第81話 信奉者
時は少しさかのぼる。
場所はダンジョンの一角、静まり返った一室だった。
金髪を肩まで伸ばし、白衣をまとった色白の男が、無言で机に向かい、何やら調整作業を続けている。
「ふむ……ラルドたちは、全滅したようだね」
男──博士は作業の手を止めると、ぽつりと呟いた。
「はあっ!? あいつらがやられたって? だから最初に俺が殺しに行くって言っただろうが!」
ソファに無造作に腰を下ろしていたカルミアが勢いよく立ち上がる。
顔には怒りがあらわで、博士に鋭い視線を向けていた。
「うん、僕の見通しが甘かった。侵入者たちは予想以上に優秀だったようだ。これは僕の責任だよ。謝る」
肩をわずかに落としながら、博士は苦笑を浮かべて答える。
「……で? これからどうすんだよ」
カルミアは苛立ちを隠さず、低い声で問いかけた。
「本当なら、そろそろ“本番”を始める予定だった。でも、準備中に乱入されるのは避けたいからね。とりあえず、あの部屋まで来るのを待ってから排除しよう」
顎に指を当てながら、博士は慎重に言葉を選ぶ。
「ってことは、広間で待機ってわけか。面倒くせぇ……」
カルミアは眉をひそめ、不満をあらわにする。
「さて……そうなると少し時間が空いてしまうな。――そうだ、客間にいる彼を呼んでこさせるか……」
博士は何かひらめいた様子で、笑顔を浮かべる。
「ああ、そうか。今は全員出払ってるんだった……仕方ない、僕が行こう」
だがすぐに人手が足りないことを思い出し、額に手を当てて小さくため息を漏らす。
「あのよ、博士。アンタのその計画性のなさは、そろそろどうにかした方がいいと思うぜ?」
呆れたような表情で、カルミアが投げやりな口調で言い放つ。
「自覚はあるけど、これが僕という人間さ。それに、ギルド側がここまで本気で介入してくるとは思っていなかった。連れてきた子どもの中に、たまたま偉い人の子でも混ざってたのかな? ……ふふ、少しばかり読み違えたよ」
博士は感情の読めない目で天井を見上げながら、他人事のようにそう言った。
「いいからさっさと行けって。もたついてると、本当に来ちまうぞ?」
カルミアは片手を軽く振って、博士を追い立てる。
「おっと、それもそうだ。じゃあ頼んだよ。僕が戻るまでに侵入者が来たら、少しだけ時間を稼いでおいてくれ。せっかくのショーだ。全員そろっていないうちに終わってしまっては、つまらないだろう?」
そう言い残して、博士は足早に部屋を後にする。
再び静寂が戻った室内。
カルミアは天井を見上げたまま、低く呟いた。
「ラルドたちを倒した連中か……いったいどんなやつが来るんだか……」
そのまま、ある男の顔が脳裏に浮かぶ。
──ユーク。
かつて自ら追放した、元パーティーメンバーの名だ。
「来るなら来いよ。今の俺が、昔のままじゃねぇってこと……嫌ってほど思い知らせてやるからな」
カルミアは拳を握り締め、ゆっくりと顔を上げる。
その唇に、不敵な笑みが浮かんでいた。
休憩を終えたユークたちは、アズリアたちと共に、慎重に足を進めていた。全員が警戒を解かず、ゆっくりと上階へと続く階段を登っていく。
暗闇の中、頼れるのはランタンの火と、ユークやアウリンが灯す淡い魔法の光だけだった。
「これ……さっきとは逆になってるわね」
アウリンがぽつりと呟く。
「逆って?」
ユークが振り返って問いかけた。
「見てよ。壁や階段、少しずつ綺麗になってるの。最初は崩れかけてたのに、今はほとんど修繕されてるわ」
そう言いながら、アウリンは手で壁をなぞるように触れた。
「……本当だ」
ユークが頷くと、他のメンバーも辺りを見回す。
「正直、臭いがしないだけでも助かるわ~。あの匂いの中で戦うのは本当に勘弁してほしかったもの……」
ヴィヴィアンが肩を落とし、ため息混じりに呟いた。
「うん……最後の方なんて、本当にひどかったよね」
セリスも静かに同意を示す。
その時、前方から緊張をはらんだ声が響いた。
「扉があるぞ!」
ギルドガードの一人が叫び、全員が身構える。
仲間たちはできるだけ扉の近くまで進み、合図と共に一斉にその中へと踏み込む。
そこには、広々としたホールが広がっている。かつてラルドと戦った時と同じような場所――だが、今回は様子が違っていた。
天井のシャンデリアや壁に取り付けられた燭台が、部屋全体を明るく照らしているのは以前と同じ。
だが、壁際には大小さまざまな檻が並び、その中に多くの子供たちが閉じ込められていた。
そしていくつかの檻には、なぜか小型のモンスターが収められている。
「……助けて!」
「お願い、ここから出して!」
「おうちに帰りたいよぉ……!」
ギルドガードたちの姿を見た子供たちは、口々に助けを求め始めた。
「こんなに多くの子供たちを……!」
アズリアが拳を握りしめ、怒りをこらえるように低くつぶやく。
「この数なら、報告されてた行方不明者は全員いそうだな」
ダイアスが部屋を見渡しながら答える。
その時――
「やあ、よく来たね。侵入者諸君。よく彼女たちを退けて、ここまで来られたものだ」
男の声がホール全体に響き渡った。
それと同時に、子供たちは一斉に声を潜め、不安そうに身を縮める。
声の方に目を向けると、三人の男たちが立っていた。
一人目は、黒いローブに黒い仮面をつけた青年――ユークよりやや年上に見える。
二人目は、白衣を着ていて、肩まで伸ばした金髪の男。どこか不健康そうな風貌で、年齢は二十代後半といったところか。
三人目は、真紅のローブに白髪の短髪、三十代ほどに見える男だった。
その姿を見たダイアスが、目を見開いて叫ぶ。
「信奉者……! まだ生き残りがいたのか!」
その言葉に、ギルドガード全員が一斉に緊張を強める。
「信奉者って……?」
セリスが、隣のアウリンに小声で尋ねる。
「魔族を信じて崇めてる危ない連中よ。人間は魔族に従うべきだなんて主張してて、子供をさらったり人体実験したり……かなり前に大規模な摘発があったって聞いたわ。全員処刑されたはずだったのに……」
アウリンの声に、静かな怒りがにじむ。
「ふふふ……我々の信仰は、たとえ何度踏みにじられようとも滅びませんよ。魔族に救いを求める者は、いつだって現れるのですから……」
信奉者の男が、誇らしげに笑みを浮かべながらそう言った。
だが――ユークは、彼の言葉に一切反応しなかった。
彼の目はただ、一人の男に釘付けになっていた。
「……お前は……カルミア、なのか……?」
呆然とした声が、ホールに響く。
突然のユークの言葉に、仲間たちは一様に驚き、彼の視線を追った。
仮面の男が、ゆっくりと仮面を外す。
「久しぶりだな、ユーク」
現れた顔に、ユークは言葉を失う。
「……カルミア……!」
ユークは、悲しみと怒りが混ざった声で名を呼んだ。
セリスも衝撃を受けたように、手で口を覆う。
「……知り合いか? できれば、先に言っておいて欲しかったな」
ダイアスが、厳しい表情でユークを睨む。
「関係は知らんが……友好的とは言いがたいようだな」
アズリアが、カルミアの様子を見て冷静に告げた。
「ユーク……」
「ユークくん……」
アウリンとヴィヴィアンが、心配そうに彼を見つめる。
「……ごめん。俺も……信じたくなかったんだ……」
ユークは視線を落とし、絞り出すように言った。
「知り合いだったのかい? カルミアくん」
博士が興味深そうに尋ねる。
「……ああ。元パーティーの仲間だった。けど安心しろ、殺すのに迷いはない」
カルミアが平然と答えた。
「それは心強いね」
博士が冷ややかに微笑む。
「どうして……子供たちをさらったんだ!」
ユークが怒りを込めて問い詰める。
だが、カルミアは黙して答えなかった。
「そんなこと、説明する必要あるかね?」
博士が小馬鹿にしたような口調で言った、まさにその時。
「魔族の復活のためです。彼らはそのための……尊い犠牲なのですよ」
信奉者の男が、まるで誇らしげに言い放った。
「……はぁ」
カルミアが呆れたようにため息をつき、博士もやれやれといった様子で首を横に振る。
その言葉に、ユークとアズリアの怒りが頂点に達する。
「……そんな理由で……!」
「ふっ……この偉業が理解できないとは、哀れな方々です」
信奉者の男が、見下すような目でユークたちを眺めた。
「カルミアくん、処分を頼むよ」
博士が淡々と指示を出す。
「ああ、任せろ。完全変化ぁ!」
カルミアの体が異形へと変貌していく。
その姿を見て、ユークの目に戦慄が走る。
その姿は、かつてカルミア自身が見せてきた本の挿絵に描かれていたものだったのだ。
「まさか……ドラゴン!?」
それは、まさしく伝説に語られるドラゴンの姿そのものだった。
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ユーク(LV.25)
性別:男
ジョブ:強化術士
スキル:リインフォース(パーティーメンバー全員の全能力を10%アップ)
備考:カルミア……どうしてお前はそんな姿に……
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セリス(LV.25)
性別:女
ジョブ:槍術士
スキル:槍の才(槍の基本技術を習得し、槍の才能をわずかに向上させる)
備考:……これ、勝てないかも。
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アウリン(LV.26)
性別:女
ジョブ:炎術士
スキル:炎威力上昇(炎熱系魔法の威力をわずかに向上させる)
備考:よりによってドラゴンなんて……レッサーだとしても私程度の炎じゃ効果なんて無いわよ……
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ヴィヴィアン(LV.26)
性別:女
ジョブ:騎士
スキル:騎士の才(剣と盾の才能を向上させる)
備考:これは……ちょっと厳しいわね……
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アズリア(LV.30)
性別:女
ジョブ:剣士
スキル:剣の才(剣の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪ストライクエッジ≫
備考:なんとかエクストラスキルを撃つチャンスがあれば……
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ダイアス(LV.33)
性別:男
ジョブ:斧士
スキル:斧の才(斧の基本技術を習得し、斧の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪ブレイクスラッシュ≫
備考:ドラゴンか……本国に応援を頼むべきだったな……
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ミモル(LV.30)
性別:女
ジョブ:双剣士
スキル:双剣の才(双剣の基本技術を習得し、双剣の才能をわずかに向上させる)
EXスキル:≪クロスエッジ≫
備考:いや、これ無理っしょ!
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