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大崎玄蕃と名を変え生き延びた武田勝頼の末裔の咆哮  作者: 吉良山猫
第3章甲斐動乱篇
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小田原城の戦い1

武田勝頼のスキルであるサーチアイを今後、「神眼」という名前に変え統一します。

場面は変わり、関東では、北条氏康が小田原城に北条領全てより兵を掻き集め、3万の兵で籠城していた。


その為、本貫地である伊豆の国や、武蔵の国の北条方の城にはろくな兵力を残せなかった為、今川勢により占領されてしまっていた。


武蔵の国の国人衆は、最初から今川家に降伏していた為、この時点で今川義元は駿河の国、遠江の国、三河の国、伊豆の国、甲斐の国、武蔵の国を手中に収めていた。


北条氏康は、小田原城に完全に孤立させられ亀のように籠もるより他なかったのである。


北条方の将は、北条氏康、大石氏照、北条幻庵、北条氏繁、北条氏堯、大道寺政繁、北条綱成、遠山綱景など重臣達が集っており小田原城の守りは鉄壁だったのであるが…


北条氏康には気になることがあった。駿河で人質になっており、駿府館で元服を済ませた三男の北条氏規のことである。


長男、次男は既に鬼籍に入っており、四男の北条氏照は弘治2年に武蔵の国の大石家に婿入りしてしまっていた為、後を継げる者は三男の北条氏規と武田勝頼の小姓をしている五男の北条千代丸ぐらいしかおらず、他の子供達は幼すぎる。


北条千代丸は武田勝頼と共に討ち死にしてしまう可能性が高かった為、北条氏規の安否が気になっていたのだ。


どんな手段を使ってでも、北条氏規を救い出さねばならないと思っていた。


しかし運命とは残酷なもので、最悪の形で安否がわかることとなる。


籠城を開始して一週間が過ぎた頃、北条を包囲する連合軍の中から不平不満を漏らす声が増え始める。


挑発の為に、城下を焼いても北条氏康は一向に城に籠もり出てこない。完全に甲羅に隠れた亀のようだった。


その為、大規模な飢餓が起きていた関東では食料が少ない為、十分な兵糧を用意出来てなかった連合軍は粥などにして、何とか兵糧を節約していたのである。


しかし兵糧の心配のない今川勢はしっかりとした食事をたらふく食べていた。


その為、北条勢ではなく、今川勢に不満の矛先が向き始めていたのである。


それを重く見た今川義元は、武田勝頼に敗れ駿河へ落ち延びた後に、ある人物を連行してきた太原雪斎と話し合っていた。


「此度の敗戦誠に申し訳ござらぬ。まさか武田勝頼があそこまでやるとは…」


「もう良い。雪斎だけの責任ではない。今は北条氏康をどう城から引きずりだすかだ」


今川義元は客人の前以外では公家言葉ではなかった。しかしでっぷり太った色白の眉毛のない顔から時折のぞくお歯黒は不気味そのものであるのだが.


「雪斎よ。氏康を城から引きずり出す何か良い手はないか?」


「はっ、一つだけごさいます。あれを使います」


「あれか…中々の才気故、殺すのが惜しいと思い生かしておいたがやむをえまいて」


北条氏康は城内が騒がしいので騒いでいる方へ行き城外を見ると絶句した。


そこには手足を縄で縛られて、ふんどし一枚にされ磔にされた北条氏規の姿があったのだ。


「氏規!おのれぃ今川義元!どこまでも卑劣な手を使いおって」


北条氏康は顔面を真っ赤にして怒りに震えるがどうすることもできない。


将兵達も皆同じ思いであったがどうすることもできない。


敵兵達から野次や罵声が飛んでくる。北条の腰抜けどもは嫡男や娘を殺されても何もできず、今また次期当主が処刑されるのを指をくわえて眺めることしかできんのか?


とんだ腰抜けどもよのう。さようさよう。まるで犬畜生じゃ。情けない親を持つと子も哀れよのう。そうじゃそうじゃ。我等が怖くて小田原城で震えていることしかできん腰抜けどもだ。


わっはっはっはと笑いも起きている。


そして太原雪斎が姿を現わす。


それがより北条勢の怒りに火をつける。


そして雑兵達が北条氏規に目掛けて石を投げつける。太原雪斎は北条氏規を雑兵による石打ちによる公開処刑を開始したのである。


打ち首や切腹ならまだしも、雑兵達による石打ちで殺されるのは武士として屈辱であった。


北条氏規の顔は腫れ上がり、歯はかけ血塗れになっている。


その時小田原城の門が開き大石氏照と北条氏繁が二千の兵を率いて打って出た。


若い彼らにとって、軍規違反になろうとも、もはや我慢の限界であった。たとえ罪に問われようと、北条氏規がただ石打ちで殺されるのに耐えられなかったのである。


太原雪斎はほくそ笑み。「馬鹿めかかりおったわ」と呟く。


北条氏康は、大石氏照と北条氏繁が無断で出陣した事に激怒したが、見捨てる訳にはいかなかった。


北条幻庵に城の守りを任せて、北条綱成、遠山綱景、大道寺政繁と共に一万の兵で出陣したのである。


北条幻庵は目眩がしていた…「北条家も終わりやもしれぬと…」


そして城を飛び出した北条軍に四方八方から矢が降り注ぐ。


太原雪斎は連合軍から弓隊のみを北条氏規の周りに集め、北条勢が城から飛び出したところを弓の雨により殲滅する作戦をとっていたのだ。


次々に北条勢の悲鳴が上がる。北条氏繁は矢により絶命し、大石氏照は矢を受け針ねずみの様になっている。


北条氏康が追いついた時、大石氏照は北条氏規の縄を切ると馬から崩れ落ちた。「父上申し訳ありませぬ…親不孝をお許しください…」


そして助け出された北条氏規ももはや息をしていなかった…


うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


北条氏康の怒りと悲しみの声が戦場に響き渡る!


しかし敵は容赦なく弓の雨を降らせてくる。


北条氏康も肩や足に矢傷を受けている。


北条氏康の額に矢が命中しようかという瞬間に遠山綱景が自らの身体を盾にして氏康に覆い被さる。


「殿、これが最後の奉公にござる。最後にどうか、北条家の為に小田原城へ逃げ延びてくだされ」


遠山綱景の命を賭しての嘆願に我に返った氏康は全軍に撤退を命ずる。


北条綱成と大導寺政繁の奮戦により、何とか北条氏康は小田原城へ帰還することができた。


北条氏規、大石氏照、北条氏繁、遠山綱景は首だけの帰還となった。敵に首を奪われない為に、無念だが首のみ回収したのだ。


この際に、城に辿り着いた兵は5千程だったという。


善政を敷く北条氏康は家臣は勿論、兵や領民にも慕われており、氏康を逃がす為に兵達は喜んで自らの命を差し出して時間を稼いだのだ。


生き残った五千の兵達も満身創痍であった。


そして再び小田原城の門は固く閉ざされたのである。





関東勢は兵糧不足の為、時間が経てば経つほど指揮が下がります。兵糧が無くなったら10万以上の大軍もどうなるでしょうか。

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