21.二度目のランチ
休憩時間となり、今日はコンビニ前で落ち合うことなく現地集合なので、好実一人で近くの広場へ向かった。
もちろんコンビニ前での待ち合わせをやめたのは、小宮山さんにもう見学させないため。それと、やはり相手は目立ちまくりの高城君だから。
一昨日は好実が勘違いして怒ったきり、昼食の約束も自然消滅した。昨日はバイト休みだったので、三日ぶりの二度目。
今日は曇り空なので実行したが、天候の悪い日以外はこれからも一緒に昼食の予定なので、好実としてはそれがちょっと悩みの種だったり。
もちろん、高城君と一緒にランチが嫌なわけじゃなくて……。
(お昼ご飯って、意外にチョイスがむずいよね。今日はコンビニパスタにしちゃったけど)
こんな些細な悩みを抱えながら、今日も近くの広場にたどり着けば、すでに入口付近に高城君の姿が。
「お待たせしました」
「いえ」
「それと、今日は三十分遅くなってごめんなさい」
「そんなの当たり前ですよ。気にしないでください」
そんなこと言われても、今日好実が休憩に入ったのは二時。
今日からは休憩に入る前にラインで知らせることになったが、さすがに二時まで彼の昼食を遅らせるのは気が引ける。
でも二時になるようならやめておこうなんて提案しても、高城君なら渋りそう。というより傷つける?
高城君に関しては、そんな心配もしなきゃいけない。なんせナイーブさんだから。
「あの……これは……」
「簡易クッションです。どうぞ」
ああ……きっと好実は女性だから、石椅子じゃ硬いし冷たいし不憫に思ってくれたんだな。
好実だけに簡易クッションまで用意してくれるなんて。しかもさりげなくてスマート。
やっぱり高城君、外見だけじゃなく絶対中身もモテるよね。これだけレディファーストのジェントルマンなんだから。
「ありがとうございます。じゃあ遠慮なく……」
うお……!? これ本当に簡易クッション? 好実が知ってる普通のクッションより座り心地はるかにヤバいんだが。
ついでに値段知りたいけど……聞いたら聞いたで尻を乗せられなくなりそうだから、やめよう。
「座り心地、最高ですね……」
「そうですか? よかったです」
「あの、今日は私が奢ると言いながら、コンビニのパスタとサラダなんですけど……大丈夫ですか?」
「もちろん嬉しいです。折原さんが用意してくれた食事なら、何でもご馳走です」
ハードル上げてくれるなぁ、高城君。いや、めちゃくちゃハードル下げてくれたってこと?
最初から期待してないから、何でもOKだって?
ありがとう……助かりますよ。
「えっと、これが新商品の美味しいと評判らしいパスタで、これがサラ…………ハッ、すみません。お茶とウェットティッシュを忘れてしまいました」
何ということだ。前回の高城君はちゃんとそこまで用意してくれたのに、好実はここに来る前にパスタとサラダを購入し、パスタを温めるだけで精一杯だったなんて。
女子として仕事出来なすぎ。さすがに申し訳なくて落ち込む。
「大丈夫ですよ。俺が持ってきてます」
「あ……」
さすが高城君、完璧。彼のカバンから、ちゃんとウェットティッシュとお茶が。
でも、これって余計に落ち込み案件じゃない?
高城君、内心は気が利かねー女だな、まったく。くらいは思ってそうなやらかし。
まあいっか。彼の心なんて実際に見透かせないし、さっさと食事の準備しよう。
「折原さん、今日はありがとうございます。頂きます」
「は、はい。どうぞ」
うわーやっぱり緊張するんだが。世間では絶賛されているトリュフ塩パスタ、高城君の舌にはどうなの?
好実はドキドキ見守りすぎて、もちろん自分のトリュフ塩パスタは放置。
……それにしても高城君、コンビニのプラスチックフォークでパスタ巻くのもめちゃ綺麗で上品だな。
美形が食べるトリュフ塩パスタ……CM来そうじゃない?
「折原さん、とても美味しいです。初めてトリュフ塩パスタを食べましたが、こんなに美味しいんですね」
「そうですか。よかった……」
一応ホッとしたものの、本当は高城君のこの反応は想定内だったり。
彼ならいくら口に合わなくたって、むしろ褒めちぎって誤魔化してくれそう。
もちろん本当に美味しいと思ってくれても……てことは、彼の本音はわからず終いか。
「折原さんも」
「はい。頂きます」
……ん? へえ、確かにトリュフ塩パスタ美味いじゃん。
上手く説明できないけど、美味いことだけはわかる。
でもミートソースパスタの方が美味いし好きな好実は、所詮背伸びした庶民ということね。
高城君には庶民のミートソースよりトリュフ塩パスタ奢ったら間違いないという発想自体が貧乏人なんだな。
発想だけじゃなく、本当に貯金も少ない貧乏人だけど。
「今度、家でも作ってみます。トリュフ塩はあるんですよ。貰いもので。折原さんのお陰で、やっと使いたくなりました」
「……それはお家のトリュフ塩も喜びますね」
優しいな、高城君。これを機にトリュフ塩パスタをここまで歓迎してくれるなんて。こっちも単純に気持ちが再浮上してきたよ。
高城君が喜んでくれるなら、好実も変に勘繰ることなく素直に喜ぶことにしよう。
「……今度は俺がトリュフ塩パスタ、ご馳走したいな」
「え?」
「いえ。あ、折原さんも今日が初めてですか?」
「はい。私も」
高城君はさっそく手にあるパスタは二の次にして、好実に興味の目を向け始めた。
「パスタなら、何が好きですか?」
「私はミートソースと……ファミレスならタラコパスタが」
「そうなんですね。じゃあ俺、ミートソースも練習します。タラコパスタはファミレス限定なら、俺と一緒に行きましょう」
「え……そ……」
「折原さん、これだけは今日必ず確認したかったんですが……コンビニの店長とは、よくファミレスに? 三日前も行ったんですよね? また相談事ですか?」
矢継ぎ早に質問する高城君は、勢いづくと止まらないタイプなのかな。パスタの次は店長とのことに話が飛び、好実は付いていくのが大変。
えーとつまり、高城君は気になるってことだよね。
三日前に佐紀さんが目撃したことにより、好実が店長とファミレスへ行ったことを知って、その二日前も好実の相談事で店長と夜会ったことを知っているから。
その二回とはいえ、確かに店長と一緒にファミレスに行く頻度が高い。
店長の小宮山さんはまだ独身で若いし、高城君が勘ぐりはしないものの気にするのは当たり前だろう。
好実の答えを待つ高城君も、さりげなく緊張と深刻さが顔に出ている。
「店長は元々兄の先輩で、私があのコンビニで働くきっかけをくれた人なんです。それでつい頼ってしまいがちで……でもそれだけです。良き兄みたいな」
「良き兄……でも本当の兄じゃない。ただの男性ですよ。夜に二人でファミレスへ行くのは、おかしいと思います」
「……そうですね。でも店長は忙しくて、相談事があっても夜じゃないと」
「相談事とか頼りにするとか、兄みたいな存在とか、何なんですか? 俺には理解できない。そんなことで夜に会うことも。折原さんは、もう俺の恋人なのに」
昨日、佐紀さんが絡んだ問題がきっかけで、好実はナイーブでありながら必死で気持ちをぶつけてくれた高城君に想いを伝え返した。
ちゃんと好きだと言葉にしたのだ。
それを機に、二人の関係は友達じゃなくなった。
まずは友達から始めたというのに、たった五日で、確かに恋人同士になったのだ。
でも好実はまだまだ友達が続くと思っていて、言わばうっかり恋人に発展してしまっても、気持ちはまだ友達状態のまま。
そんな付いていけない好実に対し、高城君は今の発言でもわかるように違ったようだ。もう好実をちゃんと恋人として位置付けている。
恋人として、好実に対しての不満もさっそくちゃんとぶつけた。
彼は正しいだけだし、ナイーブだからこそ好実によって傷つきたくない気持ちもあるのだろう。
そのためなら、今みたいにちゃんと強気にもなれる。
同じナイーブでも弟とは全然違うと思ったが、好実に対して彼も強気になれることを今知ってしまった。
「……すみません。言いすぎてしまいました」
「いえ、我慢して悲しくなるよりずっといいですよ。言いたいことは、ちゃんと言ってください。私も改善します」
このままじゃ二人ともパスタを途中放棄してしまいそうなので、好実がさっそく前向き方向へ持っていく。
彼の言い分は正しいだけなのだから、好実が改善するのも当たり前だ。
あとは、彼をちゃんと安心させなきゃ。
「もうファミレスに行かないです。高城君以外の男性とは」
安心させるにしてもちょっと言いすぎたかなと照れが生まれてしまったのに、やはり高城君は上を行ってしまう。
今日も感激したのか、昼間の広場で急に好実の手を握りしめてしまった。
あぶなっ……トリュフ塩パスタ、落とすところだったよ。
でもギリギリ落とさなかったせいで、好実は急に熱が籠った顔を向けてしまった。
手が繋がってしまい余計に近くなった彼が、やはり好実を見つめる。
まっすぐに、そしてしっかりと熱に浮かされた目で。
「好きです……こんなに」
「……はい」
好実は見つめ合いながら返事するのが精一杯。
でも真っ赤な顔を隠し忘れているから、高城君にも伝わっているはず。
言葉にせずとも、貴方と同じだと。
好実が好きになるのは、いつだって貴方なのだから。




