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14.広場で初ランチ


 オフィスビル近くの時計塔がある広場は、一昨日の夜すでに高城君と訪れた。

 コンビニで再会してから二週間経ち、好実と高城君はこの場所でまず友達になったのだ。

 昔は友達から始めることすらできなかった。二人とも不器用だったから。

 でもすっかり大人になり経験値もそれなりだろう彼と違い、好実はまったく進歩なし。

 内緒だけど、いずれ勝手に気付かれてしまうかも。



(ガパオライスとサンドイッチ……お洒落……)


 高城君誘導の元、広場の木陰に並ぶ石椅子に落ち着くと、好実はさっそく二種類のお洒落弁当を見せられる。


「どっちにしますか?」


 ヤバい。どっちも美味しそうに決まってる。

 でも高城君は好実に選ばせるために二種類にしたのだろうな。前もって弁当を予約したことからしても、レディーファーストの優しさが滲み出ている。

 ならここは遠慮せず選んでしまおう。


「じゃあ……サンドイッチで」

「はい、どうぞ」

「高城君、お金払います。いくらか教えてください。あと、この前のドリンクバー代も返さなきゃ……」


 この前のドリンクバー代とは、友達になった一昨日の夜にまずファミレスから連れ出され、その時高城君に支払わせたままだったのだ。金額が小さいとはいえ、うっかり返し忘れるなんていい加減すぎる。


(……あ、ヤバい)


 好実はすぐ失敗を察した。並び座る高城君の表情を変えてしまったから。

 しかも隠れナイーブな弟が傷ついた時と同じ顔をしたので、好実はすぐに失敗と気付けたのだ。

 せめて弁当代だけにして、ドリンクバーは忘れとけばよかった……?

 高城君にとっては金を返すと言われただけで壁を作られたとか、線引きされたと感じたのかも。

 いや、間違いなくそうだろう。突然傷つけてしまったのだから。


「あの……あっ、そうだ。私今日は財布に千円も入ってなかった。ごめんなさい高城君、今日は奢ってくれませんか? 次は私が奢ります」


 さっきの言葉を無かったことにするため、今度は逆に奢らせる手段に出る。

 こうでもしないと、高城君は復活しなさそう。すでに顔色まで悪くさせてしまったから。

 ……もしや高城君、うちの弟よりナイーブ? 

 幸いというべきか案の定というべきか、高城君はちゃんと復活してくれた。傷ついた顔にちゃんと血色が戻る。ついでに笑顔も滲んだ……ホッ。


「ちょっと待ってください、ウェットテッシュ。あとお茶も」

「ありがとうございます……」


 気が利くな、高城君。さりげなく必死さも感じるくらい。

 また比べるようでなんだが、こういうところは弟と全然違う。弟は姉にしてもらって当たり前だから。

 渡されたウェットテッシュを使ってから、「じゃあ、いただきます」とお洒落サンドイッチを手に取る。

 具も豪華……これやっぱり絶対高いぞ。後日、値段確認しに行こう。

 でものんびりしすぎれば仕事に戻るのも遅れるので、ちゃんとサンドイッチにかぶりつく。もちろんうまっ……。

 予想通り、高城君チョイス裏切らん。


「美味しいです。すごく」

「よかった……」

「高城君もガパオライス……」

「あ、そうですね。つい、胸がいっぱいで」


 サンドイッチを頂く好実に視線を向けたまま、本当に胸を押さえる高城君。

 あまり見られると食べづらいし、放っておかれるガパオライスが可哀そうなのだが。

 まあいっか。人には人のペースがあるのだから。

 うちの弟だってお喋り優先で、なかなかご飯は進まないのがデフォだし。


 ……あとは、いつまでも胸を押さえる高城君がちょっと可愛かったり。

 すっかり大人なのに、まだ子供みたいに純粋な瞳。

 彼はきっと横道にそれることなく、まっすぐ生きてきた人なのかも。

 あのオフィスビルの最上階に相応しい人でもありながら。


「……ここのお弁当屋さんは、よく利用するんですか?」

「いえ、滅多に。仕事場を抜け出すことがほぼなくて……コンビニ以外は」

「そうですか……」


 サンドイッチを食べながらも、やはり緊張は抜けないな。好実の方から初めて話を振っても、話が長く続かない。

 そうですかで終わらせてしまうのが問題なのかな。

 弟とだったらいくらでも話が続くのに……と、さっきから弟とばかり比べてしまうのも好実の欠点だろう。

 それにしても高城君、いつガパオライス食べるんだろ。また忘れてるよね。

 もしかして二つのことを一緒にできないタイプ?


「あの……折原さん」

「はい?」

「食事中すみません。連絡先を交換しませんか?」

「あっ、そうでした。昨日は本当にごめんなさい。結局、二度手間になってしまって」

「二度手間なんて、俺はいくらでも……それに昨日の夜、わざわざ俺に謝るために駐車場で待っていてくれて、心が震えるほど嬉しかったです。それで昨日は眠れなくて……」


 心が震える……眠れない……。

 そしてまた胸を押さえ始めた高城君は、昨日のことを思い出して苦しげな顔までしてしまう。

 感情表現が豊かな美形……素晴らしい。美術館に飾りたい。

 とにかくスマホ取り出すか。


 こうして無事、好実は高城君と連絡先を交換した。昨日と違って、今日はスムーズに成功。

 会話はすぐ途切れるし緊張しっぱなしだけど、お洒落なサンドイッチも頂けたしね。

 次は絶対好実が奢らなきゃ。でも普段コンビニに行く以外は外出しないらしい高城君にいつ奢れるかな。今日奢られた手前次回が遅いと、どうせ気になってしまうのだが。

 あまり間をあけずに好実から誘ってみるべき? 再来週あたりとか。

 それにしても高城君、ガパオライス……。


「あ、高城君、サンドイッチ食べませんか? どうぞ」

「え?」

「え? ……サンドイッチ苦手ですか?」


 高城君のガパオライス放置問題を解決しようとまずはサンドイッチを勧めてみたが、戸惑わせてしまったようだ。


「に、苦手じゃないです。ただ感激して……」

「え?」

「頂きます」


 好実が勧めたサンドイッチを震えた手で取る高城君……どこにそんな感激要素が?

 今日のサンドイッチは高城君の奢りですよ?


(きっと感激屋さんなんだな……)


 そういえば昨夜の駐車場でも、好実が待っていただけで真っ赤になってくれたことも思い出せば、感激屋さんの一言で納得できてしまう。

 高城君はそれほど純粋な人。

 昨日感激された時点で薄々気付いたが、今日確信。

 好実が男性免疫ゼロの奥手なら、高城君は純粋男性か。

 相性がいいのかどうなのか、友達を続けてみなければわからないだろう。


 まあのんびりいこう。二人のペースでゆっくり進んでいけばいい。

 好実は彼に対して初めてそんな気持ちも生まれた。


「折原さん、天気が良ければ、明日もここに来ませんか?」

「……明日もですか? でも高城君はあまり仕事場から抜け出さないんですよね? 無理はしないでください」

「無理なんかじゃ。折原さんと毎日ここでご飯を食べたいです。駄目ですか?」


 明日じゃなく、今度は毎日に変更……? 

 いやいやいや、無理無理無理。毎日一緒にお昼ご飯なんて……それに、まだ友達の段階なのに。

 さすがに好実は躊躇してしまう。

 まずは友達からって言ったのは高城君で、友達付き合いだっててっきり二人のペースでゆっくり進んでいくものだと思ったのに、高城君はいきなり強引。

 何だろ、この感じ……。四文字熟語で表すなら、猪突猛進? それとも一心不乱?


 好実の返事待ちの高城君、まったく目を離してくれないほど必死に追い詰めてくる。好実がタジタジしているのも気付いてくれない。

 でも弟以上にナイーブさんだったことも気付いちゃったしなぁ……。


「……そうですね。じゃあまた明日、天気がよければ」


 ナイーブな弟に一番弱い好実が、弟以上にナイーブだった高城君を断れるはずないのだった。

 もちろんガパオライスを忘れたままの高城君はとうとう一口も食べられないまま、今日は持ち帰ったのだった。 


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