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10.駐車場で待ち伏せ


 結局その日、好実は早退したのだ。許可したのはもちろん店長の小宮山さん。

 二人の子供を連れた翠さんが無事に帰れる状態とは言えなかったので、好実が付き添って一緒に帰ることにした。

 翠さんが平日の昼間に突然好実のアルバイト先を訪ねたのは、実際はついでだったのだろう。それでも好実を思い出し、助けを求めに来たのだ。

 最初は好実ではなく、翠さんにとって先輩の小宮山さんを頼ったのかとも思ったが、そうではなかったらしい。


「翠さん、また公園寄りましょうか」


 今日は翠さん達と電車に乗り、電車を降りれば歩きながらそう誘った。

 翠さんもコクンと頷く。まだまだ弱々しい。

 珍しく二歳の甥は好実の背中で大人しくしてくれている。五歳と四歳のお兄ちゃんに倣って十分やんちゃなのだから、今日はちゃんとお母さんの異変に気付いているのだろう。

 翠さんにおんぶされる0歳の姪は相変わらず天使なだけだが。


「てっちゃん、じゃがロング食べようね」


 一昨日も翠さんと行った実家近くの公園までたどり着くと、今日もベンチに落ち着く。

 甥の手をウェットテッシュで拭いてから、さっきコンビニで仕入れたお菓子を食べさせ始めた。


「このみちゃん、あーん」

「ありがとー。あーん」


 好実の甥三人は揃ってやんちゃだが、好実にツンツンな五歳と四歳甥と違い、二歳甥は甘いかも。好実にお菓子も食べさせてくれる。

 翠さんはまだぼんやりしつつも、お菓子を食べさせ合う二人に視線を向けた。


「……うちの子って、みんな好実ちゃん大好きだよね」

「ははは、私は下僕のようなもんですから」


 義姉にはいつも同じことを言われるので、今日も冗談で返す。


「子供って素直だから、本当に優しくて純粋な人を見抜けるんだと思う。嘘のない好実ちゃんが好かれるのは当たり前。私は逆に嘘ばっかりの酷い母親だから……」


 ……まずいな。今日の翠さんに何があったのかまだわからないが、好実と比べて卑下してしまうほど精神がどん底状態。

 彼女にここまでダメージを与えられるのは、やはり兄しかいないが。


「翠さん……今日は兄に会いに行ったんですか?」

「……うん。居てもたってもいられなくて、昼休み狙って突撃訪問しちゃった。子供二人連れたおばさんがみっともないよね……」

「まだ二十代で美人の翠さんがおばさんなんて言ったら、世の女性に怒られますよ。今日の翠さんも綺麗です」

「でも……あのオフィスビルで働く女性はみんなキラキラしてた。みんな自信があって、魅力的。家に籠ってばかりで、行くところは公園ばっかりの私とは大違い。だから……あの人も私が突然行ったらあんなに恥ずかしい顔したんだよ。私、早く帰れって追い払われちゃった……」


 ……クソ兄、今日こそ許せん。浮気しただけじゃなく、どこまで人間として腐るつもりなんだ。

 くうう……今すぐクソ兄を手のひらで握り潰してぇぇ。


「……でもさ、あの人の相手は見つけられなかっただけマシなのかな。今日でさえこんななのに、見つけちゃったら私……」

「翠さん、大丈夫。私がいるから。私は絶対翠さんの味方」

「……うん」

「だから、兄のことは私と一緒にちゃんとケリつけましょうよ。ちゃんと戦いましょう。翠さんはどんなに兄に傷つけられたって、離すことはできないんでしょう? 本当はもう一度振り向いてほしいんでしょう? じゃあ、まずは兄にそういう気持ちを全部伝えましょうよ。勇気がないなら、私も傍にいます。今すぐじゃなくても、時間が掛かってもいいんです。兄から絶対逃げなければ」


 昨日小宮山さんがアドバイスしてくれたお陰で、好実は今日伝えることができた。

 まずはこうして義姉の絶対的味方になりながら説得すること。

 そしてもう好実が義姉の代わりになるのではなく、義姉だけを戦わせるのでもなく、好実も義姉と一緒に戦えばいい。

 義姉が少しずつでも兄との溝を埋めていき、いずれ兄にもちゃんと気付かせるために。

 こんなにも自分を必死で愛してくれる伴侶は、絶対に大切にしなきゃいけないのだと。失ってからでは遅いのだと。


「……私、さっき自分のこと嘘ばっかりの酷い母親って言ったでしょ?」

「え? はい……」

「それは本当。私が最初に子供を作ったのもわざと。そのあと子供を産み続けたのも……。ただ、あの人を繋ぎ止めるため」


 二歳の甥はすでに傍を離れ、近くの砂場で遊んでいる。

 だから義姉はここまで正直に明かしてしまった。

 

「……私はあの人より、子供を愛することから始めなきゃ」


 最後の一言は義姉自身が自ら気付いた言葉だった。



 ※ ※ ※



(……やっぱ待ち伏せなんてキモい? いや、でもなぁ……)


 今日は義姉の件で早退したにもかかわらず、好実は結局オフィスビルに戻ってしまった。正確には専用駐車場。

 なぜかといえば、ここで高城君を待ち伏せするため。

 今日は彼に悪いことをしてしまったから。連絡先交換のため昼の休憩時間に会う約束を守れなかったせいで。

 でも守れなかった代わりに、ちゃんと小宮山さんに頼んだのだ。高城君が来たら、今日は急用ができました。ごめんなさいと伝えてほしいと。

 その後、小宮山さんは本当に伝えてくれたらしく、わざわざその旨のラインもくれたが、好実は義姉達を無事送り届けた後また戻ってしまった。約束を破った申し訳なさから。それと――――


(……はっ、高城君? あ……違った)


 一応社員が必ず通る駐車場入り口付近で待ち伏せしているが、実はこうして空振りしながらすでに一時間以上待っている。五時半から始め、今は七時前。

 もしかして今日は五時半前に退社してしまったのかも。でもまだ連絡先を知らないため、確認もできない。

 いや、そもそも連絡先を知っていれば、こんな怖さを与えるかもしれない待ち伏せなどしない。

 やはり友達になった昨日の時点で教えておけばよかったと、相変わらず待ち伏せを続けながら後悔する。

 まあこれも暇潰しだな。心境はソワソワビクビクしっぱなしだが。

 最終的な気持ちとしては、いくらでも待ちますから、どうか怖がらないで―といったところ。


(はあ……ん? 話し声?)


 と気付いた時には遅かった。てっきり高城君がこの駐車場に来るなら一人と思い込んでいたが、とうとう好実の目に入った彼は同僚らしき男性と喋りながら登場。

 これはまずいと判断し、慌てて背中を向けながら駐車場の出口方向へ逃げ始める。


「……え? 折原さん!」


 キャー高城くーん、声掛けないでー。どうかこのまま人違いと思って見逃がしてー。

 なんて思っているうちに、十分逃げ遅れた好実はあっという間に追いつかれてしまった。


「折原さん」


 すぐ背後でまた声を掛けられてしまえば、一応まだ背中を見せた状態で立ち止まるしかなくなる。せめてほっかむりしたい……。


「あ……あの……私はストーカーでは……」

「折原さん……もしかして俺を待っててくれたんですか?」

「……はい。実はそうです」


 逃げ遅れたついでに、正直に待ち伏せ行為を認める。

 高城君と一緒にいた同僚の人は絶対ヤバい女と思ってるはず。

 でもこれには事情があるんですよ! 事情が! 間違ってもストーカーじゃありませんよ!

 でも、やっぱり待ち伏せなんてしなきゃよかった……。高城君も今めちゃくちゃ引いてるかも。

 彼の反応が怖くて、まだまだ振り返れない。

 しかし駐車場が沈黙状態となり、すでに体感で三十秒経ったのだが。


「ごめんなさい……俺、感激してしまって」


 ……え? 感激? ドン引きじゃなくて? 恐怖でもなくて?

 ここで好実もようやく勇気を持って振り向く。恐る恐る見上げた彼の顔は、本当にドン引きでも恐怖でもなかった。

 いや……ヤバいくらい真っ赤? 彼にとって、これが感激の色なのか?

 美形は何色でも様になるのね……素晴らしい。

 いやはや、とにかく感激してくれてよかった。心底ホッ……。

 でも同僚の人もいることだし、言うだけ言ってさっさと帰ろう。


「あの……今日の昼は本当にごめんなさい。早く帰らなきゃいけなくなってしまって。それだけ直接伝えに来ました。あの……その…………それじゃあ!」


 これぞ男性に免疫ゼロの対応をした挙句、今度こそ本気で逃げ去る。

 好実の無様な去り姿に高城君の呼び止め声が響くも、好実が再び立ち止まることはなかった。


「折原さん、待って!」

「やめとけ高城。あれは本気で逃げてる。引き止めない方がいい」

 

 感情のみで追いかけようとした高城を止めたのは、さっきまで一緒だった同僚の佐紀だった。

 声は冷静ながらもわざわざ身体まで押えられれば、高城は初めて佐紀を睨みつけた。

 美形の鋭さは凶器にすらなり得る。


「お前に何がわかる。俺達のことに口出しするな」

「……俺達? まだお前の一方通行だろ。見りゃわかるよ」

「うるさい」


 しっかり図星をつかれたせいかとうとう佐紀の手を振り切った高城は、また凝りもせずに追いかけてしまった。


 駐車場に残された佐紀は、とりあえずあの彼女が逃げ切れることを願う。

 今は感情ばかりが先走る高城に捕まったんじゃ、あの彼女なら余計に逃げ腰になってしまうだろう。

 同僚としては、とりあえず高城がフラれて再起不能など避けなければ。

 それほど高城はうちの会社にとって莫大な影響力があるのだから。


「それにしても……ふーん、あれがコンビニの子か。なるほどね」


 佐紀はようやくさっきの彼女をよくよく振り返りながら、自分の車に向かったのだった。


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