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20.コンビニ内の敵と味方


「どーもすみませんでしたぁー!」


 今度は仕事中に土下座謝罪なんてされれば、好実はめちゃくちゃ引いてしまった。

 手に持っている箒一本で、今日こそ本当に追い払いたい。

 それにしても、この佐紀さんってよくわからない人だな。一見クールで何事にも冷静なようで、中身は意外に三枚目?

 とにかく、こんなに人が行きかうオフィスビル前で土下座などやめてほしい。相変わらず仕事の邪魔だし。


「佐紀さん、もういいですから帰ってください」

「いやでも!」

「謝罪は一回で十分です。それ以上は無駄だし邪魔です。そんなに謝罪したいなら、高城君にするべきじゃないですか?」


 別にこの佐紀さんとは一ミリも親しくなろうなど思わないので、さっさと外掃除を始めながら追い払う。

 佐紀さんもようやく立ち上がってくれたらしい。


「……高城には昨日と一昨日で、計二十回は土下座しました。それでもあいつは一言も口をきいてくれないどころか、見向きもしてくれなくて」

「さすがに土下座ばかりする佐紀さんにうんざりしたんじゃないですか。私だって、今の一回でうんざりです」

「俺はあなたに許されない限り、高城とは修復不可能です。あいつに切られてしまったら、俺は会社を辞めるしかありません……」


 ……ん? この佐紀さんが会社を辞めざるを得なくなるほど、高城君には権限があるってこと?

 そういや小宮山さんに教えてもらったっけ。高城君は最上階から下三フロアを独占する大人気のスニーカー会社に勤めていて、デザイナーの彼は社長も頭が上がらないヒットメーカーだって。

 好実も再び佐紀さんに視線を向けた。


「佐紀さんもデザイナーさんですか?」

「いえ、俺は研究開発です」

「誇りを持てる立派な仕事ですね。辞めるわけにはいかないの、わかります」


 一応共感くらいしてあげると、俯き加減だった佐紀さんもこっちを向いた。


「折原さん……」

「今日はまだ高城君と会ってないんですか?」

「今日はまだ……あなたに謝罪してからと」

「そうですか。でも、もう大丈夫だと思いますよ。昨日、私が言っておきました。佐紀さんは高城君を心配しただけだから、むしろ感謝しなきゃいけないですって」


 さっさと帰ってほしいがためにここまで教えた好実は、再び箒を動かし始めた。一昨日のように、わざと佐紀さんの足元でガシガシしながら。


「ほら、仕事の邪魔ですよ。最上階にお帰りください」


 こうして午前中から外掃除&佐紀さんを追い払った後は、パートの渡辺さんと共に弁当の陳列。

 このコンビニの客はほぼオフィスビルで働く人なので、昼休憩前のこの時間帯は客も少ない。


「……折原さん、堀田さんには気を付けた方がいいよ。昨日、私相手にプンプン怒ってたから」


 さりげなく注意してくれた渡辺さんによって、好実も一昨日つい堀田さんをぎゃふんと言わせたことを思い出す。


「そうですね。私が余計なことしました。自業自得です」

「折原さんは鈴木君を庇っただけでしょ? 堀田さんが鈴木君にばっかり仕事押しつけるから。私もそれは目に余ってたから、折原さんは正しいだけだよ」


 堀田さんと違って常識ある渡辺さんは肯定してくれたが、明らかに一昨日の好実は喧嘩を売っただけだ。

 このコンビニの隠れ女王様な堀田さんはプライドを傷つけられ、好実に恨みすら抱いてるかも。

 なんせ彼女に歯向かう者など、今まで好実以外いなかっただろうから。

 はあ……面倒くさい。堀田さんがいつやり返してくるか、一応は気を付けなきゃならないなんて。


「大丈夫。いざとなったら、私は折原さんの味方だから」

「……ありがとうございます、渡辺さん。心強いです」


 堀田さんを完全に敵に回したことで、思いがけず味方が一人できてしまった。

 これは不幸中の幸いってやつか? とにかくラッキー。


「まあ堀田さんがどうこう以前に、折原さんの味方にはなりたくなるよね。店長も完全そうだし、今回助けられた鈴木君だって」

「……私にはすでにそんなに味方が? やった」

「ふふふ、人徳ってやつだよ。あ、そういや折原さん、高城さんとは同中で、友達になったんだって? 早く教えてよ、もー」


 そういえば小宮山さん、堀田さんだけじゃなくて渡辺さんにも好実と高城君の関係をわざと教えたんだっけ。嫉妬予防で。

 でも渡辺さんは興味津々なだけという感じかな。とにかく、いい人だ。


「渡辺さん、この新商品のパスタ、ずいぶん入荷数多くないですか? 高い割に具がないのに」

「あっ、それね、めちゃめちゃ美味しいらしいよ。トリュフ塩だけで勝負してるんだけど、このオフィスビルで働く舌が肥えた人にも大人気」


 へえ、大人気のトリュフ塩パスタか……。

 そういえばイタリア料理店でバイトしてる弟もこの前トリュフ塩を持ち帰ってきて、これでパスタ作るとめちゃくちゃ美味いって絶賛してたっけ。

 コンビニパスタにしてはずいぶん値が張るし、オフィスビルの舌が肥えた人も虜にしたのだから、味は間違いないのだろう。

 好実もついつい食べてみたくなる。


 あ……だったら今日はこのパスタを買って、広場で高城君と食べるなんてどうだろう。

 今日は好実が奢ると、昨夜のラインで念を押しておいたことだし。

 でも、普段コンビニ食を食べない高城君には無理かな……。うーん、どうしよう。


「折原さん、後ろ」

「え?」


 一緒に弁当を陳列していた渡辺さんから急にこっそり教えられ、背後に振り向く。

 あ……高城君がいた。


「折原さん、こんにちは」

「こんにちは……」


 一応ちゃんと向き合ってしまったが、用事だろうか。買い物ついでに声掛けただけ? 今まではそんなことなかったのだが。


「あの、お買い物ですか?」

「いえ、買い物はついでで……折原さんの顔が見たくて、昼まで待てませんでした」

「は、はあ……」


 おいおいおーい! 高城君! 頬染めながら何てこと言うねん!

 とりあえず傍にいる渡辺さんに丸聞こえ! これ以上の意味深発言はやめてー!


「た、高城君、今日も飲み物ですか? 私が案内します。ははは……」


 ここはひとまず渡辺さんの傍から離れるため、今日は案内役も買って出る。

 ドリンクコーナーまであっさり辿り着くと、振り返れば高城君が胸を押さえていた。


「どうしました……?」

「……いえ、折原さんの優しさが心に染みて」


 高城君、さっさと飲み物買ってコンビニから去ってくれ。お願い。


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