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16.夜のファミレス


「駅裏って、けっこうラブホが潜んでたんですね。知らなかった……」


 まあラブホに用事のない人生だったのだから、知らなくても当然としよう。


 今日は結局兄の車で帰らず小宮山さんを待ち続けた好実は、小宮山さんの仕事が終わった九時過ぎ、初めて兄の浮気相手を突き止めるため行動し始めた。

 付添人はもちろん小宮山さんだが、兄のお気に入りらしいラブホはバイト先からそう離れていない駅裏だったので、二人は徒歩で行動。

 好実は駅裏からラブホに向かうだけでドキドキ。場所が場所だけに。

 ラブホ目的らしきカップルもちょうど前を歩いている。あれが兄と浮気相手だったら突き止めるのも楽だろうにと思いながらも、実際に兄だったらショックかも。

 好実はやはりまだ兄の浮気自体を信じたくないのだ。


「……ここですか?」

「うん。好実ちゃんはここで待ってて」

「え?」

「とりあえず、あいつの車があるか探してみる」


 そう言って、小宮山さんは目的のラブホに着くや一人で潜入してしまった。

 何という行動力……ラブホ前で一人待つことになった好実は今日も小宮山さんの株を上げてしまうことに。

 好実に代わって行動してくれる小宮山さんには、さすがに感謝と頼もしさしか生まれない。

 しかも、まずは兄の車をチェックしに行った小宮山さん、最善の行動。

 でもラブホテルの従業員に見つかり怪しまれなければいいけど……。


「どうでした?」

「ないな……今日はここじゃないみたいだ」


 えー……てことは、兄のお気に入りラブホはもっとあるってこと? それとも、幸い今日は浮気相手と会ってないとか?

 結局小宮山さんが兄の車を見つけられなかったことで、他の憶測が生まれてしまう。

 とにかく小宮山さん、ラブホ潜入ありがとうございました。


「今日はもうここを離れよう」

「はい……」

「好実ちゃんは収穫なしだったけど、焦りは一番禁物だから」

「はい。今日は私も諦めます。小宮山さん、お疲れなのにここまで付き合わせて、すみませんでした」


 今日は収穫なしで残念というより安堵の方が強かった好実は、再び小宮山さんと駅裏方面に戻り始める。

 さすがにラブホ地帯はいつまでもウロウロしたくない。

 安堵したついでに、腹もこっそり鳴った。もう十時近いので、腹が減っても当然か。


「小宮山さん、駅中にあるファミレス行きませんか? 今日も奢らせてください」

「今日はいいよ。俺が期待外れに終わらせちゃっただけだから、むしろ俺が奢るよ」

「それは遠慮します。小宮山さんは節約中で……」

「いいから」


 さっきのラブホ潜入といい、小宮山さんはさっさと行動しがち。

 それが自分の為じゃなく誰かの為でも変わらないから、小宮山さんっていつも忙しい店長なのかも。

 自ら貧乏くじを引きに行くタイプだけど、好実はすでにそんな小宮山さんだから尊敬の念すら覚えているのだ。本人には言わないけど。

 


「うちの兄も同じかも……」

「え?」

「いえいえ」


 すでに夜十時過ぎ、小宮山さんと一緒に入った駅中のファミレスで、好実はただいま料理を待ちながら気付かされることもあった。

 女の子大好きでちゃらんぽらんで下衆くて妻泣かせの最悪な兄でも、やはり好実と同じく小宮山さんを尊敬しているのだろう。

 兄にとってはこれだけタイプが違う小宮山さんなのに、高校時代からずっと大切な先輩のままなのだから。

 ツーリングが趣味で日々節約だから、彼女も作れないのだけはもったいないかな。


「小宮山さんって絶対ハンバーグ好きですよね」

「まあ……この前も今日もハンバーグ食べてりゃ気付かれるよね。好実ちゃんは絶対タラコパスタ好きでしょ」

「ふふ」


 小宮山さんとは一昨日もファミレスで夕食をとり、今日も互いに同じものを食べ始める。今日は小宮山さんの奢りだから、感謝して頂かなきゃ。

 でも好実に付き合わされた挙句奢ってしまうところが、小宮山さんの人の良さなのだろうな。

 節約の日々なのだから、そういうところは改めた方がいいと思う。


「タラコパスタって、女性みんな好きだよね」

「男性も好きじゃないですか? あ、でもうちの弟はタラコ大嫌いです。集合体恐怖症で、イクラも」

「あーなるほど。じゃあ数の子もだめだね」

「ふふ。うちの弟、生意気なのにナイーブで怖がりなんです。でもお化け屋敷とかは全然平気で」


 好実の口から弟話が出ただけで、小宮山さんはハンバーグを切り始めながらなぜか苦笑。


「あいつの言う通りだね。好実ちゃんの弟はシスコンで、好実ちゃんも弟の話になると止まらないって。一応あいつ、疎外感感じてるらしいよ」


 ……ふーん。あの女の子大好きできょうだいは二の次の兄も、疎外感ね。


「まあ、あいつは疎外感程度だけど、三人兄弟って難しいよね。三人のうち二人が仲良かったりすると」

「そうですね。これからは兄の前では気を付けます……。もしかして小宮山さんも三人兄弟ですか?」

「いや、俺は姉が一人。でも好実ちゃんと弟みたいに仲良くないよ。俺が実家帰った時に喋る程度」

「喋るんだから十分仲いいですよ。でも、兄弟関係って皆それぞれですね」


 一昨日のファミレスでも思ったが、何だかんだ小宮山さんとは話が途切れない。

 好実は小宮山さんに安心感も抱いているのか、ちゃんと自然の笑顔も生まれる。

 ファミレスで向かい合う相手がもし高城君だったら、どうせ会話も笑顔も下手くそすぎるんだろうな。

 今日の昼は広場で済んだけど、高城君とはなるべく店には行きたくないとまで思ってしまう。


「……今日は高城さんと一緒だったみたいだね。昼」

「え? ……小宮山さん、また覗いてたんですか?」

「コンビニ前で待ち合わせしてるんだから見ちゃうよね。一緒に飯食ったの? 高級店とか連れてかれちゃった?」

「……お弁当ですよ。近くの広場で食べました」


 もはや小宮山さんの詮索くらいでは動じないので、ある程度正直にもなる。

 小宮山さん相手だから口も軽くなるのかも。まだ一カ月の付き合いでも、すっかり信用しているから。


「小宮山さんはどうせ気付いてますけど、私、男友達もいない人生で」

「ふーん、やっぱりね」

「……そんなに私、滲み出てますか? 男性に縁ないって。やっぱりこの格好からして女じゃないですよね」


 今日の好実も安定のTシャツ&パーカー&デニム。もはや楽すぎて、この三点セットばかり。

 もちろん今日はこの格好で高城君とも会ってしまった。

 やはり楽を求めれば求めるほど、女が遠ざかるってことだな……格好から改めなきゃだめか。


「俺がやっぱりって思ったのは、好実ちゃんの見た目じゃなく態度。あまりにも慣れてない感じだからさ。それに好実ちゃんは無理してお洒落しなくたって、ちゃんと魅力的だよ。内面が綺麗だから」

「……私、けっこう心の中ではズケズケ酷いこと言ってますけど。特に兄には。でも……ありがとうございます。いつも褒めてくれて」


 本当に小宮山さんって相手が卑下すると、ちゃんと褒めてくれるんだよな。

 しかも口先だけじゃないとわかるから、好実だってついタラコスパを見つめながらお礼を言う。褒められるってやっぱり照れるね。

 ついでに小宮山さんのハンバーグも目に入ると、まだほとんど無くなっていなかった。


「お腹空いてないんですか? 疲れすぎちゃいました?」

「え? いや……ファミレスのハンバーグだからさ、これでも味わってるの」

「あー、節約家の小宮山さんにとっては贅沢なんですよね? ずっと自炊ですか?」

「だね。実家離れてからずっと……今年で何年だ? 七年? 八年?」 

「偉いなぁ。でも趣味のための節約なら、やりがいありますね」

「それでもツーリングなんて三か月に一度程度だけどね。俺なんか本当は休みが少ないだけで彼女もできない、しがない男だよ」


 小宮山さんはようやくハンバーグを雑に放り込んだ。めずらしく愚痴が出たせいで、ファミレスのハンバーグも美味しくなさそう。


「こらこら、自分のこと俺なんかなんて言わないの。小宮山さんは十分素敵な男性ですよ」

「…………」

「この前の小宮山さんの言葉をそのままパクってみました。けっこう嬉しかったでしょ? 私もそうでした。小宮山さんはちゃんと素敵な言葉を言える男性ですよ」


 今夜の好実は兄に関しては収穫なし。でも付き添ってくれた小宮山さんをちょっとは励ませる夜になったかもしれない。

 自分のタラコパスタは食べ終わったので、あとはゆっくり小宮山さんを待とう。

 会話は初めて途切れたし、小宮山さんのハンバーグも相変わらず少しずつしか無くならないけど、好実はただ控えめに見守り続けた。


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