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24.邪魔者現る


「おーい、折原さーん」


 うぇぇ……また佐紀さん来た。しかも外掃除中を狙ったように来るから嫌なんだよなぁ。

 もしかして、最上階から好実が外に出るのを見張ってるんじゃないの?

 もし本当にそうなら、この佐紀さんって絶対仕事してないよね。よく最上階にいられるよ。


「おーい、折原さーん」

「二度も大声出さないでください。聞こえてます」

「だったら一度目で返事してよ。もー、俺にはいっつも塩なんだから」

「それは佐紀さんの日頃の行いが悪いんですよ。それで? 仕事中の私に何の用ですか?」

「いや、暇だから来てみた」


 今日の佐紀さんは足元じゃなく顔面に箒をガシガシされそうになり、コンビニ前で逃げ惑う。


「やめてっ、やめてっ、箒怖いっ」

「ふんっ、箒が怖いならさっさと帰れ」

「俺にはもうすっかり容赦ないね、折原さん。まあ楽しいけど……いやいや、今日の俺は折原さんと楽しんでる場合じゃなかった」

「私は楽しんでませんよっ」

「折原さん、よく聞いて。あいつが大変なんだ。今すぐあいつの傍に行ってくれ」


 さすがにピタリと箒は止めた好実は突然緊迫顔に変わった佐紀さんを繁々と見つめる。

 この佐紀さんにはとにかく疑ってかかることが正解。まともに信じちゃいかん。

 でも高城君のことだし、一応詳しく聞いてやるか。


「高城君が大変って、どういうことですか?」

「全く元気がないんだよ。顔色悪くて食欲もない。聞けば、昨日も一昨日も何も食べなかったらしい」

「……それ、本当ですか? 大袈裟に言ってるんじゃなくて?」

「今は正真正銘本当、事実。信じて」

「なぜそんなことに? 原因は?」

「もちろん、折原さん不足」


 ……何だ、結局佐紀さんの冗談か。好実も今日は80%くらい信じたというのに、最後の佐紀さんの答えでがっかり。

 いや、がっかりしなくてもいいのか。佐紀さんの冗談なら、高城君は元気ってことだからね。

 同時に佐紀さんの言葉はすべて裏を読むことを勉強した好実は、当然もう無視。外掃除再スタート。


「……え? 折原さん、あいつのこと心配じゃないの? あいつがヤバいほど元気ないのは折原さん不足のせいだよ。折原さん不足の」


 うるさいなー。佐紀さんこそさっさと気付けばいいのに。

 あなたの冗談がしつこいから無視してるんですよ。それともまた箒でガシガシやられるの希望?

 でも好実はイジメっ子じゃないんでね。無駄に佐紀さん苛めはしませんよ。


「折原さん、今朝トドメを刺したよね。それであいつは出勤早々、再起不能になったんだよ」

 

 ……ん? トドメ? 再起不能? 今は戦国時代か?


「佐紀さん、今は令和の時代で、戦国時代じゃ……」

「無視の次はふざけてるの? もういい。折原さんのせいなんだから、無理やり連れてく」

「……ちょ、えっ!? やだやだ、どーゆーこと!?」


 好実は箒を持ったままだというのに、佐紀さんの手で無理やり引っ張られ始めた。そのままオフィスビルの入口に向かわされ、このままじゃ仕事放棄&コンビニ制服姿で恥をかくことに。

 好実はこれ幸いとばかりに持っていた箒を武器にした。


「やー!」

「いでぇ」


 今回はガシガシじゃなくバンバンと頭にぶつけると、やっと手を離してくれた。

 ふう……よかった。オフィスビル内に入り恥をかくことは避けられた。

 でも仕事放棄は覚悟で、ここはしっかり佐紀さんと向き合う。なんせ相手は連れ去りという暴挙に出たのだから。


「佐紀さん、どういうことですか? 迷惑行為で警察呼びますよ」

「くそ、セットが乱れた……。でも折原さんが悪いんだよ。あいつに散々冷たくしてあんなに元気なくさせた挙句、俺の話もまともに信じないんだから」

「……佐紀さんの話は冗談じゃなかったんですか?」


 「一切冗談じゃない」と真顔で返されてしまい、好実はようやく信じるに至る。

 佐紀さんの言葉だからとあえて鵜呑みにしなかったのが失敗だったらしい。今日ばかりは好実もしっかり反省。


「そうですか。ごめんなさい佐紀さん、信じなくて……」

「いいよいいよ、反省なんかしなくても。それより折原さんは、今すぐあいつの所に……」

「それはできません。仕事中ですから」

「……ちょ、ちょっとー、折原さーん、また振り出し―?」


 後ろで佐紀さんが嘆いても、好実はまたさっさとコンビニ前に戻る。

 もちろんしつこい佐紀さんは参りながら追いかけてきた。


「わかった。じゃあ今じゃなくてもいいよ。せめてさ、今日の昼休みはあいつに会ってやってよ」

「無理です。高城君にも今朝伝えました。今日は無理だって」

「その今朝伝えた行為があいつにトドメを刺したんだよ! それであいつは再起不能!」

「なるほど。そういうことだったんですね。でも無理なものは無理です。佐紀さんはもう帰ってください」

「あいつが折原さん不足で死んでもいいの!?」


 背後で喚く佐紀さんに対し、好実は今日初めてイラッとする。今日二度目に掃除も中断させられ、これ以上許せなくなった。


「私は関係ないです。帰って。これ以上騒ぐと、本当に警察呼びますよ」


 きつい睨みと共にここまで言い放って、ようやく彼を追い払った。



 ※ ※ ※



「好実ー、来たよー」

「あ、塁生、わざわざありがとね」


 今日は大学休みの弟と急遽昼休みに会うことが決まり、好実は休憩時間前にコンビニまで来てくれた塁生に感謝。

 それにしてもこいつ、また奇抜な格好で来たな。

 来年から社会人だというのに何なんだ、その猫耳が付いたフードは。

 わざわざカラコンまでして。ついでに猫ヒゲ書いたろか。


「ファミレス行く?」

「やだ。カフェのランチがいい」

「女子か」

「あれ? 塁生君こんにちはー」


 奇抜な塁生にしっかり気付いた小宮山さんがわざわざ声を掛けてくれた。

 好実がバイトを始めてから塁生はたまに来るので、小宮山さんもすっかり覚えたらしい。


「どーもー。いつもうちの姉がお世話になってまーす」


 今日も平坦な塁生の挨拶に苦笑だけで済ませてくれる小宮山さん、本当に愛想なくてごめんなさい。


「じゃあ休憩行ってきまーす」

「はーい。行ってらっしゃーい」


 こうして昼休憩に入った好実は、弟と一緒にオフィスビル周辺を歩き始める。弟希望のカフェはこの辺にあったかな。


「好実、俺調べてきたよ。この辺のカフェ」

「え? 手際いいね」

「このナチュラルフードカフェって所に行ってみたい」

「えー、玄米とか私やだよ」

「大丈夫。メニューは普通で、添加物使ってないだけだから」

「あんた、本当に無化調好きだよね……」

 

 こいつは化学調味料入りの料理が嫌いというより、化学調味料で安く旨味を出そうという魂胆が気に入らないらしい。

 そんな魂胆が許せないなら、もはや外食自体できないというのに。

 でも塁生のお眼鏡にかなった店が近くにあったらしいので、好実は久しぶりにカフェに入ることに。

 失業前の事務職時代、同僚とたまにカフェランチを楽しんだのが今や懐かしい。つい三、四か月前までのことなのに。


 今日は塁生とナチュラルフードカフェなる白を基調としたお洒落店へ入店。同じくお洒落なメニュー表を眺め、ちょっと目を疑う。

 さすが無添加で素材勝負となると、メニューすべて高いのね。

 サンドイッチ単品で……ひええ、千円超え? え? 物価高の今、これって普通なの?


「くくく……大丈夫だよ好実、俺の奢りだから」

「いや、いいよ。姉の私が……」

「無理すんなって。ねえ好実、このサバサンドとパストラミサンド頼んで、半分こしよ。ここは、この二つが人気だって」

「へえ、じゃあそうしよ」


 塁生ってさっさと決めちゃうようで、初来店では絶対優柔不断な好実には助かるだけなんだよな。

 大学生になりアルバイトを始めてからはこうして奢ってくれるようになったし、きっと好実だけじゃなく理想の弟。

 あとは奇抜な服がどうにか落ち着けばな……店でまで猫耳フード被ったままだし。


「お待たせしましたー。サバサンドとパストラミサンドでーす」


 はわわー、おひしそー。値段は張るけどボリュームたっぷりやん。

 挟んである野菜もいかにも新鮮! 半分に切られてるから、苦労することなくシェアできるね。


「塁生、早く食べよ」

「ちょっと待って。撮ってから」


 ハア……今時男子だな。食欲より撮ること優先なんて。

 別にSNSもやってないのに、誰に自慢するの?


「今日は好実とこの店でこれ食べたってことが大事なの」


 ふーん……じゃあ真似して撮っとくか。

 結局二人でスマホにおさめてから、ようやくサンドにかぶりつき始めた。


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