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23.コンビニの女王様


「ちょっと好実ちゃん、あれ見て」

「え?」


 一旦レジ業務が落ち着いた好実は、隣のレジにいた小宮山さんに教えられた。

 小宮山さんが視線を向けたのは、いつのまにかドリンクコーナー前で向かい合っていた高城君とアルバイトの堀田さんだった。

 見るからに堀田さんが高城君を見つけて声を掛けた様子。

 二人の姿だけじゃなく、彼女の明るいはしゃぎ声もレジまで届いてくる。


 なるほど……高城君と友達になった好実を橋渡し役にして近づこうとしたが、そのあと好実とバチバチしてしまったので、好実にやり返す意味も含めて直接アプローチ開始ってわけか。

 さすがコンビニの隠れ女王様、堂々とやってくれる。

 若くて可愛い上に気が強いから、本気で無敵だと思っているのだろう。

 最上階の高嶺の花でも、コンビニにさえ降りてきてくれれば振り向かせられると。


「高城さんって、好実ちゃんと同中で友達なんですよねー? 知ってますよー。私も好実ちゃんの友達なんですー。ふふふ♡ 同じですね♡」


 怖……堀田さん、マジでヤバイよ。唯一歯向かってきた憎き好実を友達に仕立て上げてまで近づく作戦なんて。

 好実だってしっかり観察してるというのに、そんなのお構いなし。

 もはや堀田さんがヤバすぎて青ざめてしまった好実はわざわざレジを離れるわけにもいかず、ここは遠くから見守るしかない。


「でも好実ちゃんは最近店長と仲いいしー、アルバイトの鈴木君にも甘々で、男性ばっかり構ってるんですよー。私は相手にされないんです。えーん。なので高城さーん、寂しい私とも友達になってくださーい」

「……失礼ですが、お名前は?」

「えー、さっき教えましたよねー。彩夏でーす。好実ちゃんの五コ下で、まだ二十歳でーす」

「いえ、名字の方を教えてください」

「えー? 名字ですかー? 堀田でーす」


「堀田さん……なるほど、あなたが」と、ここで高城君が納得声を出した。

 当然堀田さんは「えっ!」と驚いた後、ぱあっと顔を輝かせる。

 

「私のこと知ってたんですか!?」

「はい。同僚数名が、わざわざあなたのことを詳しく教えてくれました」

「えー嬉しい!! 同僚の皆さんは、私のこと何て? 何て?」

「コンビニの堀田さんには注意しろ。今どき玉の輿狙いのあざと女子で、どんなデマを吹き込まれるかわからないぞ」

「……え?」

「俺もたった今、同僚の忠告に納得させられました。でも忠告されなくたって、あなたには一ミリも近づきたくありません」


 いつの間にか堀田さんをポカンとさせながら、すでに彼女を知っていた高城君はここまで言い放ってしまった。その目も虫けらを見るような冷酷さ。

 彼は冷静でありながらもここまで攻撃するほど、堀田さん相手に間違いなく怒っているのだ。

 最後はポカンを通り越し茫然自失となってしまった堀田さんに対し、それでも高城君は容赦しなかった。


「あなたはまず、このオフィスビルで働く者達の笑いものになっていることを自覚して、考えと行動を改めるべきですね。それじゃあ」


 最後にそんな忠告を残した高城君は、結局何も買うことなく去ってしまった。


 たった数分間でも高城君と堀田さんのほぼ一部始終を見てしまった好実は、まだまだレジ前でポカン。

 えーと……さっき高城君が堀田さんを突っぱねちゃったの? あざと女子は御免だから近づくなって? 

 さっきの高城君がいつもと別人過ぎて、好実は現実についていけない。


「ありゃ辞めるな」


 隣で同じく見届けた小宮山さんの呟きで、好実はようやく我に返る。

 それと同時にズカズカと足音たてた堀田さんがレジ前に登場。

 その顔はいかにも怒りと羞恥で真っ赤。


「私辞めます。ふんっ」


 小宮山さんの予想通り、堀田さんはこの時をもってコンビニの女王様を降り、オフィスビルのコンビニから去ってしまったのだ。

 また人手不足に悩むことになる小宮山さんは不憫だが、堀田さんが大嫌いな好実としては去ってくれてスッキリ。

 代わりに追い払ってくれた高城君にはあっぱれという気持ち。


「うちは好実ちゃんが入ってくれたからね。今のところ人手不足じゃないよ」

「……堀田さんが辞めたのに?」

「今だから言うけど、彼女はただの役立たず。高校卒業後は進学も就職もせずフリーターでこの店に入ったのは、本当に玉の輿狙い。オフィスビル内の三高捕まえるまでここに潜んで、獲物を物色してたわけ。それだけが目的だから、まともに仕事するわけない。給料泥棒の彼女がいなくなってくれたお陰で、むしろうちは潤ったよ」


 堀田さんが辞めた翌日、仕事の合間に小宮山さんがそんな実情を暴露した。

 好実などよりずっと被害を受け続けた小宮山さんだからこそ、スッキリしたというよりホッとしたのかも。

 台風の目みたいな彼女がいなくなった今だから、こんなに正直にもなってしまった。

 小宮山さんが人手不足で困らないなら問題はないだろう。


「店長! ありがとうございます! やっとあいつを追い出してくれて! ううっ」


 気の弱いアルバイトの鈴木君まで堀田さんがいなくなった途端、あいつ呼ばわりしながら泣いて感謝。

 まあそれだけ鈴木君は仕事押し付けられてたもんね。ようやくいなくなれば清々しちゃうよね。


「いや、俺が追い出したわけじゃなくて……」

「まあいいじゃないですか。鈴木君もこんなに喜んでるんですから。それより鈴木君、これからはもうあざと女子の言いなりになっちゃだめですよ。理不尽なことには、ちゃんと抵抗しなきゃ。これからもあざと女子なんて、いくらでも現れるんですからね」

「はい折原さん! 俺の尊敬する女性は、いい意味で気が強い折原さんです!」

 

 一度鈴木君を堀田さんから助けて以降、好実と鈴木君はこうして師弟関係っぽくなり、けっこう仲良し。

 でも鈴木君、いい意味で気が強いは余計だよね。まあでも、悪い意味で気が強いよりいっか。


「……やっぱり好実ちゃんが来てくれて、この店はいい方向に回り始めた気がするな。一職場に一人好実ちゃんがいてくれれば、日本はもっと平和になるかも……」

「小宮山さーん、私のことめちゃくちゃ買いかぶってますよ。私が前勤めてた会社、潰れましたからね?」

「あ、そっか」

「でもコンビニは小宮山さんが大切にしてるんで、潰さないよう気を付けまーす」


 冗談を言った好実に笑う小宮山店長、そして鈴木君も一緒に笑えば、オフィスビル内のコンビニには改めて平和が訪れた。


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