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11.明日への期待


「はぁ……疲れた」

「ちょっとー! めちゃくちゃ遅いじゃん。何やってんの?」


 今日は結局二往復も慣れない電車に乗ったせいか、それとも久しぶりに鬼ごっこのような隠れ方をしたせいか、やっと自宅にたどり着いた頃にはぐったり。なのに好実はさっそく怒られてしまう。

 自宅アパート前で待っていたのは弟だった。

 そう。実は好実、三つ上にクソ兄だけじゃなく、三つ下に口煩い弟もいるのだ。

 

塁生(るい)……」

「ラインも電話もめちゃくちゃしたのに」

「そうなの? ごめん」

「何で無視したの?」

「無視じゃなくて……まあいいや。とりあえず入ろ」


 今は弟の声すら疲れを助長させるだけだ。さっさと鍵を出し玄関ドアを開けて、せめて弟から中に入れさせてあげる。

 それにしても、相変わらずわけわかんない格好してるな、こいつ……。これが若者の流行りなのか?

 万年Tシャツ及びパーカー及びデニムの姉にはさっぱりだぞ。

 まあとにかく、弟の塁生は姉と違ってお洒落ということだ。


「腹減った……塁生、今日はご飯ないから焼きそばでいい?」

「うん。ねえ、それで? 何で今日は俺を無視して遅くなったの? 兄貴は? 今日は何で送ってもらわなかったんだよ」


 こうやって口煩いのはいつものことなので、冷蔵庫から焼きそばの材料を取り出してから答える。


「一度帰ったんだけど忘れものして、電車でバイト先戻ったの」

「本当?」

「うん」

「忘れものって何?」

「スマホ」


 口煩い塁生は疑り深くもあるのだ。その上、今日の好実はしっかり嘘をついているから一応演技力が必要。 

 とにかく今日の義姉に関しては黙っておくし、本当は昨日できた男友達を待ち伏せしたせいで遅くなったなど言えない。


「ふーん、スマホ忘れるなんて馬鹿だね」

「そうだね」

「俺、二時間待ったんだけど」

「二時間……そんな待つくらいなら帰ればいいじゃん」

「ねえ、合い鍵ちょーだい」

「やだ」


 これに関しては姉がいつも素っ気ないので、今日もフラれた塁生は焼きそばを作る姉の背中にくっつきながらギューっとする。


「痛い痛いっ」

「ねえ、何でだめなの?」

「あんたが入り浸りになるから」

「いいじゃん。もう一緒に暮らそうよ。俺もうあの家やだ」


 姉にくっつくままの塁生は、この通りシスコン。その上、兄家族も暮らす騒々しい実家から抜け出したくて仕方ないのだ。

 でもまだ大学生だから、好実がいつも止めなきゃいけない。

 当然合い鍵なんて渡さないし、ここに来るのは三日に一度だけの決まり。

 このくらいはしっかり守らせなきゃ、この弟など本当に姉の家を住み家にしてしまう。

 これでも好実は一人暮らしがしたくて実家を出たのだから、弟と二人暮らしなどギリギリまで避けたい。


「まあいいや。どうせあと数か月の我慢だし。ね? 好実」


 ここで返事もしなかったら怒るだけなので、「うん」とだけ言っておく。

 でも本当は怒るんじゃなくて、傷ついちゃうんだよな。この弟は。


 末っ子の塁生は、末っ子の特徴そのまんまに甘えん坊。でも小さい頃から母親でもなく、六歳上の兄を追いかけ回すわけでもなく、手近な姉にばかりくっついていた。

 その上独占欲が強くて、姉に対しては威張るし我儘も言い放題。

 好実もそんな塁生に手を焼きながらもちゃんと可愛がったので、今でも弟には弱い。

 今は甥三人の言いなりでもあるが、好実の言いなり人生はこの弟から始まったのだ。おそらく今だって、甥より弟に一番弱い。

 それはやんちゃでしっかり気が強い甥とは違って、弟はこっそり繊細だから。

 繊細な上にシスコンなので、好実だけは絶対に傷つけてはいけないのだ。

 末っ子らしく甘えん坊で我儘なのだから、末っ子らしく太々しくもあってほしいのに、本当は傷つきやすいばかりの弟。


 なので今は大学四年の弟が無事内定を貰った時、好実はとうとう許してしまったのだ。弟が就職したら、弟念願の二人暮らしを始めると。

 そんな形でとうとう本格的に弟を背負い込んでしまったら、好実の婚期などいつになることやら……。もしかして弟がシスコン卒業して、しかも弟が先に結婚するまで、好実は婚活も無理?

 ……まあいっか。人生なるようになるよね。


「塁生、焼きそばできたよー……あっ! ちょっともう! また勝手に!」

「ねえ、この小宮山のオヤジのライン何? 意味わかんない」


 姉が夕食を作っている最中とか、姉が寝静まった後とか、勝手に姉のスマホをチェックするのも当たり前の塁生は、さっそく今日の小宮山さんとのやりとりを訝しがる。

 だったら暗証番号じゃなく指紋や顔認証にしとけって話だが、そこまでするとこの面倒な弟は荒れてしまうのだ。

 それはともかく、小宮山さんをオヤジ扱いするのはやめてくれー。まだギリ二十代だぞ。

 塁生だって小宮山さんが姉のバイト先の店長なだけじゃなく、兄の先輩だと知ってるのに。


「『高城さんには伝えたから安心しろ』……好実、高城さんって誰?」

「中学の同級生で、偶然オフィスビルで働いてた人。久しぶりに会って、ちょっと仲良くなったの。コンビニの常連だから……」

「男? 女?」

「女女、女の子! ほら、もう返して!」


 姉の交友関係まで監視する塁生からようやくスマホを回収する。

 高城さんに関して性別の嘘はついちゃったけど、弟が荒れて乗り込んでくるよりマシだ。

 それでもとにかく疑り深い塁生はまだジト目を向けてくるので、無理やり焼きそばの前に座らせた。

 ……こんな調子じゃ高城君と連絡先交換しても、ラインのやりとりなんてできるのだろうか。この弟は男友達でさえ絶対許してくれないのに。

 もうこのまま高城君の性別を誤魔化し続けるしかない?


「はい。いただきまーす」

「いただきます」

「ねえ塁生、家に連絡した? 今日はここに来るって」

「どうせわかってるよ。俺なんて、ここしか行く所ないって」

「……塁生はお兄ちゃんと全然違うね。今の子ってそんな感じなのかな」


 好実自身もまだ二十五歳なのに、弟が三歳年下の大学生なだけで世代すら別に思える。

 ようするに女の子大好きな二十八歳の兄と違って、二十二歳の弟は恋愛に重きを置かないというか……。若ければ若いほど、恋愛とか結婚とか当たり前という考えが薄れるのかな。

 兄と弟の中間にいる好実は、単純にこの歳でも奥手なだけだが。


「好実、カマボコあーん」

「ありがと……」


 そういえば今日の昼、二歳の甥にも同じことされたな。

 三人の甥の中で唯一優しくしてくれるのが二歳甥だが、この弟も何だかんだ優しいんだよね。好実の好きなカマボコくれるし。

 お返しに、肉を焼きそばの上に置いてあげた。


「好実、俺達毎日こうしてようよ」

「え?」

「ずっと二人で仲良く暮らせばいいじゃん。結婚とか恋愛とか捉われないでさ」

「何言ってんの。モテるくせにもったいない」


 そうそう。母似の兄と弟はタイプこそ違うけど、ちゃんとモテるのだ。

 兄はまあイケメンと言えなくもないし、何より性格が軽くて口が上手いから女の子に受ける。

 弟はイケメンというより可愛い顔をしていて、女の子にはツンツンしていたって、そういうところも可愛いだけ。

 モブofモブの好実はそんな兄弟に挟まれているからこそ、影も薄々なのだ。

 でも、兄と違って女の子にツンツンな弟まで恋愛に夢中になる時が来れば、さすがに取り残された気持ちになっちゃうのかな。


(高城君は……)


 弟がきっかけで高城君まで思い出してしまった好実は、まずは友達になった彼とそのうち恋愛に発展する想像はまったくつかない。

 やはり、彼とは何もかも違いすぎるからか。高嶺の花すぎて、友達になった今でさえ怖気づいているのかも。


 そんな好実の心を表わすかのように、彼とはまだ連絡先すら交換できていない。あまりにも好実が彼に対して不器用で。

 もしかしたらこのままつまらないと愛想尽かされて、自然と友達も解消してしまうのかな。

 きっとそんな予想をしてしまうから、彼との恋愛など想像もつかないのだ。

 不器用で退屈な好実相手に、彼はいつ落胆してしまうのだろう。

 いつか落胆した彼は、好実に好意を抱いたことすら後悔してしまうのだろうか。


「お風呂沸いたよ」

「ありがとう。先入って」

「一緒入ろ」

「だめー」


 まったく、どこまでシスコンなんだと姉本人にまで呆れられる塁生は、今夜もこのまま泊まるため先に風呂へ向かった。

 今夜は弟の布団も敷いた部屋で、好実はようやく落ち着いてラインをチェック。

 今日は義姉の一件で小宮山さんとやりとりした他、友達からと、あとは大量に弟から。


(明日は、高城君も……)


 明日こそ連絡先を交換できるとも限らないが、どうしたって彼に対する自信のなさだけじゃなく期待も生まれてしまう。

 そんな好実は、今夜も自然と高鳴る胸を押さえるのだった。


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