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13.コンビニ前で待ち合わせ


「小宮山さん」

「あーちょっと待って」


 基本女子トイレは女性従業員が清掃するのだが、さっきのように汚れたトイレを嫌がる堀田さんは店長にだって平気で押し付けがち。つまりうちの店長は何でもやってしまいがち。

 だから余計に忙しくて、休みもろくに取れないのだろう。趣味はツーリングなのに。


「私が代わります。女子トイレなんで」


 堀田さんに押し付けられた不器用店長の代わりに、好実が掃除に入る。

 女子トイレなので、小宮山さんもあっさり引いた。


「ありがとね」

「小宮山さん、掃除の前に一言だけいいですか?」

「え?」

「私と高城君が友達になったこと、何で口外しちゃうんですか? これ以上はやめてください。じゃあ掃除入ります」


 店長相手に楯突くような言い方になってしまったが、好実だって裏切られた気持ちもあるのだ。すでに信用していただけに。

 別に口止めしたわけでもないが、よりにもよってどう見ても常識外れな堀田さん相手に口を軽くするなんて。

 言うだけ言って掃除を始めた好実に対し、小宮山さんはトイレ外からまだ動くことはなかった。


「好実ちゃんって見かけによらず、言う時は言うよね」

「すみません」

「謝ることないよ。そのギャップ、いいと思う」

「……ギャップ?」


 逆に褒められたせいで、便器の前でブラシを持ちながら訝しい目を向けてしまった。

 小宮山さんとはひと月の付き合いだが、こんな穏やかで優しい顔を向けられたのは初めてなのだが。

 もしかして小宮山さん……怒られ好き? 隠れM気質? そんな疑いを持ってしまうぞ。


「堀田さんと、あと渡辺さんにも口滑らしたのはわざと」

「え?」

「あの二人は暇さえあれば俺にも羨ましがってくるからさ、いずれ嫉妬に変わったら厄介だと思って。友達だってわかったら、気持ちが落ち着くかと思ったんだよ。でもごめん。好実ちゃんに最初に許可取るべきだった」


 好実は文句を言ってしまってから、こうして小宮山さんの意図を教えられてしまった。

 ここ二週間で高城君が頻繁にコンビニに来るようになり、しかも明らかに好実目当てだったせいで、確かに仕事仲間の二人からは過剰と思えるほど羨まれていたのだ。

 小宮山さんは問題が起こらないよう、あらかじめ手を打ってくれただけだった。

 好実はただ口が軽いと誤解してしまった。面白半分で口外する人じゃないと、すでにわかっているのに。

 すでに文句をつけた後のせいで一気に反省した好実は、小宮山さんに向かって頭を下げる。


「すみません!」

「……トイレブラシ持ったまま謝る人、初めて見た」

「私もこんな謝り方初めてです。誤解して本当にすみません。……それと、小宮山さんの優しさが身に沁みました」


 ただいまトイレ利用客がいなかったため、店長とアルバイト従業員のこんなやりとりが続いてしまった。

 でもそろそろ掃除に入らなきゃと、しばし頭を下げ続けた好実はようやくやめる。


「掃除入ります」

「……うん」


 好実を掃除に戻しても、いつも忙しいはずの小宮山さんはまだトイレ外から離れなかった。



 ※ ※ ※



「好実ちゃん、先に休憩入って」

「はい。ありがとうございまーす」


 よかった。今日は許可を取ることもなく、一時半前に休憩に入れた。

 昨日は許可を取ったにもかかわらず、高城君との約束自体を急遽キャンセルしちゃったけど。

 休憩時間は一時間。制服を脱いで一応バックを持ってから、オフィスビルを抜け出す。

 コンビニ前で待っていれば、高城君に見つけられるだろう。ただいま約束時間の三分前。


(……お洒落してくればよかった?)


 後悔とまではいかないが、今日も通常通りの格好で来てしまった自分はどうかと思う。

 でも今日こそ連絡先交換が実現するかもわからなかったし、昨日弟が泊まったので、服装を気にして怪しまれるわけにもいかなかった。

 そんな好実の格好は、Tシャツとデニムにパーカーを羽織るだけというザ・アルバイト仕様。アルバイトを始めてからずっとこんな感じ。

 いや、失業前の事務職時代は制服だっただけで、やはりプライベートはこんな感じだった。


(つまり私って女子失格どころか、もはや女子でもない……?)


 そんな疑念が本気で沸いてしまうほど、好実の前を通り過ぎるOLさんのお洒落なことお洒落なこと。もはや爪の先どころか髪の毛一本すらキラキラ……。

 普段そんなOLさんを中心に接客しているのに、今さら見惚れさせられる。

 昨日兄の会社に突撃訪問して、オフィスビルで働く女性のキラキラに打ちのめされた義姉の気持ちも今さら身に染みてしまった。

 兄もそうだが、高城君はいつもあんなキラキラ女性にばかり囲まれているんだな。

 これから彼と会うことで改めて実感され、好実は当然今の自分に羞恥を感じてしまった。

 でもこれが自分なのだから今さらか……今までお洒落する努力をサボった代償だな。


「折原さん」

「あ……」

「待ちましたか? ごめんなさい」


 約束時間ちょうどに訪れた高城君。早くも遅くもないのはおそらく好実を気遣ったからだろうに、好実が先に待っていれば申し訳なさたっぷりで謝ってしまう。

 「いえ、全然」と慌てた好実も、今度からは気を付けよう。なんせ男性と待ち合わせなど初めてだから、高城君をきっかけに二十五歳にして勉強させられる。

 

 でも今は目の前の高城君に集中しよう。

 小宮山さん曰く、昨日の好実は彼に対してへったくそ対応だったらしいので、今日は彼をポカンとさせないように気を付けなきゃ。

 何をどう気を付ければいいのかすらわからないが。

 とりあえず最初は、昨日約束を守れなかったことをまた詫びて、それから連絡先を――


「折原さん、あの……よければ広場に行きませんか? そこでゆっくり話せればと」

「そ……そうですね。はい、じゃあ……」


 好実はもちろんだが、オフィスビル近くの広場に誘ってくれた高城君の緊張まで伝わるせいで、好実のギクシャク度二倍。歩き始めればカクカク。

 身内以外の男性と初めて歩くだけで、こんなに緊張するなんて……せめて練習しておけばよかった。練習相手いないけど。


「今日は晴れてよかったです。風もなくて……」

「そうですね……」


 そうですねじゃないだろ、そうですねじゃ。もっと会話を弾ませろーって、高城君は思ってるかも。

 ごめんなさい、無理です。隣を歩くだけで精一杯。


「……あ、そうだ。折原さん、いつも昼食はどうしてますか?」

「昼食……えっと、お弁当を持っていったり、コンビニで買ったりしてます」

「そうですか。今日は?」

「今日は何も……」

「よかった。じゃあ、そこのお弁当を広場で食べませんか? 実はもう予約してるんです」


 高城君が指差したあそことは、通り掛かりのお洒落なお弁当屋さん。

 好実が知っている弁当屋とは明らかに違い、客層もOLさん中心。もちろん値段もお洒落価格だろう。

 なるほど……高城君は普段こんな感じのお店を利用するのね。そういやコンビニでは飲み物以外買わないしな。


「あそこのお弁当で大丈夫ですか?」

「はい。全然大丈夫です」


 弁当を買うならいつも安価なのり弁だ。高城君と一緒じゃなきゃ、こんなお洒落弁当は一生食べようと思わないだろう。

 今日はいい機会になったと思うことにする。


(財布持ってきてよかった……)


 高城君が予約した弁当を取りに行ってくれている間に、好実はそんな安心だけしておく。

 広場に行ったら弁当代払おう。


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