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15.協力者の小宮山さん


 好実の勤務時間は同じオフィスビル内で働く兄に合わせてもらっていて、朝八時半から夕方五時。それでも兄は退勤が六時以降なので、好実は帰りもしっかり兄の送迎目当てで一時間ほど暇を潰す。

 バックヤードに休憩スペースがあり、誰も使っていないならそこにいさせてもらったり、邪魔になるようなら近くの広場に行ったりも。


 今日の終業後は休憩スペースで暇潰しを始める。さっそくスマホを開くと、高城君からラインが届いていた。

 本当は今日奢ってもらった好実が先に礼を伝えるべきだったのに。

 まあ仕方ないと気を取り直して確認すると、高城君からのメッセージは思ったより長かった。ラインなのにメールをもらった気分。

 そういや普段ライン中心の人間が長いと感じる行数は、十行以上らしい。

 もれなく好実も長いと思ってしまった通り、高城君のラインは余裕で十行を超えている。

 でも彼の場合は挨拶から今日のお礼や気持ち、そして明日のことまで丁寧に伝えてくれる感じで、きっと何度もじゃなく一度のラインで済まそうという気遣いもあるのかも。


 それでも長文ラインに慣れていない好実は正直少し引いてしまった。

 いやいや、呆れたとか読むの面倒とかじゃなく、彼の丁寧な性格が大雑把な自分とは違いすぎて。言わば彼とのギャップに引いただけ。

 これも慣れだろう。人は皆それぞれ違うのだから。


(……逆にこっちがなるべく短く返せば、高城君もそのうち短くなる? よし、それでいこう)


 結局、高城君の長文ラインに同じ長文で返すのが辛い好実はあえて短文を目指した。こういうずる賢さを生んでしまうことからして、好実にはまだまだ彼への情熱が足りないのかも。

 すべてにおいて、まだまだ彼とのギャップについていけないせいで。


 こっちは挨拶と今日のお礼のみを三行で返したところで、高城君からの長文ラインをもう一度読み返してみる。

 高城君ってラインにも素直な気持ちが表れていて、純粋な感じ……。

 男性だから絵文字は使わないのかな。うちの弟はスタンプも使いまくりだけど。

 あとは……高城君って一人称が俺なのに、ラインだと僕なのか。へえ、使い分け。


(うーん、でも僕か。僕でもアウトだよなぁ)


 ラインまでシスコン弟に管理されている身としては、今回届いた高城君の一人称入りラインを見られたらアウト。男友達と説明したって許されないだろうから、今度弟にチェックされる前にどうにかしておかなきゃ。

 ……つまり、高城君からのメッセージだけじゃなく、やりとり自体削除か。

 さすがに罪悪感ありありだが、弟にバレるより怖いことはない。潔く諦めよう。


「あ、好実ちゃん、まだ帰ってなかった」


 バックヤードの休憩スペースでスマホと睨めっこ中の好実は小宮山さんに見つかる。どうやら用事があるようだ。

 もしかして……。


「何かありましたか?」

「あいつのことで、ちょっと」


 やっぱり! 信じてはいたが、小宮山さんはちゃんと忘れないでくれたのだ。

 もちろん小宮山さんが言うあいつとは好実のクソ兄。なぜクソ兄なのかといえば、もちろん浮気野郎だから。

 そして小宮山さんは好実に約束してくれたのだ。協力者になって、まずは兄の浮気相手を探ってみると。


「小宮山さん、わかったんですか?」

「とりあえず、これ見て。今日のあいつとのやりとり」


 わざわざ隣の椅子に座った小宮山さんが見せてくれたのはスマホ。

 確かにラインのトーク画面には、小宮山さんと兄のやりとりが。


「じゃあ、ちょっと見せてもらいます…………小宮山さん、明日の夜、兄と会うんですか?」

「大事なのはそこじゃなくて、ここ。ほら、俺が今日の夜飲みに行こうと誘ったら、あいつは今日はちょっとって返してるだろ? ということは今日の夜、浮気相手と会う可能性大だ」


 ……う~ん。小宮山さんは自信満々だが、好実は可能性小くらいだと思う。

 小宮山さんが今夜は断られただけで、今夜の兄の用事が浮気と確定するのは安直だろう。


「俺の自信を疑ってるね」

「はい。申し訳ないですが」

「あいつの優先順位、俺は何番だと思う?」

「え?」

「俺は昔からいつも二番。一応大事に思われてるけど、一番には絶対しない。あいつの一番はいつも女の子だから」


 「なるほど……」と好実もようやく納得。じゃあ今夜は先輩の誘いを断った兄は、今夜浮気相手と会うの確定だ。

 小宮山さーん、忙しいのにこういう仕事も早い! 頼りになるぅぅ。


「ありがとうございます。じゃあ兄は今日、私を送ってから浮気相手に会いに行くってことですね」

「だろうね」

「うーん。あとは相手と落ち合う場所さえわかれば、私も突き止めに行けるんだけど……」


 好実は兄に送ってもらってそのまま尾行するにしても、足がないので無理なのだ。

 とにかく浮気場所さえ掴めれば、直接そこに乗り込んで浮気相手を確かめられるのだが、そこまでは調べようがない。


「……浮気相手と会うってなったら、やっぱりラブホじゃない?」


 ラブホ……ヒャー生々しい!

 しかも自分の兄が浮気でラブホ利用なんて、想像するだけでぶちのめしたくなる。


「くー……ラブホ行くくらいなら、そのラブホ代を家計に回せ―。くー」

「でも浮気相手の家よりはマシだと思うよ。聞きようによっちゃラブホは浮気、相手の家は本気って感じもしない?」

「なるほど、しますします。じゃあ兄はラブホ止まりですね。女の子ならみんな大好きだけど、本気にはならないから。翠さん以外」


 こればかりは好実がしっかり断言すると、小宮山さんは目を瞬かせる。

 

「……自信あるんだね」

「ありますよ。兄は結婚前、何度も浮気を繰り返したんですよね? それでも翠さんとだけは絶対に別れなかったんですから」

「それは……翠が絶対あいつを離さなかったから。浮気されても耐えるだけだったし。それに結婚前と今じゃ、あいつも変わったと思うよ」

「……結婚してからは、翠さんへの愛情も薄まっちゃったって言いたいんですか?」

 

 小宮山さんは否定も肯定もしないところからすると、もちろん肯定寄りなんだろうな。

 逆に、兄は何だかんだ翠さんだけと信じ切る好実に呆れているかも。


「兄は昔から縛られるのが一番大嫌いなんです。大好きな女の子にも縛られるのは嫌。そんな兄は結婚なんて一番向いてないのに、子供ができたから結婚しました。もう子供は四人いるけど、兄はまだ逃げてません。それが我慢の気持ちを伴っても……。私は、兄と結婚したのが翠さんだったからって信じたいんです。また浮気をしたって、翠さんは失えないって」


 「本人は自覚ないかもですけど」と付け足した好実は、そのまま頭をポンとされた。


「……小宮山さん、それってセクハラですよ」

「あ、ごめん」

「私だから許しますけど、他の女性にはしないでください」

「好実ちゃんは許してくれるんだ。よかった」


 変な安心をされた好実は口を尖らせただけで終わらせると、小宮山さんが再び立ち上がった。


「あいつが結婚前、お気に入りにしてたラブホくらいは知ってるよ」

「へっ? 小宮山さん、そんなことまで?」

「あいつ、酔っぱらえばけっこうペラだからね。好実ちゃん、俺の仕事が終わるまで待てるなら、行ってみる?」


 今度は好実も慌てて立ち上がった。


「はい小宮山さん、よろしくお願いします」


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