25.恋人との付き合い方
「サバサンドうまー♡ ね? 塁生」
「うん。じゃあ食べながら本題入るけど、はい、今日の収穫はこれ」
……ハッ、そうだった。
今日は弟とのん気にカフェランチを楽しむためじゃなく、目的があったのだ。
うっかり忘れてサンドを堪能してしまった好実は慌てて皿に戻し、弟が見せてくれた収穫を覗き込む。
「レシート?」
「そう。怪しそうなのだけ抜いてきた」
塁生が見せてくれたのはレシート三枚。もちろんこのレシートの持ち主は兄。
ただいま姉に協力して兄の浮気調査中である塁生は、兄の財布から厳選して抜き取ってきたのだ。
「でもさ塁生、写真撮るだけでよかったんじゃない? 怪しまれたら……」
「レシート三枚無くなったくらいで気付きもしないよ。兄貴の財布、性格通りだらしないから」
「そっか……ありがと塁生、助かった。じゃあよく見せてもらうね」
塁生が怪しんで抜き取ったレシートをよくよく眺め始めると……残念ながら好実としてはむしろ不審な点はなく、無難にコンビニレシート三枚。
「塁生、これが本当に怪しいの?」
「どう見ても怪しいよ。まずはこれ。このコンビニは、家の近くでも会社の近くでもないでしょ?」
「……ハッ」
「しかも、利用したのは夜八時過ぎ」
「……ハッ」
「そしてこっちのレシートも、兄貴が普段立ち寄りそうなコンビニじゃなく、利用は夜」
「はあ……塁生、頭いいね」
とりあえず塁生に感心させてもらってから整理すると、つまり三枚のレシートのうち二枚は、兄の浮気現場近くにあるコンビニのものという可能性大。
その二枚は別のコンビニのレシートだが、たとえば二つのコンビニの傍にそれぞれラブホテルがあったら間違いないだろう。うんうん。
弟に感化され、好実もどんどん冴えてきたんじゃないか?
「えっと、じゃあこの残りのレシートは?」
「……これは駅前のコンビニで、兄貴も普通に寄るだろうし、利用時間も夕方。でも……」
「でも?」
ここで塁生が初めて気まずげにレシート記載の一商品を指差した。
弟が指差したのは避妊具のカタカナ英語表記だったせいで、好実は固まる。
……つまり、これで兄の浮気確定?
「まあでもさ、翠さんのためかもしれないじゃん。翠さんの」
塁生は今更別の可能性も思い出させてくれたが、ただいま兄と翠さんは不協和音。
可能性としては、浮気相手と使用するための方が大きいのではないか。しかも、この避妊具を購入したのはつい先週。
「……塁生、とりあえずありがとう。レシート助かった。あとはサンド食べよう」
「うん。じゃあ俺は引き続き証拠探しと、このコンビニ2つの近くにそれらしき場所があるか調べてみる」
「それはいいよ。私が調べる」
塁生の負担を増やすわけにはいかず分担した好実は、すでにサンドの美味しさも半減してしまった。
それでも塁生のお陰で、今日は確実に前進できたのだ。このままスピードアップして、兄の浮気相手にたどり着ければ――――
(でもわかったところで、その後はどうしよう……)
そもそも、きょうだいでも操縦が難しい兄だ。兄の浮気問題をこのままスムーズに解決させることができるのか定かじゃなく、好実はどうしても弱腰になってしまうのだった。
※ ※ ※
「休憩終わりま……」
「折原さん」
うおっ……ビビった。休憩終了後、店に戻った好実の前に突然美形が。
でも以前もこんなことされたから、さすがに高城君だってすぐわかったよ。でも突然はやめて―。
もしかして好実を驚かせるのが趣味なの?
うーん……それにしても、前回と同じく切羽詰まった顔な上に顔色悪いな。
高城君と顔を合わせる度、血色いい時と悪い時が極端な気がする。
でも、この前好実の実家まで訪ねた時は真っ白だったから、まだマシかな。
「どうしました? 急用ですか?」
「いえ……今日も昼食を一緒にとれなかったので、つい顔を見に来てしまっただけです」
「そうですか。じゃあ私の顔を見たから、もう大丈夫ですね」
「……はい」
「仕事に戻ってください。それじゃあ」
今朝わざわざ高城君の様子を教えに来た佐紀さんもしっかり思い出しながら、好実の態度は変わらない。
佐紀さんだけじゃなく、高城君本人に対しても同じく素っ気ない。
でも好実は仕事場で必要以上に接するわけにもいかず、彼にもさっさと仕事に戻ってほしいだけ。
最上階と一階のコンビニとはいえ、同じオフィスビルで働いている以上、ちゃんとメリハリをつけたいだけなのだ。
……あとは高城君に自分の希望を押し付け、適応してほしいと思っている。
確かにここ三日、高城君とはコンビニで顔を合わせる程度でしか会っていない。
それは土日を挟んだことが大きい。土日は高城君が定休かもしれないので、昼食を共にするのはやめようと断ったのだ。彼のことだから、休みでも出勤しかねなくて。
それでも彼は、コンビニで好実の顔を見るだけでも現れてしまうのだ。
だから昨日、日曜日でもコンビニを訪れた高城君は堀田さんを撃退してくれた。
それに関しては感謝だが、土日昼食を共にしなかったくらいで佐紀さん曰く元気と食欲をなくし、月曜日の今日も急遽昼食の約束がキャンセルとなればトドメを刺されて再起不能状態など、好実はどうかと思うのだ。
世間一般の恋人同士なら毎日会わないなど、むしろ普通だろうに。
好実は彼に普通の頻度や距離感を求めるわけじゃないが、恋人とニ、三日一緒にいられなかった程度で心身不調に陥るなど、そればかりは改善してほしいし受け付けない。
恋に左右されすぎて仕事に支障をきたす彼など、見たくない。
一週間恋人と顔すら合わせなくても、一社会人として耐えられる男性になってほしい。
まだ恋人同士になり四日だというのに、好実には彼に対するこんな強制的希望が生まれてしまった。
せっかく最上階にいるのだから、一階のコンビニにいる恋人に振り回されているようじゃ駄目なのだ。
(……でも、明日は私が休みか)
さっき高城君を追い払ったことで罪悪感くらいは生まれた好実は、自分のバイト休みは完全に会えないことも思い出す。
彼とは毎日一緒に昼食をとる約束はしたが、実際はまだ二回しか実現していない。
土日は断り、今日は好実の都合でキャンセル。明日は好実のバイト休み。
彼の都合もあるし、これからだってせいぜい週二程度でしか実現しないだろう。
その上、高城君は会社員で好実はコンビニのアルバイト。そもそも休日がなかなか合わず、初めてちゃんとデートできるのはいつになることやらな状況。
もしかしたらデートなど月一程度かも。
だったら仕事終わりの夜にデートすればいいのだろうが、まだ二人は付き合いたて。昼間のデートもこれからなのだから、いきなり夜デートは単にハードルが高い。
まだ暫くは昼休みに会う程度の付き合い方なら、今日だけじゃなく明日も会えない好実は改めて罪悪感が増し増し。
彼のためと思い、彼に対して素っ気ない対応をしたって、自分の都合で会えない日が続けば申し訳なさばかりがようやく押し寄せる。
交際って難しい。恋人への対応や適度な距離感が掴めず、さっそく悩まされるなんて。




