうと口軽くなるから、その新人の子の特徴もペラペラ教えてくれてさ」

「……小宮山さん、兄のタイプってどんな女性なんですか?」

「んー……一言でいえば完璧じゃない子かな。そそっかしくて、守ってあげたくなるような小動物系」


 ……うわー、突然小宮山さんから爆弾落とされた―。

 つまり兄のタイプは翠さんと正反対ってことか。

 翠さんは誰が見ても美人で、行動にも無駄がないテキパキ女性。間違っても小動物系ではない。動物で例えるなら……雌豹?

 そして最も問題なのは、兄のドンピシャタイプの女性が同じ会社に入ってしまったことか。

 ……じゃあもしかして、その新人女性がってこと?

 

「いやいや好実ちゃん、早とちりしないで。今のはあくまでも、あいつのタイプを教えたかっただけだから。さすがにあいつだって、同じ会社の新人に手は出さないよ」

「でも……ドラマとか漫画じゃ鉄板ですよね。その設定。会社の先輩と新人か……」

「現実は違うって。あいつはそこまで愚かじゃないし、浮気する馬鹿でも相手はしっかり選ぶはず。ていうか俺が悪かったんだね。あいつのタイプだけ教えればよかったのに、新人の子まで教えちゃったから」


 そーですよー。そればかりは小宮山さんの口が余計でした!

 でも兄から新人の子の話をされて、小宮山さんは兄のタイプを思い出したんだろうしね。小宮山さんにはやはり感謝。


「そっかー。兄のタイプはそそっかしい小動物……確かに男性ってそういう子に惹かれちゃう人多そうですよね。まさに加護欲そそられるんでしょうね。でも私が男だったら、翠さんを嫁にしたいですけどね」

「ははは、好実ちゃんはいつだって翠贔屓だね」

「兄も素直に翠さんがタイプでよかったのに、捻くれてるんだから」

「ふーん……でも好実ちゃんは許してあげるんだ。あいつのタイプが翠じゃないことは」

「人間なんて気まぐれなもんですからね。自分のタイプじゃない人を好きになったり、この人だけは好きになっちゃいけないと思っても惹かれちゃったり」


 兄のタイプが翠さんじゃなくてもいいのだ。

 それでも兄は翠さんを好きになって、伴侶にまでしたのだから。

 好実のそんな思いまで伝わったのか、今日も最後に小宮山さんは好実の頭をポンとした。

 子供扱いというより、妹みたいに思ってくれてるのかも。

 好実がこっそり良き兄と思ってるように。


「明日も頑張ろっか」

「はい」


 こうして小宮山さんが仕事に戻ると、好実はさっそくスマホでラブホテル探しを始めた。でもその前に――――

『明日の昼は会えますか?』という高城君のメッセージに気付き、躊躇した後に返事する。


『明日はバイト休みなんです。ごめんなさい。明後日会いませんか?』


 でも好実は送信マークをタップしてからテーブルにゴツンと頭を落とす。

 彼がまた落ち込むだろう返事をしてしまったせいで、自分も落ち込む。

 でも今の好実は、彼の毎日でも一緒にいたい気持ちを頑なに叶えない意地悪な彼女みたい。

 彼には恋愛よりちゃんと仕事を優先してほしいという思いだけなのに。


 やはり彼も意地悪な彼女と思ったのか、初めてすぐに返事が来なかった。

 こうして、これからもこんなすれ違いが起こり続ければ、好実はいずれ愛想を尽かされる側になるのだろう。

 互いに自分の希望を貫く限り、すれ違いなど毎日のように起こってしまうはずだから。

 彼との交際は難しいと、好実はライン一つでまた思い知らされるのだ。


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